1 E4-1 術式対抗試合
「――それって突然。なんなんですか?」
リーレイア先生の口から出た、本当突然の話が私に告げられる。術式対抗試合? とかいきなり言われても、そんな催し物がこの寺院にあったなんて聞いた事がないぞ。
「私も詳しくは聞いていないんだがね。お上からのお達しだ。我々法術師がどんな活動をしているか、もしくは西の魔術師連中がどれ程の能力を持っているのか。試合形式で存分に見たいのだと言いやがってな。面倒だからお前を推薦しておいた」
「待って下さい。私は一瞬たりともこれっぽっちもそんな話に同意した覚えがないんですが」
「それはそうさ。私も少し前に説明を受けただけなんでな」
「面倒そうなので辞退します」
「それは困るな。お前は目立ち過ぎている。寺院側でも向こう側でもな。はっきり言うと寺院トップレベルのお前が出ない事にはこちらの士気に関わるんだよ」
「とっぷれべる?」
「代表格という事だ。お前が居るか居ないかで試合の結果が左右されると思ってもいい」
「またそんな大袈裟な」
「事実そうだろう? お前以上の法術師候補など、そうそう見付けられる訳でもない」
「リリムラさんやノユカが居ると思うんですが」
さり気なく、知り合いやら友やらを身代わりとして差し出そうとする。
「そうだな。それも候補に入る。これで五人中三人が埋まる事になるな」
「五人って。団体戦というのも一瞬たりともこれっぽっちも聞いていないんですが」
「言わなかったからな。只どう考えても残りに困っている。あとの二人をお前が率いるか、それともお前が一騎当千の働きを見せてくれるというのならば、私も戦術を考える手間が省けていいんだがな」
「弟子を暴れん坊のように言わないで下さい。私にだって心の準備というものが」
「因みに試合は四日後になっているな」
「一瞬たりともこれっぽっちも聞いていないんですが」
……という不毛なやり取りがあって。それでも半ば強制的に私は対抗試合とやらに出る事になって。
あと二人かあ……四日で間に合うものかね準備も含めて。
・
「ノユカ、居るー?」
彼女の居る、工房の戸を叩きながら声を掛ける。
「え? あ、どしたのシエンちゃん」
出て来た女の子が、私の顔を見て笑顔を見せた。彼女は昔ながらの灰色着衣を着ていて、長い髪を後ろ上に括っている、ちょっとのほほんとした感じの女の子だ。
この子――アマミヤ ノユカは気軽に軽口を言い合えるくらいには仲がいい。気の置ける友人というやつだ。リリムラさんのように、出会う度に毎度毎度「勝負なさい!」なんて事にもならないしな。
「いやね、ちょっとした面倒そうな話があるんだけど、いいかな?」
「何よその面倒そうな話って」
どうやらノユカは、まだその話を聞いていないらしい。
「なんだかよく解らねー流れだけど、どうやら私達、術式対抗試合なんてものをやらないといけないらしいんだよ」
「……はい?」
首を傾げて、ノユカは一言だけ言った。うんそうだ。それが大抵の人が行う反応だって。本当解るよ私だって似たような心持ちだったもの。
「なんでわざわざそんな目立つ事しないとなの?」
疑問はもっとも。秘匿性が重視される筈のこの界隈で、なぜに秘匿の真逆な事をせにゃならんのだと。
「まあまあ、立ち話もなんだしな。お茶とかいいかな?」
「いや――まあ、聞くだけならまあ」
中に入らせて貰って。ノユカはお茶の用意に奥へ行った。
「お上からのお達しだってさ。つまり国絡み。寺院にもメンツってものがあるんでしょうよ」
卓の所に座り、両肘で頬杖付いてお茶を待つ。
「やな話。ほんとにそんな事やらないといけないの?」
「上の要望を聞くのも私達の仕事だって。ま、私だって嫌々だけどね」
私だって嫌なものは嫌な訳だけど、出資者であるお上の言い分に逆らう訳にもいかないだろう。
本当嫌な立場だこれ。
「で、なんで私?」
ノユカがお茶を持って来る。右手でその湯呑を受け取って、一口すする。ノユカの淹れるお茶は、家のものとは違っていて若干新鮮。
「それ。事は万全にってね。一応は勝負になるんだから、負けてやるのも癪じゃない?」
「つまり?」
ノユカが私の対面、卓の向かいに座って、嫌な事を聞く直前な顔をして訊いて来る。
「お願いだから一緒に出てって事」
「嫌な予感って当たるものね。いきなり話聞かされて、選択権もなさそうなものを」
「試合は四日後にあるらしいんで、宜しく」
「しかも結構急な話だし」
「それと、あと一つ、多分嫌な予感の話を聞いて欲しいんだけど」
「前振りの時点で嫌な予感しかしないけど、一応聞こうか」
ノユカは呆れ過ぎてて、もう何聞いてもいいや的な顔をしている。
「あんたの大技。つまりフレイアを習得したいなあって」
「と思った。何? 寺院最強の法術師見習いが、更に強くなりたいって?」
「出来る事なら。相手の力量も解らんし、あと四日しかないんだしさ」
「四日で習得するって、無茶あり過ぎじゃない?」
「ま、やるっきゃないでしょう」
お茶をすする。何事も、まあなんとかなるやでやって来た私には、試合だろうが新技の習得だろうがいけるいけると、もう楽観的になっていた。
「……まあいいけどさ。でも私、教えるのはあんまり得意じゃないんだけど」
「見せてくれればいいよ。どうすりゃいいかは見よう見真似でね」
「はあ……やっぱり天才さんは考え方違うわ」
呆れ顔を見せるノユカ。だけど天才扱いはちょっと違うな。
「飲み込みが早いって言ってよ。本当の天才ってのはもっと上だわ」
「ご謙遜」
言いながら、ノユカは立ち上がって軽い身支度を始める。
「早い方がいいでしょう? 師匠が帰って来る前に済ませましょう」
なんだかんだで、わがまま聞いてくれるんだ。いい友達だよノユカは。