1 E4-3 術式対抗試合本番
次の日の昼時。外に連れ出された私達は、だだっ広い平原と、目の前には森の広がる場に留められた。
天気は良好。森の中の視界は悪いだろうけど、それは魔術師側にも同じ条件の筈だった。
そして、観覧目的のお上幾人も、この場のどこかで高みの見物をしているに違いないんだろう。
「決着は単純だ。戦闘不能と判断される式を参加者それぞれ身に付ける。いわゆる身代わりであり、傷害の目安だ。それが破れ剥がれる程の傷害を受けたならばそこで脱落だ。確認は常にこちらで行う。そうして先に相手五人を全て脱落させれば、そこで決着が付くという話だ」
教師による説明が終わる。向こう側にも、同じ説明がなされている筈だ。
私達側は、相手の顔さえも知らない。名前とかもどうでもいい。多分今日限りの顔合わせだろうし。
準備も順調。
戦いに臨む事に、私達の状態に特に問題はなかった。
――只一つ。
無茶苦茶に気に食わない条件がこちら側に付加されていた件を除いて。
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解っている。
相手は当然情報を仕入れて来る。必要なら事前の妨害工作もする。いやして来た。
結果、ここに居るのは私とシエンちゃん。そして、寺院に入ったばかりのひよっこ三人の女の子達。
合計五人。どんな手を使ったのか。既に決まっていた私達二人以外を、新人に埋めさせるという露骨な妨害をして来たんだ。あてにしていたリリムラさんの姿も、ここにはない。
はっきり言って。ひよっこ三人組は、例えその十倍の人数で掛かって来たとしても、私やシエンちゃんの準備運動、程度の戦力だ。
向こうの能力がどの程度か、仮に私と同程度の能力とすれば、
私なら最後まで放っておく。下手に相手をすれば、同時に来る私達に幾らか隙を見せるかも知れない。
知り得ない予測不能だけを警戒すればいい。戦闘に意識を持っている私なら、あの三人が予測出来ないどんな手で迫って来ても、返り討ちに出来る。数の暴力、という言葉があっても、烏合の衆という言葉もある。この場合は、勿論後者だ。
だからだ。私達の足を引っ張るかも、と考えて、敢えてこの子達を先に倒そうなどとは、連中は考えないだろう。
解る話だ。……なんだけども。
「あ、あのっ」
一人が、シエンちゃんに声を掛ける。それは今にも泣き出しそうな、申し訳ない顔をして。
「私達、出来るだけ足を引っ張らないように――」
「出来るだけ?」
今までになかなか聞いた事のない、つっけんどんな声。
「い、いえ、援護もしますので。出来る限り――」
「足を引っ張る自覚があるなら、戦おうと思わないで」
「う……」
「私達を盾にしなさい。同じ足を引っ張られるなら、最初から解っていた方がいい」
三人に、シエンちゃんは厳しく、そっけなく声を発する。
三人の女の子達は、それぞれが泣き出しそうな顔をしていた。シエンちゃんはそれに見向きもしない。
……気持ちは解らないでもない。なら、そのあとの手助けは私の役目か。
「怒ってるのよシエンちゃんは」
「……それは、そうですよね。私達なんかが――」
「違う」
怒っている理由はそうじゃない。そこそこ付き合いのある友人として、それは解る。
「貴方達が、足手纏い目的で割り振られた事。貴方達が馬鹿にされてるって事」
「うう……」
複雑な表情をして、下を向いてしまう三人。
気持ちは解る。本当の事だもの。だけど――。
「悔しがってもいい。だからシエンちゃんは復讐の機会を作るわ。貴方達が向こうにとどめを差せるように。一人でも欠けたら、その分気が済まなくなるでしょう?
いい? 貴方達は全員最後まで残って、向こうに一泡吹かせるの」
「でも、そんな事……」
「出来る」
きっぱりと。私は絶対に当たる予言でも口にするように言った。
「だから信じて、私達の後ろに付いて来なさい。多分それが一番安全な所なんだから」
そう。後ろだけ気にしていればいいんだから、それならちょっとした負荷だけで済む話。下手にばらけられて広範囲を気にしないといけなくなるよりも、ずっといい。
「では、術式対抗試合を始める。行くがいい」
教師の号令。それを以て、戦いが始まったらしい。開始時間が同じとするなら、向こうももう行動を開始している筈。
なら平地部分に居るのは不利だ。向こうが森の中に入ったなら、見晴らしのいい平地に居る私達はいい的だもの。
「先に行く。みんなを頼んだよノユカ!」
そう言って、シエンちゃんは宙に飛び上がった。空を飛び行ける法術だ。そんな術まで学んでいたのか。見習いにしてはかなり上級な術ではあるのにね。やっぱり最強と呼ばれる人は違うわ。
「ちょっと、大丈夫!?」
「策はある! みんなが生き残っていればね!」
そうしてシエンちゃんは、一人敵陣に飛んで行った。
確かに。シエンちゃんが行ったなら、それは相手にとって最大の脅威になるだろう。けど――。
「無茶しないといいんだけど……」
どうせやる事は想像が付く。一人敵陣で暴れて、全員を引き付ける――もしくはそのまま、相手を全滅出来れば最高の結果と思っているんだろう。
だけど、それはあまりにも――。
「五対一とか、大丈夫なんでしょうか」
後ろのひよっこと、同じ事を思った。暴れて消耗させるにしても、何もいきなり行く事は、と。
……しばらくして。どおんどおん! という爆音が響いて来て。
「始まったみたいね」
シエンちゃんがどれだけ暴れていられるか。一対一なら確実に、相手を含めても最強の術師だろうけど、手練れの五人を一気に相手するとなると――。
……爆音は鳴り続ける。それがしばらく続いたと思ったら、唐突にそれがやんだ。
「……勘弁してよ?」
勝ちの印は入って来ない。
そして遠目に、三つくらいの人影が、こちら側に向かって飛んで来るのが見えた。
つまりはこれは――。
「五体一とか、もう本当――」
言いながら、杖を地に付けて、フレイアの構えを取る。
消耗はしているみたいだけど、こんな事、柄じゃないっていうのに。
――来る。
黒っぽい西方服をまとった三人の女が。多分先遣隊だろう。
「下がってなさい、三人共」
ひよっこ達にそう言って、空に居る相手に向かってフレイアをぶっ放す。私の場所を知らせる事になるけど、言ってられないそんな事は。
距離がある。これはまだ牽制だ。流石に空を動き回る連中に狙いを定める事は難しい。
そうして遂には、私の姿を捉えられる所にまで連中は来た。
宙上から見下ろされる形。掛ける三。ああもう駄目かも。
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