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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス一話目 季節前後 -Piece of Memory
63/275

-1-25 山からの帰還

「「「ただいまあ」」」

 母屋の戸を開いて、三人揃ってのアサカエ神社への帰還報告を。

「おかえりなさい、シエン、ユエン、トオナ」

 それを迎えたのは母さんだ。いつも通りの、巫女装束をしていた。

「ちょっと遅かったみたいですけど、どうしてたんでしょう」

「う」

「えー、いやまあその」

 言い訳しても良かったんだけど……原因からしてまた馬鹿らしい話だなと思う。

 エンもそう思っていたんだろう。だからこそ口篭る。

「寝坊だ。この虚けが二人してな」

 私達が言わなかった事を、あっさりばらしてしまうトオナ。

「それは、いけませんね。あとでお仕置きをしてあげないと」

「「うっ」」

 私とエン、二人して言葉に詰まる。

 母さんのお仕置き。それはあの外れのお茶を飲む事に等しいくらいの苦行でもある。

「……と言っても、私はそろそろ町にまで行かないとですけど」

 町に行く。買い物だろうか。ここは場所が場所だけに、物を仕入れに行くまではとても遠い。一日作業になる事もざらにある。

 よし、これでお仕置きは回避か?

「そうですトオナ、家の人からのお達しが来ましたよ。まだ帰らないのかって」

「あー……それは」

 私達が起きるのを待っていたからとは言え……それで割を食うのはトオナなのだから、悪い気もする。

「一応、シエンが居るからと適当に誤魔化しておきましたけど。こうまで遅れると雷の一つでも落ちそうですよ」

「む、それはいかん。儂は一旦帰るとしよう」

 そうしてトオナは、荷物を置いて来た道を引き返す。私達に手を振りながら「ではまたあとでな!」と呼び掛けながら、参道から石段を下っていった。

「あれ、父さんは?」

 エンがその姿が見えない事に気付いた。道場の方に居るのかと思ったけど、どうも稽古なんかをしている気配がない。

「……メイスケは」「おう帰ったかシエンにユエンよ」

 母さんの言葉に被せるようにして、父さんが姿を現す。

 いつもの道着姿じゃなく――何やら物々しさを感じる分厚い服を着て、

 そして腰の所には、短いものだけど、鞘に収まった、多分本当の刃を持つものが。

「どうしたんだよ。なんだか物々しい格好してさ」

 エンが、父さんの格好に突っ込みを入れる。確かにあまり見ない姿ではあるし、真剣を持つなんて事は滅多になかったのに。

「なあに、ちぃとやばいもんが出て来ただけだ。大人しく待ってろ」

 やばいもの。

 父さんの言い回しは軽くて曖昧だったけど、それの意味するものは――例えば、妖怪山に新しい妖怪が沸いて出て来たとか、妖怪が暴れているとか、そんな事でなくて。

 もしかして、それは狂気病の事なのか。

 ……だとしたら、あれは私の手に余るものだ。

 関わるべきではない。それに、関わりたくもない。

 ……一度、目の当たりにした事がある。だけどそれきり。

 ……あんなおぞましいもの。あれだけは、進んで関わりたいとは、絶対に思わない。妖怪とかが出て来た方が、まだいい。

 あんな狂気には、もう二度と――。

「ああ、んじゃ私も行くよ」

 対してエンは、どこか乗り気そうに、軽い声で言った。

 解らない。あれのおぞましさは、エンも理解しているだろうに。

「ああ? いいのかよ? ってお前はやってたんだよな……」

 呆けたような顔をして言う父さん。

 やってた。そう父さんが言うように、エンは狂気病退治に近しい仕事などもしていた。そう聞いている。

 それは、放ってはおけないもの。

 だけどそれは、嫌な事。怖い事。

「じゃあ、私も準備して来るわ」

 なのにエンは、嬉々として行くという。

 ……どうしてだろう。確かに退治する事は重要だ。“あれ”は滅多に出て来る事はないとはいえ、感染するという特性を持っている。

 つまりは、触れてしまうと動く死体のようになるものが、増えてしまう。

 だから殺す。動き出さないように殺さざるを得なくなる。感染の恐れがあるとしても、誰かがやらなければいけない事なんだ。その事は、この皇国の法においても認められている事。

 だけど、その為に――。

「お待たせお待たせ。じゃあ行こうかね」

 エンの準備が整ったらしく、少ししかせずに部屋から出て来た。

 ……腰にあるのは短刀一本、軽装だったけど。本当にそれで? いやエンには法術という力もあるから、それで充分という事もあるんだろうけど。

「大丈夫か? エン」

 獣や妖怪を退治するのとは訳が違う。本当、危険と隣り合わせな所に行くというのに。

「ん。まあそこそこ慣れてる事だしね」

 そんなに簡単に考えられるものだとは思えないんだけど。強くなれれば、あんなものでも気楽に立ち向かえるようになれるんだろうか。

「じゃあ、エンはしっかり留守番してなね。行ってきまーす」

 そうやって、最後まで軽い態度のまま、エンは父さんと一緒に神社を出て行った。




 夕暮れ時。自分以外誰一人として居ない中。空が赤くなってきた頃になって、やっとその気配は現れた。

「うああーとーなー、助けてくれー」

 ちゃぶ台の下、畳の上に寝っ転がって、項垂れながら現れた者に言う。

「顔を見せた途端に、何を情けない声を上げるか」

 本当、顔を見せた途端に、トオナは呆れた顔をこちらに向けた。

「母さんは町に行ってまだ帰らない。エンは父さんと狂気病退治だと。私はいい子で留守番していろとさ」

「ほう」

 そう。こんな遅い時間だというのに、誰もまだ帰っては来ていなかった。

 暇だったんだ。トオナが来るまで完全一人。だれて畳に寝転ぶ私の傍に、トオナが正座をする。

「しかし、無理もなかろう。エンが居なければ、誰が神社の留守を守るのだ?」

「そーれーはー……」

 だれつつも、トオナの方をじいっと見やる。

「……はっ。い、いかんぞ? いつ来るかも解らん者に頼るでない」

「だけど、今ここに居るだろう?」

 むくりと、寝転ぶ姿勢から起き上がる。よし、なんだかからかいの対象が出来て元気が出て来た。

「加えてアサカエの巫女見習いじゃないか。さて、誰が神社の留守を守るのだ?」

「そ、それは――」

 困ったような顔をする。

 しかしそれがすぐに、「ん?」と疑問の顔に変わって、

「神社の息子のエンではないかっ!」

 ちっ。引っ掛からなかったか。

「大体だ。エンもそろそろ己の身のふりを固めるべきではないかの?」

「んあ? 身のふり?」

「そうだ。エンはこの神社の息子なのだぞ。なのに今は寺院に通って法術を学んでおる」

「はあ。それが何か?」

「それが何か? ではないわっ!」

 また怒られた。

「シエンの行く道を追い掛けたいという気持ち。解らぬでもないが、エンが居なくなれば本当この神社はどうなるのだ? 儂はここの巫女になりたいと思うておるが、何より宮司が居なければ神社は成り立たぬのだぞ」

「いや、それは解るけど」

 これでも一応神社の跡取り(予定)な訳だし。最低限以上の知識はある。

「メイスケやハトリもいつまでも居る訳ではないのだぞ。シエンももう成る事は出来ぬのだ。エンが居なければ、この神社は」

「あーもう。お小言なら聞かないぞ」

 だらんと、また畳の上に寝転がる。

「これ真面目に聞かぬか。早く決める事だぞ。儂も一人でやるのは嫌なのだからな」

「む、じゃあ二人ならいいのか」

「は、う……」

 自らの言っている意味に気付いたのか、顔を赤らめるトオナ。

 よし、またからかいの出来る状態に入った。という訳で上体を起こし、トオナの方を見やる。

「私はそれでもいいんだけどなあ。トオナに覚悟が出来ているのなら、二人で継ぐのも悪くない」

「う、だが、宮司としての習いは」

「私が本当に何もしていなかったと思うのか?」

 見誤って貰っては困るなあ。確かに今は寺院にて学んでいる最中ではあるけど。

「父さん母さんの一通りの仕事は見ているし、修練もしている。今は時期じゃないけど、自分の身のふりくらいは弁えているつもりだぞ」

 それは、恐らくトオナも解っている事。トオナもまた、お婆の行った道を継ごうとしているのだから。

 そう。いずれ私達はこの神社を継ぐ。それは多分遠くない時の事。

「はあ、全くの意外であるが、そこまで考えておったのだな」

「意外の部分は要らないと思うぞ」

 まあ、事実そう取られるように動いて来た訳だけど。

「という訳で、準備はしっかりだ。あと一つが終われば、いつでも仕事は出来るだろうな」

「むう……」

 そう、あと一つ。

 法術師と認められる試験さえ通れば、それは充分な力を得たという事。あとは本来すべき事へと向かうだけだ。

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