表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
EX 彼ら彼女らが在った日
193/287

1 E2-3 外へと飛び立つ女の子

 ――私は守りたい。

 神社の子として生きて来た私は、巫女になればなんでも出来ると思っていた。

 実際強かったもの。神職としての適性で言えば、二つ年下の弟は置いてけぼり。それにあの子も、お婆の血を引いているだけあって、適正は強いけど、まだまだ。私はおねーさんなんだから、弟と、あの子と、家族と、神社と、山の全てを守りたいと思った。昔、実際にそうしていた巫女が居たのを知っていたからだ。

 あの日、私は山に向かった。山神様に勅命を頂く為に。アサカエの巫女になる為に。

 一生をアサカエに捧げる。それしか道はないと思っていたし。それが目的で行ったんだ。

 そうすれば、全部守れる。私の傍の、私の世界を。

 望みが叶う時だった。

 だけど山神様は言った。

 ――巫女になってどうするのだ? と。

 ……嫌な響きがした。思っていたのと少し違う感じ。

 私は答えた。

 守りたいものを全て、守るんだ。と。

 それは絶対。私の全部の前提だ。ここに来たのはその為だ。山神様と今向かい合っているのもそうだ。

 ――三日間の中で、山神様はいろんな事を教えてくれたけど。

 只一つ、最も重要な一語を抜き出すとすれば、

 ――巫女になって守れるのは、巫女で出来る事だけしかないぞ? と。

 ……成程足りない。

 今までの世界が崩れたみたいなこの頭で、それだけしっかりと思った。

 私の知っている巫女で守れるのは、私の知っていた世界の中だけしか通用しない。

 そして一度巫女になれば、あとはもうその道しかない。死ぬまでその道を、アサカエの巫女を続けるしかない。なぜならそれは、言うなら神様との契約と同じなんだから。それを反故にする事は、一度なったら死ぬまで――或いは代替わりが生まれるまで出来ない。

 ……私は、

 あの子達の知らないものからも、守りたいんだ。

 弟は私に憧れている。神職の道を突き進めば、いずれ私に追い付くだろう。

 あの子はお婆に憧れている。あの子は多分知らない。巫女をやっていたお婆は、山の者達からは“反則”と呼ばれていた程の力があった事を。

 弟は宮司に。

 あの子は巫女に。

 私が留まっている理由なんてないな。

「じゃあやあめた」

 そう言って、私は山神様の元を去った。

 根本的なものが変わった訳じゃない。根っこにある意志に変わりはない。

 只それを成す為には、今のまま巫女になったんじゃあ全然足りない。

 巫女は巫女という一つ。いろんなものはいろんなものというたくさん。

 ほら全然足りない。

 反則ではない私は、変則でなければその域には行けない。“巫女で全部を守れる”のは、お婆くらいなものだ。

 よく知らないものはたくさんある。法術も、魔術も、他の世界も、……狂気病の事も。

 全部を知ってやる。

 その全部から、私の世界を守る。

 それが、山神様の元を離れた理由だと思う。

 裏切りなのかも知れない。だけれども裏切ったという思いは微塵もない。

 この思いは変わらないし、後悔ももうしない。

 最初から意志は決まっている。

 神様を困らせてしまったけれど、少しばかりすれば、あの子が行く。

 その時、私の分まで少しでもひいきにして貰えればいい。


 ――間違いはない筈。

 アサカエの力を扱うなら、アサカエの者であるのが一番なのは当然の事。アサカエ ユエンがサヅキノ トオナよりも上手く力を使えるのは当然の事。

 ――だけどもしかし。

 トオナもまた、あの反則の孫だ。

 反則には及ばない。当然だ。あれは血筋とかでどうなるというものではない。そんな次元に居る者ではない。多分神話に語られる程の神様辺りが間違って憑いてしまった、とか。そんな無茶苦茶な存在が、反則と呼ばれる所以のあの人だ。

 ……だけどトオナも。トンビが鷹を、くらいの逸材だったりする。“人の範疇で”とんでもない才能が眠っている。私が、トオナに法術を学ぶ事を諦めるように言ったのも、法術発現の失敗、適性がないからという理由ではなく、大きな力の暴発を恐れたからだ。

 それは、いずれあの子を傷付けるだろう。

 傷付いては、欲しくない。

 だから、あの子には巫女として。それを目指して突っ走ればいいと言った。

 道は間違っていない。

 あの子のお婆も、アサカエの巫女だったんだから。やろうと思えば、出来る筈。

 私は、

 私の生きる、関わりのある全てを守る為に動こう。




「足りないからですよ」

「足りない?」

「はい。私はまだまだ未熟です。知識が足りないままで巫女に縛られたくはなかったんです」

「だから法術師になったと?」

「それも途中です。巫女としての務めも、法術師としての知識も、それだけでは全然足りないんですよ」

 茶をすする。一つ間を置いて。

「だから世を見て回ろうと思いました。世界にはまだまだ未知の力がありそうですから。“先生ならば”ご存じなのでは?」

 ――その言葉に、先生はにやりと、口端をつり上げた。

「成程。お前は世の中にある力全てを取り込もうと言うのだな」

「端的に言えばそうですね」

「だが覚悟はしておけ。溜め込み過ぎた知識は、いずれお前自身に牙を剥くとな」

「それも覚悟の上です。不完全なままでいるよりは」

 先生が、少しぬるくなった紅茶をすすり飲む。その間は、そして鋭い目線は、私との距離を測っているように思えて。

「ふん。弟子の分際で、私が与えた知識すら足りないものと言うとはな」

「感謝はしていますよ。法術師としての知識は、私に充分な力として生きるものと思いますから」

「また心にもない事を」

「いずれエン――いえ、ユエンも私を追っていこうとするでしょう。その時には、先生に是非お力添えをお願いしたいですね」

「それはそれは、是非とも断ると言いたいが……言うからにはそうさせまいとするように動いているんだろうね、お前は」

「ええ。先生は“お願いを聞いてくれる”ものと信じていますので」

「くだらん」

 先生が卓の椅子から立ち上がる。それもそう、先生は私の思い通りに動く事が腹立たしいんだろう。

「いいだろう。代わりにお前は破門だ。望み通り世界をさまよっているがいい」

「そうさせて貰います。先生との付き合いは、このお茶を飲み干すまでで」

 西方湯呑――カップの中身は半分程度残っている。ぬるくなっているこの紅茶の量が、この工房に居られる制限時間だ。くだらなかろうが、面白くないだろうが、私は私が望むまで手段を選ぶ事はしないんだから。

 ……だけど。

 心持ちは、少し感傷的な感じだった。なんであれ、どんな形であれ、

 ……別れとは、まあ嫌なものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ