表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
一話目 一色世界
8/274

1 1-5 奇怪少女

 サキの小難しい講義、加えて奢りから開放され、疲れの溜まったまま家路に着いた。疲れは主に精神的にだ。

 ぐったりしながらの帰路はつらい。一刻も早く住処に帰りたいと思っているが、歩くのも億劫である。惰性で歩き、寝床に着いたらさっさと寝てしまおう。日はまだ高くにあるが、今がいつだろうと私の欲はしっかり働いている。

 寝たい。

 それが今の私の、人たる故の欲だ。

 だがその住処がまた、辺ぴな所にあるからな。とある森の、少し奥に入った所に私の寝床である小屋がある。

 時間を掛け過ぎて、森が真っ暗になっていなければいいのだが。いや、このまま行くと、まず間違いなく日は沈み掛ける頃となる。その時に森に入るとは、幾ら住処があるとはいえ怖い。視界が真っ暗闇になるのは当然として、妙なものとかも現れる可能性もあったりする故に。

「はあ……」

 その深い息は疲れからのものか、単なる溜息か。

 と、その時。道の向こうから人が走って来るのが見えた。

 足が速い。全身真赤の服を着た、短髪で赤髪の女だ。

 何を急ぐ必要があるのだろうか。人生は長い。もっとゆとりを持って動いてもばちは当たるまいに。

 と、

 ぐい。

 すれ違いざま、急に腕が引っ張られ。

「いたたたたたた!」

 引きずられる。

 私の腕を引っ張っているのは、今し方走って来た女。

 それが、離れる事なく私の後ろにくっ付いて――というか私が女の後ろにくっ付けられている。

「何をするっ」

 なんとか足並みを揃え、抗議をする。

「いいから来てっ!」

 良くないまったく。人の都合に強引に巻き込まれて堪るか。

 と抵抗しようとするが、女の力が物凄く強い。引っ張られる手が全然離せない。ええと、私は一応男であって、そいつは恐らく女であって。

 それでどうして思い切り負けている訳だ? 私の腕力は一応人の中では中の並くらいなんだぞ多分。比べた訳ではないが。

 ――そうして、見も知らない女に、知らない場所まで連れ去られた。

 草陰に身を潜め、少女は息を整える。

 周囲から隠れた木々の間で。やっと私の手を離した女は、息も絶え絶えに吐き出し、吸っている。へとへとになった女を、私は只突っ立ってぼうっと見ている他なかった。

「っていうかあんたも隠れてよっ」

 頭を押さえ込まれる。

 だが第一、私が隠れる理由がどこにある。私は単にこいつに拉致された善良な一般人なのだし。このまま無関係を装ってもいいし、いっそこいつを、隠れないといけない何者かの前に突き出してもいい。

 ……だが私も、そんな鬼のような心持ちの男ではない。息絶え絶えで、汗びっしょりの女を前にだ。これを今から脅威の前に引き出そうなどする気には、ちょっとなれないな。

「さて。納得のいく説明をして貰おうか。つまらない理由なら引きずり回すぞ」

 せめて理由は訊いてもいいか。

 察するに、私よりもずっと長く走り回っていただろう事を考えると、これでもとても優しい対処でなかろうか。だからと言って犯罪を正当化させる理由などないが。

「……あんた、いきなり凄い事言うね」

「やられたらやり返す信条だ。この際男女は関係なくな」

 寧ろこちらが辱めを受けそうな被害者だ。訴える所に訴えれば私が勝つ自信がある。

「で、私を拉致した理由はなんなんだ」

 ……、と。息の収まって来た少女は、なぜか口元に手をやり、沈黙した。

「……まあ、まず訂正するけど、拉致じゃないよ。断りは入れたから」

「承諾はなかったな」

「緊急だったの」

「理由は」

「あんた法術師なんでしょ? 助けて欲しいなって」

 ……驚いた。こんないきなりな展開にしてもそうだが、まず私の正体が解っている事に驚きが来る。

「二つ訊こう。なぜ、どうして」

「は? ……ごめん。言ってる意味解んない」

 ううむ、端折り過ぎたか。先生辺りなら通じる問答なんだがな。

「ならば一つ目から。なぜ、私が法術師だと解った」

「ああ、そういう事」

 少女は納得。うんと一つ頷く。

「友達に居るんだよ。法術師。だからなんとなくね、解った」

 法術――一般的には胡散臭い不可思議な力、程度の認識だろうが。その実しっかりと理屈がある、学術であるとも言える。世界を形作る、法を知るすべ。学問なのだから。そう、法術とはこの広い世界のほんの端っこを切り取り、自分の望む形に書き換えるようなものだと。

 知識を得るだけなら難しくはないので、実際に法術が使える奴が身近に居たのなら、なんとなくでも気配は解る、程度にはなる。要は、覚えるというか、慣れるというか。とにかく感じとして解るようにはなる。うむ理解。

「なら二つ目。どうして助けて欲しいのか」

「あいつらも法術師だから」

「友達に助けて貰え。以上」

 立ち去る。

「待って待って、今助けて欲しいんだよ。その子向こうの町の方に居るんだからさ」

「役人に頼め。以上」

 立ち去る。

「待ってって。それも――駄目だよ。ほら、色々さ、変に心配掛けちゃうしさ」

「お前が怪我でもしたら余計に心配を掛けるだろう。付き添ってやるから役所に行こう」

 わざわざ面倒に突っ込むなんてご免だ。役所にも出来れば行きたくない。人というもの、慎ましやかに生きるのが一番なのだから。野次馬根性で犠牲者などになりたくはないし、そんな目に遭うのは誰とも知らないこいつだけで充分だ。

「……なんか保護者気取り」

「お前に必要なのは、寧ろそういったものだ。多分な」

 頼むから、私が離れるまでの間には妙な事は起こさないで欲しい。

 ……だが、関わって来たものが酷い目に遭ったりするなんて事、それこそ気持ちのいい事ではないのは確か。

 想像して、はあ……と一つ溜息が出て来る。気は進まないが、

「で? なぜにお前は追われているんだ」

 それでも結局は助ける訳だ。我ながら素晴らしいお人好しぶりだな。

「えーっと……それは」

 何やらもごもごと口籠る女。

「……お金稼ぎ?」

「はあ?」

 意味が解らない。どうしてそれで追われると?

「賞金稼ぎ?」

「あ、凄いねどうして解ったの?」

 いやまるっきり適当なんだが。

 しかし、なぜにそれが逃げているか。

「察するに、返り討ちに遭って追われているか」

「っ、煩いわねっ、ちょっと油断しただけなのよっ」

 図星らしい。

 しかし。それならばなぜに私を拉致してくれたのか。お陰で巻き込まれる事になったではないか。

「なら、次には油断をしなければいい。私が居る理由はないな」

「それは……」

 言葉に詰まる女。その目線がふらふらと泳いでいた。

「あ、ほら、あんたあいつらが来る方向に向かってたじゃない。絡まれたら大変だなーと思って」

 どの口がそんな事を言いやがるか。こいつに捕まって行動を共にしているお陰で、仲間だと思われたら元も子もない。巻き込まれるのがオチだ。

「なら今の内に逃げてもいい訳だ。私は賞金より命がいい」

「駄目よっ。こんなか弱い女の子を放っていくつもりなの?」

「か弱い女はいきなり人を拉致はしない」

「いや人助けと思――来たっ」

 ぐっと頭を押さえ込まれる。茂みにほぼ完全に隠れる形になって、草の隙間からしか野道を窺う事が出来なくなった。

 来た、とか言われても。私にはそんな気配はまるで感じなかった。そちらの方を見ていなかったからか。危機意識が足りていないのかもなあ私は。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ