1 E4-2 その術は
――フレイア。
それは西方魔術由来の、数ある法術や魔術の中でも最高位に思えるくらいには威力のある、放出魔術。
発現方法は幾つかあるけど、大抵は源素の豊富な地の力から力を引き出して、それを術力に変換してぶっ放す、なんとも豪快な術だ。
その威力もさることながら、術者の消費術力も半端じゃない。大体にして、“一般的な人間の持ちうる”源素量一人分、それだけの術力をいっぺんに消費するものだから、下手な者が使おうとしたら撃った直後に死んでしまう――なんて話もあったりする。派手で強いけれど代償も大きい。いろんな意味で有名な術として語られている。
それをノユカは、平気な顔をして撃てる。“一般的な人間の持ちうる”源素量が、ノユカは桁違いに多い。故にこそ出来る芸当な訳で。
――だからこそか。私とノユカが、当たり前のようにつるんでいる、それがごく自然と他人から捉えられている理由は。
ノユカの準備が済んで、私もお茶を飲み切る。ノユカの手には、人の足から肩くらいまである大きな杖が持たれていた。
「じゃあ、取り敢えず中庭行きましょうか」
そう言って、二人して工房から外に出る。すると、
「話は付いたようだな。シエン」
先生が、壁に背を預けて腕組をする格好で私達を見据えていた。
「どうしました先生? まだ何かあるとでも?」
「いいや、面白い話を聞いたものでな。お前がフレイアを学ぼうだとか」
「先生、盗み聞きは品がないですよ?」
「品性などどうでもいい事だ。特にこの仕事においてはな」
本当、究極的な自分本位の塊だねこの人。
「で、それが品のなさとどう繋がるんでしょう」
「いやなに。私にも仕組み程度は心得ているからな。お前序でに幾らか教授願おうかと思ってな」
「先生相手に教授するって、なんですか聞いた事ないんですけど」
ノユカが呆れた様子で先生に突っ込むが。
「体裁など知った事ではないな。私にプラスとなれば充分だ」
駄目だな。完全に唯我独尊状態だ。こうなったなら梃子でも動かない、それがこの先生の好奇心なんだから。
「はあ。諦めようノユカ。どうせ説得とか言っても聞かないんだから」
「ああもう……だからあんまり気が乗らなかったのに……」
ぐったりと肩を落とすノユカ。
気持ちは解る。解るけど、世の中には流れというものが大抵の事にある。この現状も言わば流れの延長線上にあると思って貰わないと。
「ところで、対戦相手って何者なんでしょうね」
……でも一方的にやられっぱなしっていうのも気に入らないな。私達も、なんの情報もなしに強力な相手とやり合う事になるのは避けたいところだ。故に。
「なんだ、やはりやるからには勝ちを拾いたいか」
「そりゃあまあ。どうせやり合うって事なら負けるのも癪でしょう」
「まあな。お前は負けず嫌いだからなあ」
少しだけ、いらっと来る。対抗試合なんてものを勝手にお膳立てしておいて、情報はあとで、なんて事は筋が通らないだろう。
「先生がフレイアを知りたい。私達を対抗試合に出させたい。それなら対価として先生が知っている限りの情報、提供して貰うって事が筋じゃないですか?」
「等価交換と言いたいか。成程確かに不公平はいかんな」
素直で何より。唯我独尊気質とはいえ、自分の中で納得した事に関しては先生は真っすぐだ。それに関しては先生は信用出来る。
「奴らの元は西方国に属する魔術師だ。エリート意識――優性思想か、それが高くてな。まあ、世界の端っこに位置する島国の術など大したものではないと、高を括っている連中だよ」
「優性思想、ね。向こうから喧嘩吹っ掛けて来ておいて、それで満足しようなんて馬鹿げてるわ」
「元々見ているものが違うんだ。常人が理解出来るものでもないし、常人を理解出来る事もない」
「それが奴らの優性思想か。阿呆らしい」
「だがそれが強さの指標になっているのもまた確かだ。事実、相手は能力だけならば魔術を学ぶ者の中でも最上位に居る連中だからな」
……まあ、気に食わない連中という事は解ったけど。もう少しは具体的な情報が欲しいところだ。例えば相手がどんな術を得意とするかとか。
「あのー。私もあんまり暇でないんで、そろそろ実習させて貰っていいですかー」
ノユカからの物言いが入る。
私が巻き込んだようなものだからなあノユカの事は。ちょっと罪悪感はあるけど、協力してくれるんだからやっぱりいい子だ。
寺院内の中庭には、でっかい岩が置かれている。私達はそこに向かった。
大きい以外は普通の岩に見える、特に特別なものでもなかったそれは、法術師見習いによる訓練用、その標的練習台として使われているものだった。先生達もそれを公認していて、ご丁寧にその岩には対術力の守りが施されている。
実際、これは通常の法術程度なら傷一つ付かない。だけどさて、フレイアなんて喰らった時に、この岩が無事なのかどうかまでは解らない話だ。
「さて、じゃあご教授願いましょうか。フレイアの魔女さん」
フレイアの魔女。それは誰ともなくノユカに付けられた二つ名だ。魔女と呼ばれる所以は、ノユカが手に持っている大きな杖が目立っているからだろう。本人は魔女なんて呼ばれるのを嫌がるんだけど、これもまた力を持ってる者の宿命だ。
「はあ。まあいいわ。やるからにはしっかり見といてよね」
ノユカが岩の前に立つ。それを私と先生がじっと見ている。
「ではご堪能を。私のフレイアは、なんだってぶっ飛ばすわ!」
左手の方に持った杖の先を、地面に突き付ける。そうして地面から源素を抽出、純粋な術力に変換して、
「これが――フレイアよ!」
浮き上がって来た、その術力の塊を右手に持って、光線を放つ。放たれた光線は、岩へと向かって、ぶち当たって表面を少し削った。
多分加減している。それでも対法術の守りがある岩を削るなんて、威力もそうだけどノユカの制御力が凄いって事もあるんだろう。それを自在に使える事こそが、ノユカがフレイアの魔女と呼ばれるもう一つの所以なんだ。
「どうよシエンちゃん。真似は出来そう?」
「どうかな。仕組みはまあ理解出来たけど」
「出来るんだ……まあそれだったら、撃ってみてもいいんじゃない?」
そう、大体の流れは解った。地面から源素を抽出して、それを自分の術力で純粋な力に変換。あとはぶっ放すだけ、と。
「杖は要るの?」
「必ずしもって事じゃないよ。私は撃ちやすいから持ってるだけで」
「まあ、試してみるか」
杖の代わりに、左手を地面に付く。そこから源素を抽出。自分の術力を付加させて、純粋な力に変えて、放つ!
「――フレイア!」
だけど撃つ瞬間になって、少し誤ったのが解った。
「おわ! やっちまった!」
力み過ぎだ。つい勢い余ってというか、岩を標的にした筈なのに、それが少しずれて岩の上を掠めて。
「あー……」
空中高くに行った私のフレイアは、しばらくして霧散して消えていった。
「力の制御が上手くいってないんだよ。初めてで撃てるのはまあ、びっくりだけど出力がね」
撃てる事は撃てたけど、狙いの調整が難しそうだ。これだと威嚇程度にしか使えない。
「まあ、シエンちゃんも自己源素量が私並みだからさ。少し練習したら慣れるかもだけど」
あと四日足らずか……それまでに完全制御まで出来るものかね。
――結局この日は、フレイアの制御が定まらないまま終わった。途中までノユカが監修してくれていたけど、あんまり暇じゃないというのは本当らしく。ノユカが去ってからは先生と交互に撃ち合う、みたいな事をしていて。
「……いや凄いわノユカは。フレイア数発撃って平気な顔してるんだから」
「それは経験の差だ。あの魔女とて最初はお前程度の使い手だったろうよ」
先生も平気な顔だ。私程には撃っていないにしろ、術力の消費は大きい筈なのにな。
「魔女、ね。ノユカにとってそれはいい事なんでしょうか」
「知らんな。只、畏怖を受けた方がやりやすいというのはあるぞ。法術魔術問わず、恐れられる事はそれもある種の力になりうるからな」
「それが、フレイアの力にも繋がってる?」
「さてな、なぜ彼女がフレイアの魔女なんて言われているか。仕組みは単純な術なのにどうしてあいつくらいしか使わないのか――」
それは、詳しく解りはしないし、解ろうとするつもりもない。只、それが事実使えるからだとしか。
そして三日があっという間に過ぎ去る。
その間、フレイアの制御についていろいろと試していた訳だけど。
「こんなの、私には撃てませんね」
学ばせて貰ってなんだけど。それが私の出した一つの結論だった。