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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス一話目 季節前後 -Piece of Memory
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-1-5 日課

「ではやりましょうか、シエンにあそこまで期待されては一つ気合を入れないと」

 笑顔が私の前に向く。それに言い知れぬものが漂っているのは、気のせいなどでは決してない。

「……提案があるんだけど、いいかな?」

 一つ左手を上げて、カイに向かう。

「聞きましょう」

「確かにな、最後の追い込みとしてはより多くの修練を積んだ方が力にはなるだろう。カイが私を厳しく鍛えようと言うその考えが間違っているとは思っていない。いや寧ろカイが率先してそう思ってくれている事はとても嬉しい。だけどやり過ぎて要らない怪我でもしようものならその修練全てが台なしになってしまう危険もなきにしもあらず。私も出来る限り力を付けたいとは思っているけど万一の場合に最大限の力を発揮する為にはやはり最良の状態を維持する事が重要であって、決して無理を強要してはいけないと過去様々な偉人も伝えているだろう。私もそれに心から共感しているしこれは過去の経験からしても明らかな事象であると経験しているから、つまり! 何事も程々にという事で今以上厳しくする必要はあまりないのではないかと提言したい」

「っはは……それはそれで僕も楽が出来るから魅力的な提案ですね。おまけに正論でもあります」

 笑顔のまま、提案に対する答えを口にする。その顔は笑ってはいるけど。目は……ほぼ閉じられているので窺えない。

「ユエンがそれでいいなら僕も程々に出来るんですけど、いいんですか?」

 声はまだ笑ったままだ、即ち。

「はあ……冗談だよ。やるからには徹底的にやって貰わないと」

 カイは、私の冗談を冗談として受けている。

 なにせ私がどれ程言っても、軽く聞き流されるのが定石なのだ。それこそ全く無駄な抵抗。

 それに、私はカイが手加減を以て相手になる事を、心底から望んでいる訳じゃない。

 ……二年前とは違う、あの頃から必死に修練を重ねた私は、カイにかなり近い場所にあると自覚している。私なりに自信を持っての自覚だ。なぜならカイは、決して私に嘘を付く事がない。

 カイは私が望むように、その力の全てを以て相手をしてくれる。私はそれを望むべくして望む。

「だから頼もう。真剣にな」

 弟弟子としての、真剣な願い。私は短い木刀を持ち、カイに向いて構える。

 そう。カイ一人のしごきにも耐えられんで、何が試験突破か。要は、怪我をしなければいい。する前に、要因を排除すれば。

 ……正直まだ、私はカイに対して充分な相手になっているとは言えない。カイに対して、私は殆ど勝ち手を与えられていなかった。勝率にするならおおよそ一割程度。

 父さんがそう認めていたように、カイの実力は道場内でも抜きん出ていて――私の見立てでは父さんとほぼ同等なのではないかとも思っている。

 以前カイに素直に聞いてみた所、答えに関してははぐらかされたものの、否定はしなかった。カイもそれを自覚している。父さんも認めているのが決定的だ。

 もっとも、父さんを越えた所で、この道場には決して表には出ない隠れた主が居るんだけど。それはまた別の話。

「では行きましょうか。師匠が戻るまでに、一つを終わらせましょう」

 カイが私の前で対する。その眼に映るのは、明確な一つの意思。

 父さんが言っていた、練習試合などというものではない。

 これは一つの真剣勝負だ。

 真剣は持っていないんだけどな。

 床に腰を下ろし、荒くなった息を整える。

 頬を伝う汗が鬱陶しく思えた所で、私は今の結果を冷静に受け止める。

 私は、またカイに届かなかった。それはいい、私はその結果を受け入れる。反省すべき点はたくさんあったし、その問題点が見付かった事が今望むべき結果だ。

 ……程なくして、父さんが道場に現れた。荒れた様子はすっかり鳴りを潜め、寧ろ上機嫌だった。多分母さんに宥めて貰ったんだろう。

 私の荒くなった息はその時には殆ど抑えられ、その時になって私は普段の稽古を再開する。

 基本を忠実としたそれを、一刻の間休む事なく行う。私が木刀を手にした時から、何があろうと続けて来た日課。他の弟子達と行いながらも、私は私以外の全てを排した意識でそれに取り組む。

 私にとって、それはとても重要な事。力を付ける為、勿論それが明確な目的だ。それ以上に私はそれを、大切なものとして執り行なっている。

 単調な作業の中にありながら、それは私の一日の中で、唯一私を冷静に確認出来る儀式だった。

 過去と変わらぬ同一の作業。私はそれを厳しく行い続け、その中で得られる負の厚みを感じる。

 疲れ。痛み。つらさ。苦しみ。それらを以て、私は私の生を冷静に実感出来る。

 ……逆に言うなら。私は負がなければ、生を実感出来ない。

 負を感じない日常、これを除いた時間において、私は幾ら楽しもうと。幾ら笑おうと。幾ら喜ぼうと。その瞬間に生を実感してはいなかった。或いは、意味を見出せないとでも言うのか。

 私がそれに初めて気付いた時、私はそれを何ともなしに受け入れていた。誰にも分けず、知らせる事もなく。私の中だけで、片割れにすら、その事を隠してしまっていた。


 それをはっきりと指摘した先生によると。

 私はある時一つ大きなものを失った事で、自意識内の一部を自ら壊し、脳の奥底に退避させたんだろうと言う。

 先生の言わんとする事は難解で、その当時は解らなかったけど、言われた事により思い当たる原因を特定する事は出来た。




 思い起こさせるのは、二年前。

 あの時の終わりが、私をここまで追い詰めさせたんだ。

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