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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
三話目 観測者
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1 1-17 誰かの視点

 空が見たければ見上げればいい。後ろが見たければ振り返ればいい。

 向こう側が見たければ、只向かえばいい。

 貴方の望みを強制はしません。

 それが取り返しのつかない罪であっても、私は貴方を罰せません。


 罰する勇気が、私にないから。

 罰したところで、得などないから。

 私には、まず貴方に触れるすべがありません。




 ある日ある時、涼しげになって来た秋の朝の事。

 とある小さな森の中に私の家はある。

 只家と言うには小さい。単なる掘っ立て小屋だ。たまたま森の中に小屋があったのを見付けて、そこを寝床としていた。寝床としてなら充分な所だ。一人で居るには丁度いい広さ。

 そんな所にわざわざやって来た、外からの気配。只、気配を消している訳でもなし、あまりにもあからさまに「郵便でーす」と戸に紙を挟んで、そして遠ざかっていった。

 一体誰だよ。こんな所に郵便屋が来るなんて初めてだぞ。とはいえそう長く住んでいる訳でもないんだが。というか勝手に借りているだけなのに。

 ……一応、その郵便物を取ってみる。特に変哲もない、手紙のようだった。

 ……まさかと思うが、この差出人は――。

 紙を開いてみる。

“拝啓。退屈そうな一人暮らし、いかがお過ごしでしょうか”

 なんだこの微妙にむかつく前ふりは。

“人は退屈で死んでしまうと言いますが、一人でずっと森の中に引き篭っている貴方に、それは当て嵌まるのでしょうか”

 ……燃やしてやろうかこの手紙。

“そんな貴方に仕事の依頼です。詳しくはその森近くの村にいらっしゃって下さい”

 仕事の依頼? そんな事を持って来る奴なんて、知っている限り――。

“貴方の肉奴隷、ツヅカ サキより”

 よし燃やそう。




 ……私も人のいい事で。準備を整え掘っ立て小屋を出る。

 なんだかな。あいつのやる事の手が込み過ぎて来ている気がする。手紙なんて送って来るくらいならそのまま小屋に入って話をすればいいものを。

 いまいち目的の読めない奴だ。サキの奴、今度は何を企んでいるんだろうな。

 ……考え込みながら、森を出て行く。木々の向こう側に、人々の住まう村の形が見て取れた。


「やあ、待たせたかい? 僕は今来たところだよ」

 村に着いた途端の突然の聞き覚えのある声に、すぐさま後ろを向いて帰りたくなったが。

「朝からまあ、元気そうだなサキよ」

 ツヅカ サキ。性別女。本人曰く諜報員で、この国の裏側に属する人間。付け加えると、私にやけに絡んで来る重度の変態。それ以上の事はよくは知らない。

「そりゃあ元気さ。朝から早速君の顔を見られると思うと。興奮し過ぎて夜も眠れなかったよ」

 絶好調な様子で何より。反動でもなんでもいいからしばらく静かに眠っていてくれればいいんだがな。

「どうしてわざわざ呼び出した? 私の部屋で話は出来るだろうに」

 そう、こいつが仕事を持って来る時は、基本私の部屋だった。なぜならば大抵の話は秘密厳守。人気のない我が部屋など、秘密話をするには絶好の環境だというのに。

「目的は単純だよ。君があの森の中に引き篭っているようだから、日の当たる外に引きずり出してあげようと思ってね」

「引き篭るとは人聞きの悪い。私のやる事がないだけだ」

 少し前までは先生を探す旅をしていた訳だが、それもサキが調べてくれるというのだからわざわざ出歩く事もない。少なくとも私が探し回るよりは遥かに有能な筈。要するに、仕事以外は割と怠惰な日々が続いているみたいだった。

「その為に僕が居るんじゃないか。あんな暗い所に居たら健康にも悪いよ。外に出る切っ掛けを作ってあげているんだから、感謝して欲しいね」

「喧しいわ」

 人を怠惰な気狂いみたいに言いやがって。私だって少しは、そこそこ少しくらいは外に出て誰かと話くらいはするぞ。

「で、なんの用で私を呼び出した。先生の居場所でも解ったか?」

「残念ながらそれはまだ。いろんな情報網を駆使してはいるんだけどね。あの女はかくれんぼの才能が大いにあるんじゃないかな」

 どれだけ隠れるのが上手いんだろうな先生は。探している連中は、一応この国の最高位に位置する諜報機関だろうに。

「まあ、それはそれとしてだ。僕としてはそろそろ仕事の話をしたいなあと思うんだけど。いいかな」

「ようやく本題か」

 仕事の斡旋。それが私とサキが組んでいる理由の一つ。“先生”の所在を探して貰う代わりに、私はサキに協力している。勿論仕事であるが故に報酬も出る。お陰で金に困る事もなくなった訳だが、元より使う機会が少ないので余分な金はサキに預かって貰っている。金があり過ぎても保管に困るという事だ。多くは要らないとはいえ、泥棒などに取られるのも癪だしな。

「今回の件は、この村の住民消失事件――まあはっきり言うなら行方不明者の捜索だ」

「行方不明?」

 ちょっとびっくり。まさかこの辺りが舞台になるとは。この村は頻度は多くはないがそこそこお世話になっていたりする。ちょいとした買い物――食べ物や茶葉とか、贅沢ではない程度の物資調達にとても便利なのだ。勿論ある程度の話も聞く事はあるのだが、しかし行方不明なんていう話は聞いた事がないぞ。

「うん。住民が突然消える、居なくなる。そうした事例が幾つかあってね。僕の方に調査指示が出た訳なんだ。で、折角だから所在の近い君も巻き込んであげようとね」

 人、それを巻き添えと言うんだがな。

「失せもの探しは得意でないんだが」

「あのリーレイア・クアウルを探していた君が言う事かな」

「見付けられた訳ではないのでな」

 本当、サキの言う通り隠れる事に関しては天下一かも知れないなあの人。どこにも痕跡すら残していないんだもの。

「まあ確かに。君は今までまともに失せものを見付けられた事がないからねえ」

「喧しい。だから得意でないと言った」

 そう。私には色々と失せものがある。過去の事や先生の居場所、家族の存在だってそうだ。今の私は、それらの何一つさえ見付けてはいない。

「まあ、今回は僕の手助け程度でいいんだよ。今から君に全てを任せるというのも酷な話だからね」

「……詳細を聞くだけ聞いてやるが」

 サキはその応えに、ふふっと笑った。そう来るだろうと予想していたかのように。

「行方不明なのだろう。寂れた村が嫌になったとかでは?」

「そう単純に解決すればいいんだけれどね。対象は特にここでの生活に不満を漏らした事のない女ばかりという話だ」

 むう、特に理由などない事案という訳か。対象が女ばかりという事を考えると――。

「人さらい?」

「という線も勿論考えてはいたんだけどね。不審な人物を見たという証言もない。完全に、突然に消えてしまったんだよ」

「それだとまるで神隠しではないか」

 神隠しについては諸説あるが。共通しているのは突然人間が消え、その後の消息が不明となるという事だ。この地域では他に、“奈落崖に落ちた”とも表現するらしいが、奈落崖とはどこにあるのか、なんなのか、私は知らない。

 だが、もっと解りやすい仕掛けを考えるとするならば、

「そう、神隠しという言葉は的を射ているね。自分から隠れたのか、或いは隠されたのか、その辺りを調査して行方不明者を見付け出す事。それが今回の目的だ」

 女ばかりが居なくなっている。目的についてはろくでもない理由が幾つか浮かぶが、看過出来ないという意味ではそうか。

「とは言えだ。実はこの件はそこそこ調査は進んでいてね。僕らがやる事はあんまりないんだ」

「はあ?」

 訳が解らん。ではなんの為に私を呼び出した?

「だけど近く、君に動いて貰う依頼となるだろう。その時には連絡役を寄越すから、一応備えておいてくれ給え」

「備えるも何も……」

 具体的に何をして動けばいいのか。どうも今回、私への情報が少なく思えるんだが。

「まあ、そう深く構える事ではないさ。言っただろう? そこそこ調査は進んでいると。君がやる事はあと始末程度の事くらいに思って貰えればいいさ」

 むう、楽な仕事、とでも考えればいいのか。だがそれはそれで変な予感がしないでもない気がするが。

「近く事は動くだろうけれど、それまではどこで何をしていてもいいよ。連絡役は君に合わせてちゃんと派遣しておくからね」

 と、サキは振り返って歩き去ろうとしていた。

「話は終わりなのか」

 そう訊くと、サキはまたこちらを向いて、

「僕も少しは忙しいんだよ。君が望むのなら、もう少し付き合ってもいいんだけれどね」

「ではお仕事頑張って」

 私としては望みもしないし付き合いたい訳でもない。サキには出来る限りさっさと職務に戻って欲しいと思う。

「そう邪険にされるのも酷いなあ。だけどまあ忙しい事に変わりはない。今回は君の言葉に従うとしようか」

 おや、意外とあっさり引いたな。経験上ではもう少し屁理屈こねて私から離れんとすると思ったのに。

「ではねエン君。また会う日まで」

 そうしてサキは、後ろを向いて今度こそ振り返らずに歩き去っていった。まあ、どうせサキの事だから、また会う日までと言いながら明日にもひょっこりと会ったりするのかも。

「……また明日、か」

 ――そうした言葉に近いものを聞いた時、何やら私の心とかが、小さく痛みのようなものを覚える。何か、その言葉の印象が強過ぎるというか、何か引っ掛かりを感じるというか。そんな考え事をする度に、私はこのちょいと長めの髪、その左房に括ってある髪留めの紐、それを人差し指でくるくるといじる癖があるんだった。どうしてそんな癖が付いたのか、未だにそれはよく解らない。

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