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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
EX 彼ら彼女らが在った日
192/276

1 E2-2 いつかを見据えて

「そういえばな。お前は自分の子供を考えた事があるのか?」

 ふと、脈絡もなくそんな考えが頭に浮かんだ。

「……なぜに、お主はそうも唐突に物申すのかの」

「唐突はそうだけど、大事な事だと思ってな」

 言うなれば世継ぎだ。自分の命をあとに託す事だ。それがない事には、アサカエとしても大きな問題になり得る事と思うけど。

「儂の子か……なんともまだ、実感が湧かぬものだがの」

「そう言うな。お前も良い年頃なんだから、考えられる時に考えておくべき事と思うけどな」

 男と女が二人で並ぶ。子を生す理由としてはこれ以上ない状況と思うけど。

「とは言え一生ものの事なのだぞ、名を付けるという事はな」

 確かに。親が子に与える最初のものなんだろうしな、名前というものは。

「なら任せろ。立派に誇れる名を考えてやる」

「別に意気込んで考えずとも良いのだが……」

 まあ、そうだろうな。これは私達が夫婦として繋がる事が前提なんだから。そんな事があるのかどうかも解らない、未来の話だ。

「あ、思い付いた」

 だけど瞬間的に頭に浮かんだ。閃きというやつか。

「おお、早いのう」

「ああ、お前から一つ文字を貰ってな」

「勝手に取るでないわ虚けっ」

「いやまあ聞け。なかなかいい意味は持っていると思うぞ」

「そう大風呂敷を広げる事もないと思うがの」

「なんだよー、トオナは子供が要らないとでも? 興味の一つもないってのか?」

「結婚など考えてアサカエの巫女など出来ぬわ」

 いずれ考えないといけない事だと思うけど。アサカエの巫女を選ぶというのならばな。

「大体何故に儂を巻き込む。お主の名から取れば良かろう」

「私から取ったらエンと被るだろう」

 ややこしい事この上ない。それに関してはトオナも「それもそうだの」と同意を示した。

「いや……だからと言って、わ、儂などの……」

「おい……(仮)なのにそう神経質にならんでも」

「か、かっこ!? 仮……」

 意味がよく解っていないのか、トオナは目を白黒とさせた。

「では、ずばり、セツナと――」

「短命に終わりそうではないかっ!」

「太く短くと言う意味を込めてだな」

「短過ぎるわ!」

 確かに。凝縮した人生を送れとの思いを込めたつもりだけど、よく考えるとそれは瞬間とか今一瞬とかいう意味だからな。考え方にもよるけど、不吉に取られても詮無いか。だな。

「うん……そうは思ったんだよな。真剣に考えてみるとやっぱり違う気がする」

「思ったならばなぜ言いやめぬのだ」

「いやこういう表現をするのもありかと」

「ないわっ!」

「解らないだろう。言葉に出す事で得られる答えもあるかも知れない」

「断ずる、その名ではない」

 ……ここまで言われると流石にきつい。私には名を考える才はない気もするし。

「まったく。ほんにお主は……」

「冗談だ、いい意味にしようと思ってな。だからもう一つ」

 頭の中に浮かんだ。それこそ閃き。天啓でも下ったような言い訳の材料だった。


 ×××。


「なあ。太く長く、いいだろう?」

 それは、千の月日も、良き刹那が続くようにと――。

「あと付けに思えるのだがの」

 実際あと付けだ。だけど開き直る。

「悪いか?」

 ――少し、トオナは考え込む。

 その目が少し虚ろを見やり、やがて「うむ」と。

「少々、高望みと思うが……」

「いいじゃないか。希望は大きく持つべきだ」

「うむ……良いのではないかの」

 素っ気なくそっぽを向く。

 だけどそれは、トオナにとっての最高の賛辞だ。滅多に表に出そうとしない感情だけど、私には筒抜けているも同然。伊達に幼馴染をやってはいない。

「はっはっは。これでお前もいつでもお嫁に行けるというものだな」

「……嫌なエンだの」

 言葉とは逆に、トオナは嫌がっているようには見えなかった。気に入って貰えたという事か。だとすれば私も嬉しいと思えるものだ。




 ――トオナとエンのいさかいが終わって、それを見届けたあとで私は寺院のとある工房に寄っていた。

「先生、先生?」

 戸を開けて、呼ぶ。

 すると奥の部屋の方から、がしゃんがしゃんと、立て続けに何かが割れるような音が。そして、

「……なんだお前か。何をしに来たアサカエ シエン」

 その奥の部屋から、不機嫌そうな低い声が届いた。そして白衣を着ている、丸眼鏡を掛けてぼさぼさ頭の青髪長身女性――リーレイア・クアウル先生の姿が現れた。

 ……何を割ったんだろう。いや深入りすると嫌な予感がするからそこは黙っておくけど。

「何をしに来たは酷いですねえ。近々寄るものって、言伝をしていた筈なんですけど」

 そう答えると、先生は顎に手をやって考え込む。

「……ああそうか。どうでもいい事だと思っていたから忘れていた」

 この通り、殆ど自分の事しか考えていない人だ。仮にも弟子の言う事を忘れるなんて、本当何に熱中していたんだろう。

「まあいい。茶を淹れてやるからそこに座れ」

 先生が、足の高い卓のある方を一瞥して、そしてまた奥に引っ込んでいった。まあ、只突っ立っているのもあれだから、お言葉通りに卓の椅子に座らせて貰う。

 ……少しして、先生が盆を手にして戻って来た。盆の上には持ち手のある西方湯呑が二つ。

 盆を卓に置き、西方湯呑の一つを私の前に置く。先生は向かいの椅子に座り、その前に自分の西方湯呑を置いた。

 先生は西方人だ。故にお茶のたしなみ方も西方式。西方湯呑の中に入っているのは紅茶だ。

「さて、改めて問うが、何をしに来た。お前にはあらかたの事は教えたつもりだぞ。法術師よ」

「ええ、確かに先生のお陰で法術師になる事が出来ました。だからちょっと、私もここから離れようかと思いまして」

「離れる?」

「ええ、しばらく世の中を回っていって、見聞を広めようかと」

 そう言うと、先生はくつくつと押し殺すように笑った。

「成程ね。遂に厄介払いが出来るというものか」

 先生が西方湯呑を持ち、紅茶を一口すする。そうして一息吐いた。

「だがどうしてだ。ここからという事は神社からもだろう。お前は自分の神社に未練はないのか」

「ない、と言えば嘘になりますけど。そもそも私は神職には向いていないと思いまして」

「向いていない?」

「はい」

 きっぱりと言う。私が神社の娘である事は先生も知っている。だからこそ先生は怪訝な顔をしていた。

「神社の娘とは思えん発言だな。巫女にはなりたくないとでも言うのか」

「まあ、そうですね」

「ならなぜだ。お前は意気揚々と山に入った筈だ。少なくともその時点では巫女を継ぐ事しか頭になかっただろうに」

 それはそう。そこまでは正しい。気を紛らわすように、私も紅茶をすすった。

「そしてお前は、“たった三日で”山神の道にまで行けた。四日目に帰って来て、次の日にはもうここ(寺院)に来ていた。

 教えて欲しいなあ。たった一日の間に、お前の考えを真逆に変えた理由を」

 ――変えた理由。

 私は巫女になるつもりだった。巫女になって、私は、

「そこまで知っているなら、言わずとも解るのでは?」

 多分先生は、理由なんてどうでもよく、覚悟の方を知りたいのだろう。私の、絶対を、覆したその覚悟を。

「そうかな? 予想は出来るが、あくまでそれは予想でしかないぞ。私としては言葉を聞きたい訳でね」

「めんどくさい人ですね先生も」

「人の性根など簡単に変わるものか。私は探究者として答えを知りたいだけだ」

 目線は真っすぐに。にやにやとした笑みを浮かべながら私の言葉を待っている。

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