1 1-27 駆け引き
「むう、もう少しなんとかならんか」
「そりゃあ無理だ。これでも控え目にしてるんだ。法術師絡みのブツが高価なのは解るだろ?」
はいはい充分解っているっての。私もそう、そうしたブツのある程度の相場は解ってはいるが。
「頼む。もう少しまからないか」
両手を眼前で合わせ、懇願する。別に金に執着がある訳ではないが、人の世で生きる以上、金とは非常に貴重なものと心得ておくべきなのだ。支出を削る努力は、するに越した事はない。
「そう言われてもなあ」
さてここからが駆け引きだ。なんとか粘って金二枚か一枚でもいい、値を下げて貰えれば御の字だ。
「頼むよ。貴方達も機械人形なんだろう?」
「む……」
「仲間を助けると思ってな」
「ぐぐぐ……」
む、何やら様子がおかしい気が。
「……ここだけだ」
「んあ?」
なんの事――と思った瞬間に、ルアさんに掴み掛られ、壁まで押し付けられる。
「それ! ここだけの事だと! 絶対に秘密だ! よそでこの話ばらしたら絶対殺すからな!」
「え、あの、ちょっと」
鬼のような形相で、ルアさんはまくし立てる。思わずそれに気圧されてしまう。
「絶対黙ってろ。そうしたらこれを只でくれてやるから」
はあ。金二十枚が無料に? それは交渉している身としてはありがたいが、いいのかそれは。見るとリアさんも強い目線でじっと私を睨んでいたし。怖いよこの図は。
「解った。解ったからちょっと落ち着いて」
「――ああもう。変に関わるんじゃなかったこれじゃあ」
同感。変な敵は作らないに限る。察するに、機械人形という事を公にされたら困る何かが、二人にあると見たが。
……まあ、藪をつついて蛇を出す事もあるまい。この手を使うには、危険性が大き過ぎる。
「解った解った。この件は外の誰にも言わんから」
「本当か。命に誓ってだろうな」
うーむ、誓う代償が大き過ぎる気がするが。まあ喋るつもりもないんだが。
「誓う誓います」
そう答えるしか道はあるまい。でなければこの場で命を取られかねない。
「……それならいい。ほら“心臓”だ」
手渡される。だが、本当只でというのも気が引ける。
「本当、こんな大層なものを只でいいのか」
「二言はない。約束さえ守ればな」
という訳で、私は機械人形の“心臓”を手に入れた。
……とはいえ、これをどうすればいいのだろう。と“心臓”の入った筒を包みに入れながら考える。
「これは、一体どうすればいいと?」
「勿論、交換するのさ。人の心臓と同じように、機械人形の“心臓”も大体同じ位置にある筈だからさ。古い“心臓”を外して、その新しい“心臓”を付ければ、まあ多分動くかも知れないね」
多分かい。
まあ、何事も挑戦してみなければ解らない事ではあるし。
「だが、私は素人だぞ。理屈は単純な事だろうが、簡単に事が運ぶとも思えんが」
「はあ、まったくここまで譲歩してやって、更に贅沢言うなんてまあ」
「詮無いだろう。人型のものをここまで引きずって来る訳にもいかないしな。それにここに来るにも遠い。せめて何か指標のようなものが欲しいところなんだ」
「まったく、仕方ないねえ。じゃあこれをあげよう」
ルアさんが机の引き出しに手をやり、少しごそごそと漁って何かを取り出し、机の上に置く。
「……手鏡?」
「通信式具さ。映った相手を見ながら話が出来る」
「式具……」
「は?」
「いや、なんだけっかな、と思ってな」
「術式を込めた道具の事。なんで知らないかな法術師が」
はあ、そんな便利な物があるんだなあ。世の中には。
だがおかしいな。確かに私は法術師として生きているのに、そんな単純な事をなぜ知らなかった?
「術力を込めれば動かせるよ。どんな奴を直すのか知らないけれどさ。これで映しながらなら助言も出来るだろうさ」
「要するに、遠くに居ながら話が出来る式具か」
それは便利だ。機械人形の仕組みが解らない身としては、本物からの助言を聞きながら修理が出来るというのはありがたい。
「待った。こいつまで只でやるとは言わないよ」
まあ、そうだろうな。私も話が上手すぎる展開だとは思っていたし。
「幾らだ?」
一応訊いてみる。別に幾らだろうと、“心臓”よりは安い物だとは思うんだが。
「金五枚。これは別枠だからまける気はないよ」
妥当と言えるか。金二十枚に比べれば安い買い物だ。
「解ったよ。手持ちにはないから、あとで使いに送らせておく」
私が本来持っている金、その殆どはツヅカ サキという女に管理させている。仕事仲間だ。私が得られる収入は、殆どがサキが持って来る依頼によって賄われていた。
「信用、出来るんだろうね」
「信用してくれ、としか言えんな」
少し、沈黙がこの場を覆う。目線同士が、私とルアさんの間でぶつかった。
「まあいいさ。君が人を騙せる度量があるとも思えないし。成功を祈るよ」
「解った。とにかくやってみる」
駄目で元々。最悪でも死ぬ事はないだろう。だって既に死んでいる訳なんだし。
「交換したら、全身に源素が行き渡るまで待ってみな。上手くいったなら、思考回路も復活するだろうよ」
「ああ、ありがとう」
上手くいくかどうかは解らんが、もし首尾よく上手くいったならば、その時には改めて礼を言いに来ようか。
迷惑がられるかも知れんがな。特にあの受付君に。
・
「嬉しいよエン君。君の方からお誘いの連絡が来るなんてね」
あまり嬉しい事ではないが。だが金絡みの話をするにあたっては、避けて通れない道だった故に詮無い。
こいつを呼ぶのは簡単だった。いや単純と言うべきか。会いたい旨を伝えるだけで、こいつは私の元に来る。まるで四六時中監視をしているかのようにどこに居ても来るのは、やや何かしらの恐怖感もある訳だが。
「嬉しい事ではないがな。お前に預けている金の事でな」
「なんだ残念。だけど君が金の工面を頼むというのも珍しい。君程金に無頓着な人間も珍しいというのに」
「無頓着だからだよ。金五枚、それをある場所に届けて欲しいんだ」
「ほう。君は僕を使い走りにしようと?」
「嫌なのか?」
なら自分で持っていくが。
「嫌な訳がないじゃないか。只、君に貸しが出来るというのも嬉しい事だと思ってね」
そんな言い方をされるのもまた嫌なものだなあ。その貸しをどう返せと言われるか、嫌な予感しかして来ない。
「成程、君のその包みか。最初から気にはなっていたけれど」
「察しが良くて助かるな。この中にある物の代金だよ」
「それで金五枚もかい。なかなかに大きな買い物をしたものだねえ」
「頼まれてくれないか」
「勿論。君の頼みを断るなんて事、この僕がするとでも?」
だろうな。この流れは完全に予想通りだったぞ。