-2-41 生きている見解
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「……先生よ」
「なんだ」
「エンは本当に、眠ったままであるのか?」
「……正確に言うならば、答えは否だ。いずれこいつは目を覚ます」
「真言、なのかそれは」
「嘘など言ってどうする。無駄に希望を持たせる事を言っても、私になんの得もない」
「なぜに、そのような事を断言出来るのだ? エンは、消えると言っておったではないか」
「それはある意味正しく、間違いでもある。正解と不正解が混在している、と言うのが適当か」
「……意味が解らぬ」
「では、一つ詳しい見解を述べようか。一つの前提がはっきりすれば、これはそう難しい話ではないんだ。
アサカエ ユエンがああなっている理由は、大きく二つにある。一つ目。あいつには妖怪に絡む血があった」
「よ、妖怪だと?」
「妙に思うな。その前提がなければ答えも何もない。まあ、その辺りはあいつの家系の問題だ。何も悪い事はないし、七百年前、その当時にしてみれば異種婚など然程珍しいものでもない。
あいつは神社の息子だ。アサカエ、という名の由来については殆ど記録には残っていなかったんだがね。まあ、あの神社の知名度を知っているお前だ、そこは敢えて説明を加えずとも察しは付くだろう。
その家系、神社の始まりはおおよそ七百年前。歴史上では大狂気病の起こった頃だ。それ以降の妖怪の姿は、一般の地で見られる事が大きく減少していっている。恐らくだが、奴の家系――人間と妖怪との交わりが明確な形で今にまで続いていた、最後の事例かも知れんな。
話を戻そう。このアサカエ妖怪説を裏付けるにあたって、先日奴の神社を検めさせて貰った。火事場漁りみたいなものだがね。個人的には納得のいく答えを得る事が出来た。蔵の中から見付けた文献、七百年前には、まさにそのまま、アサカエという名の土雲が居たという事だ。何かしらの交わりを持ったのは間違いないだろうな。
まあそれ自体は別に良かったんだ。結果的に七百年、大事もなく人の世で生活を続けていたんだからな。
さてここにもう一つ、別の要因が加わってしまう。それが理由の二つ目。アサカエ ユエンがそうだったなら、必然シエンにも同じく妖怪の血がある訳だ。それもそう、姉弟なんだからな。加えて名前に“縁”とは、冗談が元にしても出来過ぎだとは思うがな。
シエンは最初からユエンに執着を持っていた。父母の事があってからは更に病的になっていっただろうな。突然に家族を失ってしまった事を知ったあいつは、自責のように己を呪い、そしてそれでも残った二人に、呪いに等しい呪いを掛ける事で、永久的に守ろうと考えたんだろう。
そして呪いは成功した。但し、成功した以上の効果も生まれてしまった。
先程言った通り、シエンとユエンには妖怪の血がある。その上で血を交えるような呪いを掛けてしまったんだ。シエンとユエンが互いを対象とする――という事に限ってだが、その結び付きの結果がどれ程強いものになるかは、憶測としても難しいな。恐らく名のある術師であっても、呪いを解くには至るまい。
そして、原因が二つある事で、実際に起きた結果が、アサカエ ユエンの恒久的な生だ。正確には、シエンの念が、ユエンを決して死なないように守り続ける、といったところか。そう、言うなら守護霊のような形と思えばいい。
問題はそれが強過ぎる事だ。この結果までシエンが望んでいたのか、それは解らんがね。結果的に遥か昔の妖怪の血が、こうも強く弟相手に作用してしまった。そこまで考えて呪いを掛けたのかは解らんな。だが結果、ユエンの中に潜んでいた土雲の血は覚醒したと思っていいだろう。そのユエンが人のままで居られるか、その辺りは、なった事がないから私には解らん。
だからあいつは死なない。正確には、あいつの体は、だ。意識までは知らんが、多分そっちは死ぬんじゃないかね。だからあいつが目を覚ましたとしても、意識的にあいつは他人だ」
「他人……」
「そう。アサカエ ユエンは死んだんだ。内面的な意味でな。外面としてなら見た通りだろうが」
「シエンは、エンを殺そうとしておったのでは――」
「それも実際には違うだろうな。恐らくは試したんだ。ユエンが死ななくなったかどうかをな」
「っ、だが、何も殺し掛けるまでやらずとも」
「その辺りは、伸るか反るかの賭けだったのだろうな。あの時ユエンが死ねば、呪いが効かなかったとなれば、それこそシエンはこの世の全てに絶望し、全てを敵に回して暴れていたに違いあるまい。だから最期は相当歓喜していた事だろうね。呪いは見事に機能した。肉体を殺し尽くして尚生きている、その結果を見ながら死ねた訳だからな」
「……そんな、事。儂は」
「いいか。シエンは全てを守りかったんだ。ユエンだけではない。あの指を用意していたという事は、お前も守りたかったに違いない」
「……エンの次は、儂だったと?」
「それしかなかろう。あの指はお前用だ。ユエンと同じ道を辿りたければ、使うなとは言わんがね」
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