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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
182/287

-2-37 また、あした。

「おはよう、エン」

 呼ばれて目を開くと、トオナがこちらを見つめていた。

「ああ……おはよう」

 呼び返すと、××はにこりと笑う。

「今日も良い天気だぞ。先生が許してくれるのであれば、外を歩くのも悪くはないの」

「許してくれるのか?」

「その時はやむを得まい。実力行使あるのみぞ」

「返り討ちに遭うぞ」

 力技など通じる筈がないだろうに。先生がそんなに甘い筈がない。

 思っていると、くすりとトオナは笑った。

「何か、可笑しいか」

「そんな事はない。いつもの通りだ。意地悪だの」

 トオナが笑う。

「人の顔を見て意地悪とか。酷い奴だな」

「まったくだの」

 そう自嘲して、窓際へと歩む。差し込む光が彼女を包んだ。

「まだ早い時間というのに日が強いの……夏はまだ、近くにあるのだな」

 そう言う彼女の顔が、とても眩しい。横顔。××の横顔――。

「……なあ」

 思わず、呼び掛けた。

「ん? 何か?」

 覗き込む。そう……トオ、ナ、の顔が。

「目やにが付いている」

「何?」

 目を擦る。眉間の辺りに指をやり、目を瞬かせる。

「……付いておったのか?」

「気のせいかも知れない」

 ……睨まれた。朝から少し冗談が過ぎたか。

「冗談だ。悪かった」

 言うと、少しの間頬を膨らませ、不機嫌を露にしていたが、すぐに笑みを現して許してくれた。

 いけない。最近物忘れが激しいとは思うけど、今は特に酷く思える。あろう事か……一緒に居る××の名前を度忘れするなんて、寝惚けが過ぎるな。

 何気なく、窓の外を見る。外は雲さえ見えず、夏の日差しが辺りを包んでいた。

「なあ」

 ふと、思い出した。窓から見える、外の景色から。

 その幾つかの中に、あった筈。私達にしか知られていない、あの場所の事。

「秘密の場所、あっただろう」

「何?」

「海のすぐ傍だ。寝転がって、空を見ていた」

 あの、背高草の海を越えた、平原。

「誰にも言った覚えがないのに、お前はいつの間にか来ていたな」

「うむ……」

 思いを巡らせるように、窓の外を見やるトオナ。

 その顔が――どこか、なんとも言えないような顔をしていた。例えるなら……寂しそうな表情をして。

「思い出しただけだ。どうなっているんだろうな。あそこは」

 家がなくなって以来――そんな事を口にするのは初めてだった。

 只知りたかった。××と一緒に居た場所が、変わらずにあるか。あの景色が、今も見られるのか。

「そうか……思い出す事は良い事だ」

 ××は、小さくくすりと笑った。

「あそこは……うむ。エンが良くなったら、いずれ訪れてみるとしようぞ」

 それは楽しみだ。

 あの風、あの海、あの空に飛ぶ一羽の鳥と、風に吹かれて揺蕩う雲。

 その遠くを見上げて、風の中で眠る。

 それは至福の時だった筈。

 いつから、それがなくなってしまったのか……それだけ思い出せずにいる。

「腹が減ったであろ? 朝餉にしようかの。序でに茶も振舞おうぞ」

 ××が、話を変えて私に向かう。

「お茶? 用意出来るのか」

 単純な疑問に、××はふふっと笑った。

「儂はな、只黙って茶をすすっておった訳ではないのだ。密かにハトリの秘伝を盗み取ろうと、努力をしておったのよ」

 凄まじく自慢げだった。あの猫舌の裏で、そんな涙ぐましい努力があったのか。

「そうして出来た納得の味だ。存分に味わうが良い」

 そうまで言うなら、気にならない筈がない。あの母さんから手に入れた、彼女の味。

 ――まさか、“外れ”が出ては来ないだろうけど、

 いや、それは野暮な心配だろう。

「出来るなら、最高の当たりをお願いしたいところだけどな」

 純粋に楽しみだ。例え“外れ”が出て来たとしても、今なら余裕で飲み干せよう。

「では、朝餉と共に用意しよう」

 言って、台所に向かおうとする彼女を、微笑みながら見送る。

「うん、出来るだけ早く頼もう」

「元気だのう……大人しゅうしておるのだぞ?」

 大人しゅう、か。

 ……出来るかなあ。

 外は明るい。いい天気。

 風が鳴く。ひゅうひゅうと木々の葉を揺らす。

 青々色の葉っぱが、枝と一緒に揺れて、がさがさと音を鳴らす。

 ……もう駄目だなあ。

 ……気付いていた。全部。

 今になって、解っていなかったものが解った。

 私が、理不尽に消えようとしていて、

 母さんも父さんも居なくて……エンも居ない。

 我慢をしていたけど、もう駄目そう。

 気を抜くと、意識が剥がれる。必死で留めようと思っても、それに抗う事が出来そうになかった。

 ……それでも。先生は知らないようだったし、

 トオナは勿論。

 だから私も黙っていた。

 全員を、自分をも騙して、治っていると見せ掛けて、

 ――それで幸せのままだったら良かった。


 ――日々、

 私の意識は、悲鳴を上げていった。

 薄れよ、薄れよと。

 ……そして消えろと。

 それが一番幸せなのだと、言われた気がしていた。


 ……出来るか。

 あの子が傍に居るのに、それを残してなんて。

 ……絶対に泣く。落ち込ませる。

 立ち直れないかも知れない。

 ……させたくない。

 なのに、

 今は、××の背中が、

 遠い。


 ――強い薄れが、意識を持っていく。

 行ってしまう。

 ××が行ってしまう。

 私に背を向け、

 向こう側へ、私の行けない所へ、帰ってしまう。

 行って欲しくないのに。

 あ。

 頭が、白む。

 ――遠い。

 そこが、遠い――。

 薄まる――。

 薄く――。

 消える。

 零れていく。

 白に覆われるように――××が、溶けていく。

 あの人が――見えない。

 大切な人――。

 大好きな人――だった筈。

 ……どこ……?

 ――解らない。

 それが、一体誰だったか。

 解らないけど――。

 ……まだ、居る。

 そこに、居る。

 多分。

 だから私は。

 せめて私は。

 いつものそれを、あいつに伝える。


 また、明日――。


 言葉は、空気を伝わらなかった。

 伝えるべき言葉が、届かない。

 手も振った。ふるふる。

 それも、××は見る事がなく。

 でも――伝わる筈。

 私は、言った。

 ちゃんと、言った。

 だから、××。

 約束したぞ。

 また、明日と。

 ――。

 遠くはない。

 また、会える。

 明日になれば。

 眠りに就いて、

 それが覚めれば。

 その時はまた、

 笑ってまた、一緒に、居られる。

 ――誰かが。

 誰か。××という人と。

 私の好きな人と――。

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