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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス一話目 季節前後 -Piece of Memory
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-1-17 ××を呼ぶ山

「ねえ、あそこにある星って、どうして光っているんだろうね」

「解らぬ……だが、綺麗なものよの。儂らには到底届きはせぬ」

「そうだね。この夜空は綺麗なもの。だから私達は寂しくないんだよ」

「む……それは、どういう事なのだ?」

「自分を見てくれる人が居るからね、それは光で居られるんだよ。見てくれるものがなかったら――」

「……なかったら?」

「自分で光りも出来ないんだよ」


 そこにあるのは只の瞬き。

 眼を逸らしていれば、只の明かり。

 だから私はこの空の星々を憶える。

 せめて私の中では、瞬きであるように。


 地上人である私達には、決して届かない瞬き。

 異界に在する瞬きを、一つでも多く憶えていられるように。

 私は、それだけを信じていよう。




 ――サヅキノ トオナという女の子と最初に出会ったのは、私が丁度六歳になった頃の事だった。

 私の一つ年上であるトオナは、祖母――お婆に神社にまで付き添われ、私と会う時にはお婆の後ろに隠れて、そこから少し顔を覗かせていただけだった。

 サヅキノ ナトセお婆は何十年も前に、私達の居た神社の巫女をしていた。その役目を私の母さんに譲って数年が経って。家庭の事情でしばらくこの地を離れていたお婆は、突然に家族を引き連れ、孫であるトオナと一緒に神社の近くに戻って来たんだった。

 その女の子は、殆ど口を開く事もなく、目線を合わせると怖がってか恥ずかしがってか、顔をお婆の背中に隠してしまう。そんな臆病な子だった。

「儂の継となった者達なのだぞ。挨拶せよ」

 そんな、今となっては古いと言われるような、でも威厳のある言葉遣いで言ったお婆の後ろから、トオナは詮無い事、という感じで、ゆっくりとお婆の前に歩み出た。

 そうして言った。「宜しくたのもう」と。

 トオナは、お婆の言葉をそのまま引き継いで覚えたような、そんな口調だったんだ。

 だからか。お婆がそのまま幼くなったような、お婆によく似ている口調だったから、私は思わず吹き出して笑ってしまって。

「な、何が可笑しいのだ!」

 と、トオナを怒らせてしまった。それが最初。

 そう。あんまり良い出会いとは言いにくかったけど。だけど今も私達は、三人一緒に何か面白い事を探し遊ぼうとしているんだった。それが当たり前の事なんだと、今でも思っていたんだった――。




 夕焼け色の日の光の当たる時間。いつもの修学を終えて寺院から家に帰り、居間に入ると既に巫女装束の姿をしたトオナが待っていた。

「ようやく来たか」

 そう言うトオナはいつもと変わらず、ちゃぶ台の前に正座をしてお茶を飲んでいる。充分に熱いお茶だ。こいつも飽きないなあ。猫舌なのにいつも熱いお茶を飲むのはつらいだろうに。

「ああ悪い。待たせたか?」

「別段待っておった訳ではない」

 そうつっけんどんに言葉を返すトオナだけど。

 ……そのトオナの背後を通りすがり、ちゃぶ台に置いてある湯呑をちらりと覗いて見てみる。その中身は半分くらい残っていた。トオナは猫舌なんだから、あまり早く熱いお茶を飲む事は出来ない筈。だけどトオナは熱い茶を所望する。なぜならトオナのお婆が熱い茶を好んで飲んでいたからだ。お婆への尊敬具合が、こんな所でも表れている。

「やっぱり、待っていたんじゃないのか」

 ちゃぶ台の向かい、トオナと向かい合う形で、私は座り込みながらトオナを問い質す。

「む、何故にそう思うのだ」

 その問い掛けに、私はトオナの前にある湯呑を指差す。中身の半分くらいに減っている、湯気の立っていない湯呑の中身を。

「それ、もう熱くないんだろう?」

 つまりは、熱いお茶がぬるくなる程度の時間は待っていた事になる。

「……ああ、まったく、要らぬ所で感の良いものだの」

 失礼な。私はこれでも勘の良さには定評があるんだぞ。

「要らぬ所で、は余計だけどな。待たせた分は悪いと思っているぞ」

「案ずるな。多少は暇も潰せた故な」

「んあ?」

 暇を潰せた。どういう事だろう。

 訊こうとしたけど、

「うおーい、ちょっと手伝っておくれー」

 と、そんなエンの助けを呼ぶ声が部屋の方から響いて来た。

「……何事かねまったく」

 トオナの事も気にはなったけど、エンが呼んでいる。

 放ってはおけないだろう、とトオナと二人して立ち上がり、声のした方、エンの部屋へ向かう。

 部屋の前に着いて見てみると、そこには何やら、やたらと多い荷物をこしらえているエンの姿があった。部屋の床にばらばらになっている荷物を、一所懸命に一つに纏めようとしている。

「んあ、その荷物は?」「なんなのだ、一体そんな大仰な」

 二人して一緒に問い掛ける。

 幾らなんでも物が多過ぎると思った。それは一人で持っていくにはちょっと無理があるんじゃないか、と思える量。

「んあ? そりゃあ必需品に決まってるだろ。ああエンも半分持って」

 布に包まれた大きな荷物を差し出される。人の背中いっぱいくらいの大きさだった。これを背負って山に登るだけで一苦労になりそうだ。

「……なあ、只そこの山に行くだけなんだろう? どうしてこんなに大荷物になっているんだ」

「そりゃあ、天幕とか掛け物とかさ、野晒しで寝る訳にもいかないだろ? エンはそれでもいいだろうけどさ」

「良くない! って泊り掛けで行くのか!」

「そうだよ? 言ってなかったっけか」

「聞いていないぞ」

「儂も聞いておらぬ……」

 トオナと共に唖然とする。あまりにも勝手過ぎやしないか。確かに、出発する時間がやけに遅いとは思っていたけども。夕暮れ時なんて、行ってもすぐに帰る事になるだろうと。勿論暗くなる前に。

 成程納得、泊り掛けなら――って納得出来るか。危険が大き過ぎやしないかね。私達が行こうとする山は、仮にも――。

「まあいいだろ。水や食べ物も充分にあるんだし、あの秘密基地ならそう危ない事もないだろうしさ。それにまあ、不埒な少年は寝る時には隔離してあげるし」

「何が不埒だ」

「少年って言うんだから、エンしか居ないんだけどな」

 なんて失礼な言い方。実の弟をなんだと思っている。

「ああ、それともトオナと一緒がいいか? 私の方が消えててもいいけど?」

「エンっ!」

 エンがにやにやと意地の悪い笑みを見せる。そうやって改められるとそれはそれで困るというか。トオナの方をちらりと見やるとすっかり顔を赤くして固まっていた。こうした話題に、トオナはまるで耐性がないんだ。純真、とでも言うべきか。

「あっはは! いやいや少しからかい過ぎたね。大丈夫、トオナにはちゃんと私が付いてるからさ。あの秘密基地まで行って私らの再会祝賀会。あとは天幕張って積もる話を色々しようって事。今夜は寝させないよお? いや寝てもいいんだけどさ」

「どっちなんだ」

「どっちでもいいんだよ。盛り上がったなら盛り上がったでいいし、疲れたなら寝ていいんだから」

 そういうものか。ならばこれは、本当幼馴染三人組のお泊り会という事なのか。山でというのがちょっと曲者だけども。

「よいしょっと」

 エンが大きな荷物を一つ、その小さな背に背負う。だけど荷物はまだまだあった。恐らくだけど、寝具や食料、水などもその中にはあるんだろう。

 それらはどうするのか――。

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