1 1-16 出会いの数分前
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「……追い詰められたか」
一人呟きを漏らす少女。
彼女は一応逃げていた。自分を追って来る、三人の足音が聞こえる。
それを確認して、彼女はその裏路地で足を止める。
――そう。これは誘導だ。いずれこの場を通る人間が現れる。連中と対するには、この場所まで来てくれないと困るのだ。
やがて。この場所に三人の男達がやって来た。予め、自分を追って来るように仕向けた連中だ。
「てこずらせやがって」
「よくもやってくれたな」
そんな言葉を男達は漏らすが、そんな事はどうでもいい。
少女にとっては、それなりに悪漢と見える連中に、自分を襲わせる。それ以上の目的などなかったのだから。
だから、彼女は男達の言葉に聞く耳など持たない。そこに意味などなかったのだから。
「っふふ、雑魚の見本みたいな台詞だね。自己紹介をしているようにしか聞こえないよ。僕達は小悪党ですってね」
少女は、更に連中を煽る。そう、連中にはもっと解りやすい役割を演じて貰わないといけないのだ。
奴らは集団で女を襲う小悪党。
自分は、それに襲われている可哀想な女。
ここに場は完成した。あとは時間が来るのを待つだけだが。
……あと少し、連中をこの場に引き付けておく必要がある。彼女はそう判断した。
「……舐めやがって」
男の一人が、短い刃物を抜き出した。
っふふ。
「もっとだよ。君達全員持っているんだろう? 一人だけじゃあ足りないね。とても心が燃え上がりそうにない」
更に煽る。奴らには、もっと危ないモノという事を演じて貰わないと。
「……殺されたいらしいな。このアマ!」
そうして、三人共が刃物を抜き持った。
「それでいい。そうでなくちゃあ、僕が相手をするのも下らなく思えるし」
「なに?」
「か弱い女の子はね、刃物を持った既知外に迫られるとどうしようもないんだよ。
生き残る、その条件を満たすなら、こうして対している時には既に勝っていないといけない。君達のようなおつむの弱い男には難しいかな?
ならもっと単純に言ってあげようか。君達はね、僕を追い詰めたと思っている時点で、もう終わっているんだよ」
そう言って、彼女は右手を天に差し出すように上げて、
「十」
言葉を発す。
「九」
対する男達に断りも勧告もなく、只、数を言い下げていく。
「八、七」
それは果たして意味があるものなのか。只々謎な行動だが――そこから連想されるものは幾つもある。が、この場において連想されるものは、男達にとってどれも不吉なものでしかない。
「六、五」
企み。何かは解らない。知りようがない。そこに見えるものがない。
だが、今この場を支配しようとしているのは彼女だ。そしてそれが滞りなく行われれば、間違いなくろくでもない目に遭うだろう。もしかしたら、何かの法術を使われるのかも。
「四」
その思いが男達の静観を破った。何をしようとしているのか解らないが、何かをしようとしているなら止めるべきだ。そう思って駆け出して行った。
――何をしようとしているのかも解らないのに。
その理解が出来なかった事が、最大のうかつ。
男の一人が彼女に迫る。あと少し、彼女の体に手が触れようとする、瞬間、
動く。女のもう一つの手、左手が迫る男の手を引き寄せ、
捻り倒した。
彼女がしたのは、いわゆる合気。それも実際は護身術程度のものだ。
それでも、倒れた。――とはいえ、本当に相手を倒す事を目的としていた訳ではない。
「格差とは、隠すべきもの。そして感じ取るべきものなんだよ。君は僕に目を付けた時点で、格の違いを察しておくべきだったね」
まず一つ。彼女は男の思惑を完全に支配した。場を動かすのは己のペース。彼女のカウントは、否応なしに相手の行動をある方向に制限させた。
もう一つ。彼女は、彼の繰り出す一撃、そのタイミングをも、都合のいいようにずらしきった。カウントは相手に合わせたもの。己の行動をカウントに合わせなかったならば、行動、反応、タイミングは相手の理解外のずれを起こす。
「考え方の違いだろうね。僕は命が惜しいんだよ。臆病だから。だからね、生き残る手段が一つあったなら、それを全力で実行するんだ。そうしないと死んでしまうだろうからさ。違いはそれだけだよ。僕は只、変人で変態なだけのか弱い女の子だからね」
前述の二つ――それを除いたなら、彼女の戦闘力は本当に護身術程度だ。数の暴力には勝ち目がない。
だが――陥れる頭脳と思い切り、この二つがあるだけで、刃物を持った男程度なら遥かに凌駕する。
彼女は、確かに男達より弱く。人間よりも、遥かに強い。
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「さて。そろそろか、な」
適当にこいつらは(主に精神的に)痛め付けておいたし。
もうそろそろ、事を始める時間だ。
僕は懐に忍ばせていた短刀を抜く。
その様子に彼らは戦慄したようだ。それもそう。素手の僕でさえ好きに出来ず、逆に地に伏せられているというのに、そいつが刃物を持ったなら。
どれ程の恐ろしさか、想像するまでもなかろう。
が……期待は裏切らせて貰う。
彼らを×すつもりだったなら、こんな回りくどい事なんてするものか。そんな事をする得もない。
故にこの短刀に、攻撃的な意味などない。もっと違う形で役に立って貰う。
「あとの事は、頼んだよ」
その短刀を、逆手に、腹の所――致命傷ぎりぎりに差し込んだ。
僕の腹から、赤いものがにじみ出た。
「……穏やかではないな」
そして、
薄れていく意識の中で、
僕は本当の標的の声を聞き取った。
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