表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
五話目 マヨヒノコ
36/279

1 1-33 -Memory of She

 異物が入る。

 薄い肉を裂いて、骨を抜けて、それが届くのが解る。

 嫌な違和感。だけどそれもすぐに終わる。それも解った。

 もう止められない。

 ここから何を抗っても、最後が変わる事なんてない。

 これが私の最期だと。


 ある、筈がない。

 終わると解っているのに、私はもう一つ抵抗した。

 貫くつもりならそれでもいい。終わる事も、最早抵抗はない。エンが私をどう思っているか、それも今更だ。今の結果が語っている。

 抵抗したのは、只一つの理由。

 エンの姿が。

 エンの眼が。

 エンの声が。

 エンの意志が。

 ……私を殺す事。

 赦せなかった。

 私のエンが私を殺す事が。

 私のエンが穢される事が。

 だから私は。

 只、笑った。

 もう一度、

“昔”のように笑い掛けた。

 この一度だけ。


“じりじり”

 全部が、朱い。

 空が。雲が。“じりじり”雨が。顔が髪が刃が朱“じりじり”、朱、朱、

“じりじり”、朱朱朱――。

 ――“じりじり”




 ―――

「でも、やっぱり君もおかしくなりそうだね」

 それはいつの話だったか。

「一つ、予言してあげる」

 只、夢だと思っていた。

 だって実際夢で、目が覚めた時は現実だったから。

「君はいずれ、二つのものを消す」

 いや、今もそれを夢だと思っている。理屈なしに。そう思える程に夢のような夢。

「今は望んでいなくても、君は必ずそれを望む」

 なのに、あの子が笑顔のまま言った言葉は、

「笑いながら、喜んで、狂い愛するように二つのものを消し去るんだ」

 溶け込むように、私の髄から離れない――。




 ――そうだった。

 私は“それ”を、殺して良かった。

 本当に今更、気付いた。

 私の手で、潰して良かった。

 私の手で、消して良かった。

 私は“それ”を、なかったものにして良かった。

 ――そうしたいと思っていた。

「っはは……はは、っは――――――」

 なんて――笑える事か。

 こんな事に今更気付くとは。

 いや違う。気付かないようにしていただけ。

 消していい事に気付いてしまえば、本当に私も消えてしまう。

 私は、エンによって、今まで生かされていたのだから。

 それがなくなれば、今の私の理由もなくなる。

 本当――なんて矛盾か。

 消える事が、私の、エンの結末。

 私がどちらを選ぼうとも、終わる事は決定している。

“エン”が消えれば、“エン”も消える。それが私達の、当たり前な終わり。

 いつか、聞いたあの子の予言は、これ以上ない程、大当たりだ。

 いずれ消し去る、二つのもの。それと、これ。

 ……なら、不公平だ。

 エンが私を消すつもりなら。

 私もエンを消す権利はある。

 それを行使する権利は……今の私にも、ある筈だ。

 エンにばかりさせては、悪いから。

“じりじりじり”また煩い。

 私の胸を貫く刃。

 折角だ、これを使わせて貰おう。

 消える私を通じて、エンも一緒に、消えて貰う。

 どうせ結果が同じなら。

 その幕引きくらいは、私にさせて欲しかった。

 だって私も今。

 エンと同じように。

 狂ってしまう程、それを愛しいと思っていた。

“じじじじじじ――”




 私のそれが、エンに伝わる。

 それと共に、エンの体もびくんと揺らいだ。

 私に覆い被さって。

 私を見たまま、

“エン”も消えてゆく。


 ……もしかすると、

 その時私は泣いていた。

 でも降り注ぐ赤い雨は、

 私が泣いている事さえ覆い隠して。

 ……エンが泣いていたように見えた事さえ曖昧にして。

 私の顔に掛かるその雫。地面を叩く赤の雫。

 その全てが私達の涙の代わりで。

 それが私達の気持ちを代弁してくれているのなら。

 一緒になって泣いている事が、

 とても嬉しかった。


 エン。

 エンは今。

 笑っているか。

 泣いているか。


 私もそう、同じだ。

 エンと同じ。

 笑って、泣いている。

 嬉しいのに。

 二年ぶりに、一つになれたのに。

 楽しい事は、あっという間に過ぎ去っていく。

 それを振り返って、悲しいと思う事さえ、しばらくあとには過ぎた事になってしまう。

 それはまるで、祭りのあとのよう。

 終わってしまったそれは、寂しいなんてものではない。

 楽しい事が消えたあとには――、

“じ――――――”

 ああ、これは、虚しさだけしか残っていない。




 今日と明日。その繰り返しが、ずっと続くと思っていた。

 唐突にぶち壊されたそれを、エンは絶対に認めなかった。

 ――エンは目を逸らした。

 目の前でなくなった時、今を認めなくなった。

 ……認めたかった、トオナでさえ――。


 私を現す、私の記憶。

 それを見た事で、私は自覚した。

 消された私は、

 まだ消えてはいない。

 私は私の揺らぎを以て、私の矛盾さえも消してしまった。

 消えるべき私は、消える事さえ望まれていない。

 私の望みとは、何もかも違っていた。

 あの時から、エンが家を出たあの時から。

 私達は全て、何かに狂わされていたように思う。


 それはまだ終わっていない。

 まだ、狂った私が生きている。

“エン”の名を持つ私が。

 いや、生きていると言うのは、正しいのかどうか解らない。

 私はあの時、確かに殺されていた。“エン”によって殺された。

 それでも私はここに居る。確かに意識を持っている。

 息も吸えるし、水も飲める。食事は――抵抗があるのは確かだが、ちゃんと食べられる。

 ――左手を確かめる。指が、ちゃんと五つあった。

 ……生きていた。エンは生きていて、ユエンは居なくて、シエンも、居なくなっていた。


“――じりじりじり”

 また。

 気を抜くと、また煩い音が聞こえる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ