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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
五話目 マヨヒノコ
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1 1-31 -Deep Deep Dream Land

 ……これが私の記憶か。

 いろんなものをなくして、最後には大切な人さえも手に掛けて。

 これが本当の事だとしたら、そりゃあ記憶も吹っ飛ぶだろうさ。

 そう望んだんだ。“エン”という奴は。

 それを、無理やりほじくり返して、

 自分の望みまで、“私”は裏切ったのか。

 なら、私のして来た事は、完全に無意味に――。


 ――おかしいです。

 ……は?

 暗闇に戻ったと思ったら、レシラントがまた妙な事を言い出した。

 ――迷いが、おかしくなっています。迷っている事がなくなりません。

 ……なんだいそれは。意味が解らん。

 ――これは本当ではない事です。だからおかしな話になっています。

 ……本当ではない事?

 ――はい。

 ――何かは解らないですけど、この人の事だけが違います。

 ……違う。このエンの事だけが?

 ――はい。

 ……エンが、狂気病になっていた訳ではないと?

 ――それは解りません。だけど違う事だという事は解ります。

 ――貴方は――、

 ――本当を、知りたいですか?

 本当の事――。

 少し、考え込む。だが解っている。ここに居る時点で、答えなんて最初から決まっているのだから。考え込んだのは、あと少しの勇気が足りなかっただけ。ここまで隠れている程の本当とやらが、果たして私にとって有益な事となるのかどうか。

 本当が、私を押し潰したりしないのか。

 それだけだ怖いのは。……だが、

 わざわざここまで来ておいて、自分を知る折角の機会をふいにするなど。

 ええい、こんなものは勢いだ。酒に酔ったような勢いで、突っ切るしかあるまい。

 ……知りたい。

 ……折角ここまで来たんだ。ならば真実を。

 ――なら、少し無理をします。

 ――貴方も、少し無理をするかも知れません。

 無理をする、か。それはどういう意味なのかね。肉体的にか精神的にか、恐らく後者なのであろうけれど。

 そして、暗闇の中に小さな小さな光が現れた。

 それに近付き、手を触れる。瞬間、辺り全部が景色に覆われた。

 先程も見た、神魔の塔。そのすぐ傍の荒野で――。



・ -Memorys of She!


 エンが家を出て、ずっと帰って来なかった。

 それが、私が法術師となる間際。位を貰う時になって、突然に帰って来た。


 ――守ってあげたいものがあるからね。

 エンはそう言っていた。その為に二年ぶりに戻って来て、私達の事を考えて行動してくれていた。

 ……だけど何も叶わなかった。

 突然に、守りたいものが全部なくなった。

 守ると決めた、でもそれがたくさん死んだ。

 彼女の、

 努力も、時間も、想いも、

 全部全部無駄になった。


 そうしたら、

 彼女は、何を糧に生きればいいんだろうか。




「なんで逃げるの、エン!」

 やっとだ。やっとの事、事件の元凶を倒す事が出来た。

 復讐してやる。それが終わった。なのにエンが、それはまだだと言っているようで。

 背中を見せる、エンを追う。

 ――す、と。

 唐突に姿が、薄れて消えた。

「待っ――」

 目の前なのに、居なくなるのは、もう嫌――、

 ――すう。

「え……」

 何かを通り過ぎた。

 何かの区切りを越えた。

 確かに、これは、結界。アサカエで使うものの。

 なんだこれ、見えなくなったのは結界があったから、でもこれは事前に張っていないと、

 ――目の前にはエンが居た。

 どうして。

 隠れる必要がない。

 隠れたいなら、なぜ追い駆けさせた。なぜ私をここに通した。

 ……連れて来たんだよ。

 一つ、結論が浮かぶ。

 いや待てそんな事があるか。そうする理由が。

 でもそうとしか。

 だって、エンは立っている。逃げていたのに、ここから動いていない。

 そこに居てくれた。

 生きていてくれた――。

 ――っふふ。

「まだだよ、エン。エンにはまだやらなきゃいけない事があるんだ」

「……やらなきゃ?」

 今更になって何を。あいつは倒した。大元は断った。なのにこれ以上――。

「あは――」

 ――声。

 空を仰いでいたままのエンから、漏れ出た声が、

「っはははははは――――」

 徐々に力を増していって、そして、

「……はあ」

 溜息。

「やっぱり、駄目だったか」

 エンの言う事が、要領を得ない。一体どうした。一体どうして――。

「……変わり過ぎちゃったな、全部」

 そんな事を言うエンの顔が、見えない。笑っていたのか、泣いていたのか、それとも、

「ねえ。ここはどこなのかな」

「どこって……」

 言うまでもない。神魔の塔、その跡地だ。ここから狂気病の元が這い出て来て、そして不幸が始まった、その場所だ。

 だけど、エンが言いたい事は、多分違う事――。

「ここは違う。知ってる所じゃあない。あそこはなんにも変わってないし、誰も、父さんも母さんも、死んだりしてない。そんな筈がないんだよ」

 言っている事が――理解出来た。

 ここは、あまりにも変わり過ぎた。二年の間に。それから数週間の間に。知っている世界から掛け離れ過ぎた。

 エンも、家族から離れ過ぎた。だからこそ、今を認められない。

「ねえ、エン。ここはどこなんだろうな」

 ここは、どこなんだろう。

 ……答えられない。私だって言いたくない。ここは違う世界だ。夢の中だ。目が覚めればいつもの部屋に居て、みんなが居て、エンも居る。

 ――それが事実であればどれ程いいか。

 これが夢で、いつものようにみんなの顔を見られれば、それで悪夢は綺麗に忘れられる。どんなに夢が怖く見えても、現実が楽しければ、いつかは恐ろしいものも忘れられる――。

「そうだろ? こんなのおかしいよ。父さんは狂気病に掛かって死んじゃった。母さんがとどめを刺したんだ。その母さんももう死んでるって。私達を残して死んでる。あの町は似てるだけだし、死人が蘇るなんて何? そんな事ある? エンだって――死んじゃってるんだよ?」

 あの時――エンは抗った。この“あり得ない”世界の中、一度だけ――認められないながらも、認めた。私を助けた。死にそうになっていた、あと僅かな時間で死んでいたんだろう私を救ってくれた。

 一度だけ、この狂った世界を認めた。

 それでも――エンが今に選んでしまったのは。

 こんな、本当にあり得ないような現実を、

 本当に、あり得なかった事にする事。

“全部”を、なかった事にする事。

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