1 1-26 再び無の彼女ら
「また来たのですか、貴方」
相も変わらず、つっけんどんな態度で接して来る男の受付法術師。一日近くもの距離を進んで来て、ねぎらいの言葉一つないとはな。……憶えられていただけましか。
ここは以前に、とある事件に巻き込まれてやって来た町。この辺りを根城にしていた賞金首を狙って来た女と、そこに突如現れた“狂気病”を巡る事件。
そうしてある過程を経て、この寺院の長である二体の機械人形と知り合った。
「なんの用です? また“狂気病”がどうとか言い出すのではないでしょうね」
「いいや。今度はもっと純粋だ。ここの長にまた会わせてくれないか、とな」
「はあ……」
深い溜息が返って来た。
こうまであからさまに嫌われているとはな。一応私はこの町を救った功績があるというのに。
「……まあいいでしょう。貴方にはこの町を救ってくれた借りがある。一度だけなら長にお伺いを立ててもいいでしょう」
一度だけかい。本当嫌われているなあ私。
奥の方へと去っていく受付君。思わず法術師の証を見せるべく、その背中に法術の一撃でも喰らわせてやろうかとも思ったが、それは思うだけに留めておいた。大人になったものだな私も。
やがて、奥の方から戻って来る受付君。
「どうぞ。長が会ってもいいと」
一々棘のある言い方をしてくれるな受付君。法術で一撃案件をやっぱり実行に移そうとも思ったが、我慢だ我慢。結果として長に会える事になったのだから。
「どうも、長に会わせてくれて」
機械人形の方が人格者とは、どんなだろうな。受付君に皮肉を込めた発言をしてやったが、受付君は「ふん」と鼻を鳴らしただけだった。根っからの嫌われ気質なんだろうな彼は。そんな性根は簡単には治らないと解っているが。
という事で奥へ。長の部屋は確か、この通路の最奥だ。途中、幾つもの戸があったが、それらは全て法術師の住処――工房だ。「変に他の工房を覗くなよ。攻撃されるぞ」と先生が言っていた事を思い出す。工房とは、法術師にとっての絶対空間だ。法術師の研究、情報、それらの殆どがそこに集まっていると言っても過言ではない。当然秘密情報の集まりだ。故に入口は固く閉ざされているし、もしもそれを破って強引に入ろうとするならば、本当殺されても文句の言えない所だ。
そんな火薬庫みたいな通路を抜けて、最後の戸の前へ。戸を軽く、拳で三回叩いて、
「アサカエ エンという者だ。お目通りに来た」
名乗る。すると「あーはいどうぞー」と、なんとも気の抜ける応えが帰って来た。
秘密絶対主義ではないのか。と思いつつ、許可は貰ったのでその引き戸を開ける。がらがらと。
「やあやあ、お久しぶりだなあエン君」
その途端に聞こえて来た、懐かし気な声。
ルア・カンパーズが部屋の真正面、西方机の椅子に座って私を待っていた。そして相も変わらず、リア・カンパーズの方は入口の傍、壁に背を預けたまま動かないでいた。
「ああ、お久しぶりだ。ルアさん。リアさんも」
多分、あの事件から半年ぶりくらいか。あの時鉢合わせた女は元気かねえ。
だがそう、よくよく考えてみると、あの時あの女が居なければ、今こうして寺院支部の長とも知り合いになれなかっただろうからな。人の縁とは不思議なものだ。
「元気そうだねえ。まあそうか、半年程度では人はそう変わらないものか」
そうだろうな。自分でもそう実感はないものだし。
「で、ご用件は? 出来ない事なら出来ないと言うけれど」
ルアさんが机に両肘を置き、組んだ両手を顎にやる。そうしてじっと私を見据えた。
「いや、これは多分、貴方達にしか頼めない事だ」
「へえ」
「うん。機械人形の貴方達にしか」
……じっと、見つめられる。それはまるで、蛙を前にした蛇のように。
「……いつから? って言うのもアレか。半年前に気付いていたのか」
「ああ。あのキセクラ ミズリという気合使い。あいつに気配が感じられなかったという時点でな」
あいつは、生物の体内に宿るという“気”を使っていた。当然相手の気を感じ取るなんて事も出来るのだろう。つまりこいつらに気があったとすれば、接近に気付かずに驚く、なんて事がある筈がない。機械人形に気がないのは、証明済みだ。
「人にはある筈の“気”がなかったから、か。確かにその読みは当たりではあるけれどな」
「賭けではあったがな」
これで間違っていたならばどうしようかと。精々が、機械人形に詳しい法術師を紹介して貰うくらいしか思い至らない。
「で? 私達の正体をばらすのが目的じゃないだろう? それを前提にした、本当の目的がある筈だ」
「うむ。とある機械人形を直したい。動かなくなって何年も経つらしいが、あいにく知識はさっぱりでな」
そう。私にはまるで解らない事。だが意思を持つ機械人形ならば、解るかも知れない事。
「考えられる可能性は?」
尋ねる。ルアさんは、うーんと唸るように少し考えて。
「まあ、単純に動力が駄目になった。それが一番目だろうね」
動力。人と同じように、動く力が働かなくなったから“死んだ”という事か。
「機械人形の動力は源素。それを周囲から取り込んで体に行き渡らせるのが“心臓”さ。人間だってそうだろう? 心臓が止まれば、或いは周囲に源素がなければ死んでしまう。そういう事さ」
成程道理は解る。だが、人と機械人形とでは、大きく違う所がある筈だ。
「どうすればいい。その“心臓”を変えたなら?」
「まあ少し待ってみな。いい物を見せてやるからさ」
そう言って、ルアさんは更に奥の部屋へと向かう。待ってみな、と言われたし、リアさんもじっと私を見ていたし――恐らく見張りの為なんだろうが、仕方なしに待っておく。
……やがて部屋に戻って来たルアさん。その手には、何か硝子のような、短く太い筒があった。透明なその中には、四角い謎の物体が入っていた。
「機械人形が動かなくなった時の対処法その一。“心臓”が源素を取り込めているかどうかを確認すべし」
……源素。それは術力を扱う者なら誰でも理解出来る、基本中の基本。
この世界の全ては源素から出来ているという。術力だってそう。自然にある源素を取り込む事で、法術師は術力を自分の中に溜め込める。
成程、機械人形も法術師が作ったもの。源素を取り込み術力に変換して動力とする、解る話だが。
「そこが劣化したとするなら、動かなくなるのも道理だよ。人間的に例えるなら、水も食料もなくなったってところさ。そうなったら、さて人間はどうなる?」
「死にますが」
愚問というか、確かにそうだ。何にだって動力は必要だろうし、法術師が制作したものと考えた時点で思い至るべきだったのだ。
「だろう? 人を模した人形なんだから、動力源の場所だって察する事は出来ようさ。それは人間にとって、まさに心臓を模しているんだからさ」
そうだな、大変参考になった。要は“心臓”のある場所を見付け出して、それをどうにか動くように出来れば解決、と。
うん単純。それならば、あいつを森からわざわざ外に出す必要もない訳で。
「で、その“心臓”はどうすればいいんだ?」
「それはまた話が別だなあ。これを作るのだって、多少は手間が掛かるんだ」
「む……」
別料金、とでも言うつもりか。まあ金については問題はない、と思う。サキの持って来た仕事で、大分稼ぎを貯め込んでいる訳だから。
「……幾らなんだ」
金額交渉のコツは、こちらに金がある事を悟らせない事だ。金があると解ったら、それは言い値を吹っ掛けて来るに決まっている。
「そうだな、大体金二十枚ってところだな」
そら来た。金一枚だって大金だというのに。目安としてだが、金一枚あれば一家族が一月分は充分に暮らせる、という額だ。それ掛ける二十というのだから、節約すれば二年近くはいけるという額になる。