1 1-31 -Deep Deep Dream Land
……これが私の記憶か。
いろんなものをなくして、最後には大切な人さえも手に掛けて。
これが本当の事だとしたら、そりゃあ記憶も吹っ飛ぶだろうさ。
そう望んだんだ。“エン”という奴は。
それを、無理やりほじくり返して、
自分の望みまで、“私”は裏切ったのか。
なら、私のして来た事は、完全に無意味に――。
――おかしいです。
……は?
暗闇に戻ったと思ったら、レシラントがまた妙な事を言い出した。
――迷いが、おかしくなっています。迷っている事がなくなりません。
……なんだいそれは。意味が解らん。
――これは本当ではない事です。だからおかしな話になっています。
……本当ではない事?
――はい。
――何かは解らないですけど、この人の事だけが違います。
……違う。このエンの事だけが?
――はい。
……エンが、狂気病になっていた訳ではないと?
――それは解りません。だけど違う事だという事は解ります。
――貴方は――、
――本当を、知りたいですか?
本当の事――。
少し、考え込む。だが解っている。ここに居る時点で、答えなんて最初から決まっているのだから。考え込んだのは、あと少しの勇気が足りなかっただけ。ここまで隠れている程の本当とやらが、果たして私にとって有益な事となるのかどうか。
本当が、私を押し潰したりしないのか。
それだけだ怖いのは。……だが、
わざわざここまで来ておいて、自分を知る折角の機会をふいにするなど。
ええい、こんなものは勢いだ。酒に酔ったような勢いで、突っ切るしかあるまい。
……知りたい。
……折角ここまで来たんだ。ならば真実を。
――なら、少し無理をします。
――貴方も、少し無理をするかも知れません。
無理をする、か。それはどういう意味なのかね。肉体的にか精神的にか、恐らく後者なのであろうけれど。
そして、暗闇の中に小さな小さな光が現れた。
それに近付き、手を触れる。瞬間、辺り全部が景色に覆われた。
先程も見た、神魔の塔。そのすぐ傍の荒野で――。
・ -Memorys of She!
エンが家を出て、ずっと帰って来なかった。
それが、私が法術師となる間際。位を貰う時になって、突然に帰って来た。
――守ってあげたいものがあるからね。
エンはそう言っていた。その為に二年ぶりに戻って来て、私達の事を考えて行動してくれていた。
……だけど何も叶わなかった。
突然に、守りたいものが全部なくなった。
守ると決めた、でもそれがたくさん死んだ。
彼女の、
努力も、時間も、想いも、
全部全部無駄になった。
そうしたら、
彼女は、何を糧に生きればいいんだろうか。
・
「なんで逃げるの、エン!」
やっとだ。やっとの事、事件の元凶を倒す事が出来た。
復讐してやる。それが終わった。なのにエンが、それはまだだと言っているようで。
背中を見せる、エンを追う。
――す、と。
唐突に姿が、薄れて消えた。
「待っ――」
目の前なのに、居なくなるのは、もう嫌――、
――すう。
「え……」
何かを通り過ぎた。
何かの区切りを越えた。
確かに、これは、結界。アサカエで使うものの。
なんだこれ、見えなくなったのは結界があったから、でもこれは事前に張っていないと、
――目の前にはエンが居た。
どうして。
隠れる必要がない。
隠れたいなら、なぜ追い駆けさせた。なぜ私をここに通した。
……連れて来たんだよ。
一つ、結論が浮かぶ。
いや待てそんな事があるか。そうする理由が。
でもそうとしか。
だって、エンは立っている。逃げていたのに、ここから動いていない。
そこに居てくれた。
生きていてくれた――。
――っふふ。
「まだだよ、エン。エンにはまだやらなきゃいけない事があるんだ」
「……やらなきゃ?」
今更になって何を。あいつは倒した。大元は断った。なのにこれ以上――。
「あは――」
――声。
空を仰いでいたままのエンから、漏れ出た声が、
「っはははははは――――」
徐々に力を増していって、そして、
「……はあ」
溜息。
「やっぱり、駄目だったか」
エンの言う事が、要領を得ない。一体どうした。一体どうして――。
「……変わり過ぎちゃったな、全部」
そんな事を言うエンの顔が、見えない。笑っていたのか、泣いていたのか、それとも、
「ねえ。ここはどこなのかな」
「どこって……」
言うまでもない。神魔の塔、その跡地だ。ここから狂気病の元が這い出て来て、そして不幸が始まった、その場所だ。
だけど、エンが言いたい事は、多分違う事――。
「ここは違う。知ってる所じゃあない。あそこはなんにも変わってないし、誰も、父さんも母さんも、死んだりしてない。そんな筈がないんだよ」
言っている事が――理解出来た。
ここは、あまりにも変わり過ぎた。二年の間に。それから数週間の間に。知っている世界から掛け離れ過ぎた。
エンも、家族から離れ過ぎた。だからこそ、今を認められない。
「ねえ、エン。ここはどこなんだろうな」
ここは、どこなんだろう。
……答えられない。私だって言いたくない。ここは違う世界だ。夢の中だ。目が覚めればいつもの部屋に居て、みんなが居て、エンも居る。
――それが事実であればどれ程いいか。
これが夢で、いつものようにみんなの顔を見られれば、それで悪夢は綺麗に忘れられる。どんなに夢が怖く見えても、現実が楽しければ、いつかは恐ろしいものも忘れられる――。
「そうだろ? こんなのおかしいよ。父さんは狂気病に掛かって死んじゃった。母さんがとどめを刺したんだ。その母さんももう死んでるって。私達を残して死んでる。あの町は似てるだけだし、死人が蘇るなんて何? そんな事ある? エンだって――死んじゃってるんだよ?」
あの時――エンは抗った。この“あり得ない”世界の中、一度だけ――認められないながらも、認めた。私を助けた。死にそうになっていた、あと僅かな時間で死んでいたんだろう私を救ってくれた。
一度だけ、この狂った世界を認めた。
それでも――エンが今に選んでしまったのは。
こんな、本当にあり得ないような現実を、
本当に、あり得なかった事にする事。
“全部”を、なかった事にする事。