-1-14 対決、父
「ほう、やるじゃねえかシエンの奴」
いつの間にやら、父さんが私の横に居て試合の様子を見ていた。その手には短めの木刀が。
「よっしゃシエン、次は俺様とだ」
「ああ父さん、復活したんだ」
エンが木刀を引き納め、父さんの方に顔を向ける。
「あったりめえだろ。俺を差し置いてでけえ顔しようったってそうは行かねえぜ」
木刀をぶんぶんと振り回し、そうしてから木刀の先をエンの方に突き付ける。
「子供はな……親の背中を見てでっかくなってくんだよ。そうやっていつか俺だって追い越してくんだ……」
何やら遠くを見ながらしみじみと語っているけど、それは父さんの理想なのか。
「だが今はその時じゃねえ! 来いやシエンよ! てめえのちっこさと俺様のでっかさ!存分に叩き込んでやるぜえ!」
……最初から飛ばしているなあ。余程エンと交えたかったのか。対するエンも臨戦態勢抜群だ。
「はあ……まあいいわ」
そうして小木刀を、抜き出して。
また出た、あの虚御の型。
「これを破れるって言うんなら、そんな大口もまあ許せるんだけどね」
仮にも師範に、それも父に向かって。――だけど実際、エンは強いんだから詮無い。
カイが破れなかったあの型を、果たして父さんは破れるというのか。
「へっ、まあ見てろや」
そうして小木刀を構え合い、間合いを取る。
父さんは強気な笑みを浮かべ、エンも微笑を以てそれに応えている、ように見えた。
「小細工なしで、ぶち破ってやんよ!」
――そうして、少しの間を置いて、
「うどりゃあっ!」
唐突に父さんが動いた。エンに向かって真っ直ぐ、足を運ぶ。
――馬鹿な。これだと真っ向勝負にしかならない。そうして真正面からの攻撃を破る事に一番特化しているのがあの型だというのに。
構わずに、父さんは大振りの斬撃をエンに向かわせる。勿論――。
ばしん! と二つの小木刀がぶつかり合う。エンの木刀が、父さんの一撃を弾いた音。
――だけど、続くエンの反撃が、なぜやら父さんを捉えていなかった。その前にもう一度、ばしん! という音が聞こえて、エンの得物が父さんに届かないままだったんだ。
あの型を破った!? いや、破れはしなかったものの、次に続いた斬撃を父さんはさばき切っていた。
エンの方も一瞬――あり得ないものを見るような顔をしていたけど――だけどすぐさま身を引き、元の構えを取る。
「やるじゃねえかシエンよ」
余裕の笑み。あれが本気か強がりか、その判断は難しい。
「相変わらず無茶苦茶するなあ。でも、二度目はどうなるかなあ」
「っはは、そりゃあ俺の台詞だ。その一手だけで続けようなんざ、笑止と書いて笑わせんなっつーんだよ」
……それを見ている私らの方は完全に置いて行かれている。
「今の……どうやったか、解るか?」
カイの時にはなんとか見る事が出来たけど、今回は無理だった。とにかく二人の動きが無茶苦茶過ぎたんだ。
「大振りに見えた斬撃に重さを乗せなかった、だから完全に流されずに引き戻せた、そういう事でしょうか」
「嘘……」
「ええ、言葉で言うのは簡単ですが、実際にやるには出鱈目です。重さは付きませんが速さも付きませんから。でもそれであれだけの速さを出せるんですから、やはり師範は凄い人ですよ」
いや、あれは居合い……とまでは行かないけど、全力で振り抜くくらいの勢いに見えたんだけど。
「あれ……カイなら止められた?」
「まあ止めるくらいなら。ですが止める方が不利になりますね。それを一目で凌いだシエンも凄い目をしています。いつの間にか余程鍛えたんでしょうね」
無茶苦茶だこの二人。私達って自惚れていたんだろうか……。
「でも半分いんちきですよね。事前に僕とのやり合いを見ていたから出来た対処ですよ」
「うわ、落とす所は落とすな」
そうして話している間に、試合には新たな動きがあった。
笑みを浮かべたまま――父さんは刺突の型を取る。
……突きであれば破れるという魂胆だろうか。
対するエンは、型を崩さない。
父さんの眼が、少し細く見えて――。
「え……?」
違和感。
何かが、おかしい。
何か解らないけど、何かが変。
敢えて表すなら、空気? と言うか、二人の立ち位置と言うか――。
変わらないように見えて、変な違いがある。
だけど正体が解らない。解らないまま時間は進み――。
瞬間、父さんが足を踏み込んだ。
「……手首が甘いですメイスケ」
「うおっ!」「んなっ!」「うどあっ!!」
驚いた。突然の声の瞬間に気配が生まれた。――カイも同様に、見やった方に母さんが居た。
父さんが一番動揺した声を出した。――動く力が全てそこで一時停止し、つんのめる形になる。
エンもまた、驚きを現した。だけどそれでも、本能的のように対処は怠らなかった。力を失った父さんの突き、それを打ち払い、
「あ」
止まり切らなかった。続き振り抜く斬撃が、どかりと。
「いってえっ!!」
横から胴に入った。
……がくりと崩れる。
それはもう、綺麗に。床にどさりと。
一瞬、時間が止まる。
「あっちゃあ……」
やってしまった。と変換出来るエンの声。
叩き付けた格好のまま顔を引きつらせて固まるエンの下で、父さんはのびていた。
……木刀だったから良かったものの――それでも充分被害を被っているか。
そして、この状況を生み出した大元、母さんは、
「……」
沈黙、そのあとに、
「……お邪魔しました?」
聞くまでもない事をぽけぽけっと口にした。
「だ、大丈夫か父さん」
倒れてのびている父さんに近寄り声を掛けるけど。
……返事はない。
「ちょっと、どいて下さい、ユエン」
母さんが、いつの間にか真後ろに。そうして私と位置が変わる格好で、父さんの状態を見る。みんなが集まって来る中、母さんはしっかりと冷静でいた。
「母さん、父さん大丈夫?」
そう訊くエンが本当心配そうな声を掛ける。
……少し沈黙があって。
「……どうやら内臓や骨に異常はなさそうです。相当痛い所に入っただけでしょう」
ならいいけど。目を覚まさないという事は気絶しているって事だし……。
「ちょっと私が介抱します。皆さんは続けて下さいね」
そうして母さんは父さんを引きずっていく。片腕を持って、ずりずりと。
「……勝手に俺様を殺してくれるんじゃねえ」
と、うつ伏せ状態になっていた父さんが言葉を発した。
「いや誰も死んでるとか言ってないからね」
エンが言葉を返すけど……まだ立ち上がる力とか、そんな状態にまで回復していないだろうに。口だけはまあ……どんな時でも達者な。
「これで勝ったと思うなよ。今のは無効試合だからな」
エンの方に向いて、あまつさえそんな事を勝手に口にする。
「頑固なのは相変わらずだねえ」
「うるせえほっとけ」
「はいはい放っとく、放っときますよ」
それを聞いて。
「ぐふっ」
またもや失神。
「……本当、手間を掛けさせますね」
そうして母さんは、また父さんの腕を持って引きずり、共に道場から姿を消していった。
「私、母さんにだけは勝てる気がしないわ」
「……私もそう思う」
エンと私の意見、見事に一致。
普段の姿からは全く想像出来ないけど、この道場内で最も強い技を有しているのは母さんなんだ。
……なにせ父さんを鍛えたのが母さんなんだから。つまりは神社だけでなく、この道場においても太母。
とは言え、今の母さんは滅多に刀を持たない。巫女として、祭儀用の小刀を持っている姿は見ているけど、道場内で木刀を持つ姿を見るのは珍しい。
……見る事がないから余計に怖い。語られているだけで。