1 1-20 洞窟に潜むもの
暗い洞窟の中は、じめじめとした空気で満ちていたが、意外にもひんやりとしていた。
(涼しいなあ。いや逆にそれ過ぎて寒気がするわ)
小声で話すお姉。まあこの場で騒がれたり馬鹿笑いされたりしない分、分別はしてくれているものと思いたいが。
只なんとなく違和感はする。この洞窟、完全に自然のものという訳ではないと。
(所々、人の手が入っているようだな)
奥に行く程に、何かしら不自然さが出て来るようで。それに気付いたのは入口の方から見える光が完全に消えた所からだった。
奥の方に、うっすらと光がある。明らかに、誰かの手が入っている証明だ。
腰の得物を確かめる。奥に居る“誰か”が友好的なものか解らない以上、最大限警戒はしておくべきだ。
ゆっくりと、己の気配を消して前に進む。岩の陰からそっと覗き見てみると、明かりのある所に、数人の人の姿が見て取れた。
男が三人。がらの悪そうな、明らかなる悪党。何かを喋っている様子だったが、言葉がはっきりとは聞き取れなかった。
(……どうする?)
突入するかどうか、訊いた時に気付いた。入口のある方向から、二、三人の気配がやって来るのを。
これは、誰かがここに戻って来たのか。これでは挟み撃ちだ。隠れる場所なんてないから確実に見付かってしまう。
(しゃあないなあ。後ろは任せえ言うたさかい、あんたは奥のを片付けてえな)
(了解)
(殺しはせんといてえなー。後々公式に裁きを下すさかいにな)
(……努力はしてみる)
短刀を抜き、前に進む。なるべく近付くまで気配を殺して動くが、見られたらそれまでだ。雑兵だと思いたいが、多人数と向かい合って戦うなんて完全な不利だからな。
(さて行こうかね)
取り敢えず目論見としては、一人の身を確保するように動く。人質兼盾として、役に立ってくれた所でそいつも気絶させる。
うん完璧。という訳で、一番近い男に狙いを定める。そいつが後ろを向いた瞬間に合わせて、短刀を持ちつつ走った。目標一秒以内。
油断していた男を、一秒掛からず羽交い絞めにして、首元に短刀を突き付ける。勿論そこまでだ。殺すなというお達しがある以上、短刀もあくまで脅しにしか使えない。だが、それを知らない連中にしてみれば充分に脅威となり得るだろう。
さて、組み付いた男はいつでもどうにでも出来る。残る二人は、うろたえながらも刃物を抜き、そして同時に襲って来た。
人質が効かない? それはちょっと想定外だが、ならばと人質を、襲って来た片方に向かって思い切り押しやる。二人の体がぶつかって、それがその二人に僅かな隙を作る。
猶予は三秒程と見る。その間に、三人目の男を倒さねば。
一秒。短刀の中に、法術を込める。振動を与える法術だ。この短刀を、相手のどこでもいい、体にぶち当てて発現させれば、軽く卒倒するくらいの事にはなろう。
二秒。対する男は、私が人質を手放した事に少なからず混乱するようにその方向を見やる。
三秒。そのわき見をした男に対して、平打ち――刃の側面をぶち当てる。瞬間に法術発現。どおん! と爆音が出ると共に、男に衝撃が加わる。脳まで揺らす程の振動だ。しばらくは昏倒して動けなくなる筈。
まだ。四秒目。ぶつかり合った二人に対しても、短刀を薙ぐように術式込みの平打ちをぶつける。爆音が響き、結局三人共、隙を見せたままの状態で揃って昏倒するに至った。
「ふう……」
一息吐く。あっさり片が付いた訳だが。一応、相手の得物は全部取り上げる。しばらく目覚めないだろうとはいえ、やはり武器を傍に置いたままというのは気味が悪い。
と、得物を拾う時に気付いた。よく見ればこの悪党共、この国の人間とは微妙に顔付きが違う。
読み取れた違和感とはそれか。恐らくこいつらは海向こう、大陸に近しい人種であると見る。
成程だから人さらいか。奴隷とするか売り払うつもりか、或いはもっとえげつない行為に使うつもりだったか。どのみちさらわれた女がろくな目に遭うとは思えない。
得物を没収し、辺りを見やる。すると更に奥の方に暗く蠢く塊があった。
そちらの方へ行き、覗き見る。
「ひっ……」
目線が合った途端、小さな悲鳴がした。そこには衣服を纏っていない、四人程の女達が身を寄せ合って地面に座り込んでいた。
裸だ。みんな衣服を纏っていない。なんともまあ……だが成程。手足を縛り付けるとかしなくとも、身包み剥いで裸にしてしまえば羞恥で外には出られないと考えていた訳か。
「度しがたいな」
流石に眼福――なんて思いにはならない。これが人間のする事か。人の心を持たない“ヒトモドキ”め。
――後ろでも争うような音が聞こえた。それはまずい。お姉がやられてしまえば、ここまで奴らは来る。流石に不意打ちの効かない状態では、倒し切れるかどうかは解らない。
加勢に行くしか。
「待っていろ。すぐに助ける」
そう女達に言い残して、元来た道を駆け戻る。
……結論を言えば、心配は杞憂だった。
「遅かったなあ」
余裕、とでも言う感じで、お姉は立ち尽くしていた。地面には、のびている三人の男の姿が。お姉はふらふらとしていたが、恐らくそれは酒の呑み過ぎであるに違いない。だってお姉、三人をのしたあとで更に酒を呑んでいたんだもの。
しかし、得物もなく素手でか……海を挟んだ隣の国には“酔拳”という武術があるそうだが……本当、それに及ぶくらいの無茶苦茶ぶりだ。なぜに酔って強くなる。理屈が全然解らないんだが。
「まあ取り敢えず、成敗は終わった訳だが」
あとは、監禁されていた女性を助けるだけ。悪党の処遇はあと回しでいいだろう。
「このあとはどうするお姉。さらわれた方もそうだが、犯人は?」
「勿論助けるさかい。犯人の方はお縄でな」
至極まっとうな意見をくれてありがたい所ではあるが。ならば善は急げだ。犯人達もいつまでも気絶していてはくれまい。
「解った。早速――」
「まあちょい待ち。こいつらおもろいもん持っとったわ」
「おもろい……面白い?」
西方弁とは、なんとなく解るような解らないような言い回しだよなあ。
「せや。見てみい」
お姉が、何か紙のようなものを差し出す。薄暗い洞窟の中ではあったが、じっくり見るとそれがなんなのかが解った。
「……術符?」
見覚えのある符の形。そう、これがここにあるという事は――。
「せや。こいつらの動いとった絡繰りやってな。まあ、助言はここまでや」
符を、自分の懐に仕舞い込む。なんだろう、どういう効果があるものまでは解らないが……どうせろくでもない事に使っていたに違いあるまい。
「まあちょいと伝手に連絡して来るわ。こっちはちょいと見とってなあ」
言って、お姉は先に洞窟を出ていった。
しかし助ける――とはいえ、真っ裸の女性をそのまま外に出せるものか。実際もう脅威となる男共は全員気絶させているというのに、女性達は身を寄せ合って怯えているだけ。
……せめて外に――いやよく考えれば、着衣ならあるではないか。女達を閉じ込めていた、犯人共の服が今ここに。
そう。悪党に人権など要らん。この男共こそを言葉通りに丸裸にしてくれよう。まあ下着までというのは逆に嫌なものだろうから、服だけで勘弁してやろうと。それでも嫌だろうがな生理的には。だがそれ以外にない。少しの辛抱と諦めて貰うしか。
という訳で犯人達の服を脱がせる。犯人は計六人、さらわれたのは四人。余った二人分の服を破り、紐状にして犯人を纏めて縛り付けておいた。
「取り敢えず、服を着てくれ。逃げるのはそれからな」
そう、さらわれた女達に服を着て貰って、五人揃って外に出た訳だが。
「んあ? お姉?」
連絡をする、そう言って出て行ったお姉の姿がどこにもなかった。
「どこに行った?」
声を掛けるも、お姉の姿も、酒の匂いもどこにもなかった。
「おお、無事だったか」
結局。しばらくしてやって来たのは村の自警団であって。
「お姉はどうしたんだ?」
そう自警団に訊いてみるが、
「お姉?」
「ああ、レイハと言っていたか。そいつに呼ばれて来たんだろう?」
「いえ、我々はエンという人の通報で駆け付けて来た訳で。レイハという名前は聞いてはいませんが」
はあ。どういう事だそれは。お姉が、何も言わずに消えるなんて。
「まあ、さらわれた人が無事で良かった。ところで犯人は?」
「奥で纏めて縛り付けているが。恐らくは海向こうの連中だな。この国の人間でない事は確かだ。ワヅチの言葉を喋っていなかったからな」
「解りました。そちらも連行していきます」
「頼むな」
「事情も知りたいので、貴方も来て頂けると良いのですが」
「それは構わんが……」
いいのかね。諜報員絡みの仕事を公に晒す事になっても。
……まあいいか。駄目だとは言われなかったし。これもまあ、連中との間に入る、私なりの役割なのだと、そう思っておく。
国の裏側に居ると言った、サキの名前くらいは出さないでおいてやろう。私が口を出すのは最低限。裏との繋がりまで公表する義理もないし。