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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
180/287

-2-35 微か過ぎる希望

「どれ程……」

「何?」

 ……小さな声。

 聞くのが怖い。だが訊かずにいるのはもっと怖かった。

「……どれ程エンは……居られるのだ?」

 問い掛けに、先生は少し間を作った。

 先生は言える事ならはっきりと言う人だ。ならばその間は、最悪の事態が“想定されていない”という意味だ。確実という事。一か零か、その判断が今は出来ないのだろう。

「確証を持って言う事は出来ないな、いつ消えてもおかしくはない」

 ――思った通り。確実ではない。まだ消える事は、確実ではない。先生の物言いも、希望に聞こえる。

「だが当たりを付けるとするなら。現実が夢に近付く、眠りの最中だろうな」

 抗える。まだ――。

「では、眠らなければ、良いのか」

「ふう……お前も相当いかれているようだね」

 呆れたように先生は溜息を吐き出す。そう、それは歪んだ希望。だから――。

「人間は眠るものだ。眠る時にこそ安息を覚え、日を終える事が出来る。その眠りを奪ってしまえば、いずれにしろ人間ではなくなる」

 言われるまでもなく、解っている。……そのつもりだった。

 言われるまでは。

 そんな異常にさえ、縋る兆しを見付けたかった。

 それを先生は潰してくれる。無慈悲に、だが正確に。

 先生のそれは、正しい。

 だがそれは、儂にとっては死にも等しい宣告だった。

 如何にそれが万人にとって正しいものであろうと、儂は、間違いである結果が、欲しかった。

 如何なものでも良かった。それこそ、いんちきな占いで言われたとしても、希望を持てたかも知れぬ。

「この先はお前が決める事だ。はっきり言うが、いずれユエンは消え失せる。いや、消え失せていた筈だ。今のあいつは留まる理由が残っているだけで、現実を否定している事に変わりはない。

 解り切っている結末に尚救いを求めるのなら、出来うる限り尊重してやる。期待を裏切られたくないのなら、すぐにでも家に帰って見ないふりをする事だ。知らない間に消えていたならば、傷も小さくて済むぞ?」

 そんなつらい二択さえ、何の気もなしに言ってのける。

 酷い話だ。最初から選択は一つしかないのに。

 最初から、心は決まっているのに。

「……残る」

 力はなく。だが何の抵抗もなく。本当に自然とその言葉は吐き出た。

 先生はふうと溜息を吐いた。つまらない質問をしたものだ、先生も。最初から答えなど決まっておる。

「儂は、エンの傍におる。最後まで」

 当然――何年一緒に居たと思っておる。先生如きに、この想いが解る筈があるまい。

「止めはせんよ。元々私はあれの保護者ではない。だが、忠告はさせろ。お前のやらんとする事は、単なる自慰行為でしかないぞ」

 ――それでも、これは、儂が望む行為――。

「ふむ……そうだな。或いはそうするのもいいかも知れないね。あいつがこの世との繋がりを持てれば、幾らか持ち堪えも出来るかもな」

 え……。

 その、今の言葉に、堕ちていた儂の心が、引っ掛かった。

「……どういう、事なのだ?」

「言っただろう。この世との繋がりだ。その為には自慰行為ではなく、本当に事をすればいい」

 ……本当に、事をする。

 昔ならば、恥ずかしさで固まっていた筈だ。だが、今の儂は――。

「それは……子を生せ、という事か?」

 希望を求める儂は、恥ずかしさを思う事さえもなく。

「保障はせんよ。やらないよりはまし、と言った程度だ。悪くても子は残る」

「そのような事、出来るのか?」

「馬鹿者。種の着床も出来んで何が法術師か。今名のある連中はそうやって己の子をいじくり回し、力を強めさせて来たのだからな」

 今さり気にろくでもない事を言った気もするが。

「まあ、好きにしろ。残りの時間、好きに使え」

 突き刺さる言葉は、だがそれでも、心地良かった。

 この時――断たれていた望みが、生き返って来たのだから。




 ――目が覚めると、いつものようにトオナが傍に居た。

「……おはよう、エン」

「……おはよう」

 ぎこちない挨拶。それもまた一言で解消する。

「うむ、今日も、大事はないようだの。外に出られんというのが疑わしいぞ」

 それは私も疑わしい。だが、絶対安静というのが先生の言い付けだ。それが冗談で言っていたとしても、逆らう勇気は私にはない。

 と、戸の前に居るトオナの傍らに、何やら大仰な包みを発見した。

「その荷物は?」

「ん? ああ、これか」

 その包みを一瞥して、そしてまた私に向かって言う。

「儂はな、今日からここに泊まる事にしたのだ」

「っ、んあ、何?」

「エンを一人にしておくと何やら不安での。正直家から通うのにも時間を喰うのだ。ならば最初からここにおれば解決だ。そうであろ?」

 ……なんだいそれは。

 そんなに酷いか私? 個人的にはいつでもここを出られるくらいには回復していると思っているのに。

 ……見舞いに来てくれるのは嬉しいけど。

着衣きごろもだ。覗くでないぞ」

「覗かんっ」

 突っ込んでから、遅れて疑問が浮かんで来る。

 包みの中は、着衣と言った。それをここに置きっ放しで、動かす気配がない。

「どうしてその着替えをここに持ち込んで来る?」

 思い廻らすより、訊ねるのが手っ取り早い。

「何を虚けた事を……寝泊まるからに決まっておろう?」

「……どこに」

「無論、この部屋にだ」

「って待ておいっ」

 さらりと物凄い事を言って来た。

 ここに――この部屋に泊まる、という事は、なんだ?

 他にも部屋などあるだろうに。広い屋敷なのだから。

 それは、つまり、一つ屋根どころか、

「お主の目付けを任されておるのだからな、万一の際に出来得る限り近くに居た方が安心であろ」

 万一って。

「うう、そういう問題じゃないだろう」

「問題? どんな問題があるのだ?」

「いや、なんというか、体裁とか、健全がどうかとか……」

 動揺しているのが自分でもよく解る。

 ……いや解らないけど、何かが違う。

「案ずるな。先生には許可を貰っておるからの。公認だ」

「いや、親は――」

「儂とて幼子ではない。いつまでも縛られてはおれぬわ」

 意地でも意見は曲げないらしい。

 ちょっと待てちょっと待て。

 こんな奴だっけか? トオナは。

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