-2-42 裏の思惑
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夢とは、不思議なものと思う。
彼女は私と接点を持ちたがっていた。だけどそれは、普通の空間では叶わない。私がどこに居るのか、どの時間に干渉しているかどうか、解る者は居ない筈だった。
だから彼女は、あらゆる手を尽くした。伝説だろうが現象だろうが、最後には魔法なんてものまで学び尽くして。
そうして今がある。夢の中、という接点。以前、そこに一度だけ“彼”を招いた事があったけれど、それは本当にイレギュラーだ。
ともかく彼女は、そうしたイレギュラーを当たり前のものとして固定するすべを手に入れた。夢を夢と意識する事。時間や空間を超えていても、夢という媒体でなら私との出会いも容易となる。そう考えて彼女は実行した。
そこまでする者を止める理由もなかった。今も彼女は、夢の中だというのに真白い部屋の中で、テーブルを前に椅子に座って、優雅に紅茶なんてすすっている。それを彼女は、当たり前の現象と固定した。
「夢の中でも茶が美味いと思えるとは、不可思議な現象と思うがね」
「美味しいのならいいんじゃないの。私だってこうじゃなければ飲みたいものだけど」
「そうか。これも、願望の表れか。ここで不味い茶など飲んでも仕方がない」
「表から持って来るのも面倒な事だけどね」
「夢でしか願望を形に出来ないか。ああ、だからあの現実も受け入れるしかないのかね」
「私に出来る事は殆どない。行く末は幾つも見られるけれど、結果として残る世界は只の一つだけ。私が残って欲しいと願った世界は殆どないね」
「望みの世界に近付ける為に、直接動ける介入役が必要だったか。私という駒はその為に選ばれたと」
「だから私は貴方に情報を与えた。最低限だけど」
「その為に私のお先は狂わされる訳だ。まったく、迷惑この上ない」
「いいえ。いずれ貴方は狂わされる事になった。貴方という特異性――それは安定力にあり得ざる負荷を掛け、いずれ修正力によって排除される事になる。それは貴方の必然で、貴方にとっては不幸な終わり。私はその形を少し変えただけ。だから貴方にはそれを変えられる切っ掛けが出来た」
「感謝しろ。とでも言いたげだな」
「いいえ。気にしないでという事。私は貴方を利用する。それに対する私の対価。そこに損得なんてものはない。使える者が使う、純粋な取り引き。だから、いいお友達でいましょう?」
「成程な。ならいいさ。私にはそれ程損はない。だが、解せない事もある」
「あら。私の答えに、不満でも?」
「お前も、アサカエに執着していたな。だからあの時、ユエンをここに招いた事があった」
「……」
「なぜだ? 確かに奴の神社、家系はそこそこには長い。だがそれだけの理由ではない筈だ」
「私にとっての最悪は、アサカエの血の消滅。だからこの現在は最悪じゃないけれど、決していいものでもない」
「そこまでして、どうしてアサカエに固執する? まさかあいつが世界を救う英雄だとか、生きていないと困るだとか言う訳でもないだろうに」
「そう。あの人達が生きていても死んでいても、世界のあり方に変化はないの。勿論英雄なんかになったりしない。“夢”さえ現れなければ、それこそ平穏無事に一生を過ごせたでしょうね。望んでいたのは、そんな些末な事。でも世界は、いつも裏切る形になる。大きいか小さいか……その程度の差」
「アサカエの血脈は、そこまで大きなものだったか?」
「……これは個人的な事。“青き其”の末裔だから、残っていて欲しかった」
「“青き其”――成程な。奴の不定もその為か」
「いいえ。それは只の再現でしかない。他よりは近い場所に居たのは確かだけれど。元々あの人達に不定に触れるだけの力はなかった。単なる偶然。或いは事故。二つの意思が近過ぎたのが原因の一つだろうけど、それは本当に些末な切っ掛け」
「些末な切っ掛けね。そんな事であんなものを発現されては堪らない」
「そう、だから不幸な事故。何が間違っていたのかも解らない。あれは私にとって最悪以上の形だった。在るべき形、世界を揺るがす異常な力。あの人達はそれを隠し通す事が出来なかった――故に修正力から目を付けられた。私はもうそこで諦めていたんだけど、まさか異端主にまでなるとは思わなかった。本当に――私の見る未来なんてあてにならない」
「異端主に至る事が……お前にとっての利益に繋がったか」
「いいえ」
かぶりを振る。
「結果的にアサカエは残ったけれど、あれはもう世界を構成する一にはなれない。言うなれば死んだのと同じ扱いね。確かにあるのにないという存在。人にとっての幽霊みたいなもの、私の範疇さえ越えてしまった」
「人であるのに、か」
「人であっても。あの人はもう、見放されたの。修正力が及ばないという事はそういう事。あの人が何をしでかしても、世界は何も見はしない。精々、一つの刻くらい。それでも見るような奴が居たら、それは相当の変人だね。例えば貴方みたいな」
「あれに探求の意を求めるのは、異常か」
「少なくとも変人と呼ぶには妥当ね」
「お前が目を付けた逸材でも?」
「だからこそ」
「成程な……ああ、それはいい。とてもいいな」
「いいんだ、そんなのが」
「人間と区別される言葉だよ、変人とは。括られる事は気に入らない……隔離された方が気が楽だ」
「成程ね。確かに貴方は他とは違うわ。物の怪や怪物と言った方がしっくり来るんじゃない?」
「そこまでの自己評価をするつもりはないがね。だが、物の怪、怪物か。ならば――」
「なに?」
「一つ、確認したい。今回の件、なぜあいつだけが土雲を現した?」
「今更だね。貴方だって予想は付いてるだろうに」
「確認だと言った。あれはまだ完全には死んでいない。対処するには確実な正解が必要だ」
「貴方、対するつもり?」
「いいや? だが知識は無駄にあって困るものではない。万が一は常にあろう」
「……ええ、そうだね。違いない言い分」
確かに、彼女から見た目では――あれとリーレイアが対する可能性もあった。……確実とは言えないが。彼女は彼に、
「――アサカエ本家はその身にのみ血を完全に伝えている。異常は本来、その一人だけだ。そこから離れた分家に現れる要素があったのか?」
「完全じゃなかった。それだけでしょう」
すっぱりと。当たり前のように答える。実につまらない答え。……その回答は何百年も前から出されている。
「アサカエの名があるなら、どれだけ薄れても消える事はない。人間が混じっても人間なように。土雲なんて異形――妖怪にだって抑え切れるものじゃない。まして人間なんかが操作し切れる筈がない。元々、“アサカエ”が居なかったら今にない家系だから。でもあれは少し特別。二重存在の同調性。その重なり。“欠片”の介入。――決定的なのはアサカエ シエン。あれが知らないままだったなら、その他全てがあっても今回の件は起こり得なかった」
「やはりあいつか……まったく、最後まで迷惑を掛けてくれる」
「知恵を入れたのは、貴方だったと思うけど」
「知らなかったからな。こういう結果になるとは、流石の私も思わなかったよ。だが、知らなければ結果としてアサカエは滅亡していた。お前と同じだ、何が作用して未来になるか解りはしない」
「そうね。あの子はいずれ目覚める。それだけでも、僥倖と思わないと――」
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