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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
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-2-36 愛しき人

「――まだ、眠っておるのか」

 ……。

「……しかし暇だの。ずっと眠っておるお主の顔を見続けておるという事も」

 ……。

「うなされておる訳でもなし、か。それはそれで安心であるがの」

 ……。

「しかし暇だぞ。思わずその顔にいたずら書きでもしとうなる」

 ……。

「返す言葉もなし、か。真っ事安心し切っておるのだな」

「ん……うん……」

「んなっ」

 ……。

「……寝言、かの。驚かせてくれるの」

 ……。

「……うむ、良い事を思い付いたぞ」

 ……。

 歌うトオナ。

 ……昔聴かされた、あの歌。

 お婆から伝えられた、トオナの旋律。


 あれ以来、恥ずかしがってか、私の前で歌う事は殆どなかったのに。

 だけど、安らぐ。

 眠っている事すら、惜しいくらいには。

 もっとはっきりと聴きたい。歌うトオナをこの目で見て、その旋律を耳の奥にくっ付けておきたい。

 だけど多分、眠っておかないと。

 でないと、トオナはまた恥ずかしがって、歌ってはくれなくなるだろうから。


 その夜中。真っ暗な部屋の中で。

 ……気になって、眠れやしない。

 気になる原因は、只一つ。

「う……うん……」

 今も呻きを上げた、背後の寝床で、トオナが寝返りを打った。

 確かに、一緒に寝た事はある。

 ずっと昔、幼子として遊び疲れていた時。

 或いは背高草の海で。寝転がる隣で、同じように横たわっていた。

 だけども今は状況が違う。いい年頃の男女が、同じ部屋で、夜を越している。

 急だったので、ちゃんとした寝床は一つしか用意出来ず――もう一つは掛けるだけの布。床は直。

 そのちゃんとした寝床はトオナに譲った。「病人なのだからエンが使え」と言われたけれど……確かにそれは正論だけど。

 如何に幼馴染でも、女の子だ。床に放り出すなんて気が引ける。男としてどうなのだと。幾ら向こうから押し掛けて来たとはいえ。

 一緒に寝る――問題外。確かに寝床は二人くらいなら入れる、広い所だった。だけどそれこそ出来よう筈がない。やってしまったら多分死ぬ。心臓とか潰れる。

 まったく。いつからこんなに積極的になったんだろう。

 そんなもの知らない。

 こんなものいつものトオナじゃない。

「……起きておるか?」

 不意に、トオナの声がした。

 凄く驚いた。

「……うん」

 背を向けたまま答える。

 寝られる筈がないんだ。どうしても気になる。

「っふふ……儂もだ。勢いに任せておったのだが……まるで気がやまぬ。胸が、どくどくと脈打っておるわ……」

 それは、解る。だって、私も今心臓がどくどく鳴っているんだもの。

「のう。隣に――行っても良いか」

「駄目」

 即答する。

「なに故だ? 儂では何か、不満でもあるのか?」

 違う。逆だ。既に緊張度合いが最大だというのに、これ以上となっては心臓発作でも起こすかも知れないから。

「儂は――」「私は――」

 意図せず、私とトオナの言葉が被った。

「ふ――」「くく――」

 それが、妙に可笑しくて、二人して小さく笑う。

「儂は、お主の傍におりたい。それは理由にならぬか?」

 ああもう、こんな時に意地なんて張っていたら、それこそトオナに悪いじゃないか。

「……いいよ」

 背を向けたままだけど、そのまま了承の意を示す。

 少し、ごそごそと衣擦れの音がして、そしてトオナが、私の布団に。

「……暖かいの、こちらは」

「そりゃあ、二人で布団に入れば暑くもなるな」

「そう言うでない」

 トオナの手が、私の手に触れる。そうしてどちらともなく、手を握り合った。

「いずれ眠れぬのであれば……暖かくおりたい」

 握っている手は、暖かく。

 それで気がやむ事はなかったのだけど。

 手を握って、トオナが一つ、優しく笑い掛けて、

 その笑顔で安らぎを貰えた――。

「のう。お主は――欲しくはないか」

 何が。

 なんて聞く事も、野暮過ぎるだろうこの状況だと。

「欲しい……」

 幾ら私でも、そこまでお膳立てされて、鈍感じゃない。

 今、共に眠るトオナが、私は欲しい。

「……そうか」

 一言。

 その一言だけが、とても大きい意味を持っているようで。

「ならば儂は、お主と契ろう」

 包まれる。

 暖かい。

 とても、暖かい。

 とても、綺麗で。

 いい匂いがして。

 柔らかくて。


 彼女の全てが、

 いとおしかった。



 ――残すから。

 どうなろうとも、儂が残してやるから。

 苦しくとも、

 つらかろうとも、

 痛かろうとも、

 儂は、お主との未来を築いてみせよう。

 だからもっと。

 もっと、お主を分けてくれ――。




 ――朝。窓から差し込む日差しと、小鳥の鳴き声が聞こえて、私は目を覚ます。

「――残念だの。今少し寝顔を見ておきたかった」

 目の前には、微笑みながら私の顔を覗き込む女の子の顔が。

「起きていたのか」

 手には、彼女の手の感触が。

「起きておったぞ。ずっとな」

 彼女の手が、私から離れる。そして立ち上がり、身なりを整えた。そのさまを、私は寝転びながらじっと見つめていた。

「眠れなかったのか」

「病人とはいえ、眠れるお主を羨ましく思うたぞ」

 そんな気の利いた言い回し、どこで覚えたんだろうね。


 その日から、彼女は進んで私を起こすようになった。

 トオナと一緒の場で眠る事も、少しずつ慣れていった。


 解らないけど、誰かから“そういう事”の知識を吹き込まれたらしい。……大体想像は付くけど。

 ……やめて欲しい。清純で通っているトオナが穢される気がする……いやもう遅いのだけど。

 ……。

 ……本当か。本当なのか。私はトオナと――。

 いやもう過ぎた事だ。トオナも気にしている様子はないし。

 ……。

 良かったんだよな?

 いや、良かったと、思うしかない。


 ……だけど。

 だけどなんだか、頭がぼんやりとして来るのはなんだろう。

 ……私は。

 私はトオナが傍に居る間にも、何か重要なものが頭の奥底にこびり付いているようで。

 それは、ひょっとすると良くない事のように思えて。

 だから、毎夜のように思うんだ。

 いずれ……いや、もうすぐ――。

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