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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
176/287

-2-31 くるくるの記憶

・ -Memorys of She!


(―――)



・ -Dreams of You


 うっすらと、日差しに気付いて目が覚めた時。

 私はどこかの、寝床に横たわっていて。目の前には、必死になって私に呼び掛けているトオナの姿が。

 ――ああなんだ、そんな泣きそうな顔をして。似合わないぞ馬鹿。

 お前は、静かに微笑んだり、ころころと顔を変えている方が、可愛いのにな。

 落ち着くよう、頭を撫でてやろうかと手を伸ばし掛けて――大丈夫かと自問自答をする。

 私はあれに触れている。私自身は感染していない――いつも通りの状態に思えたけど、それがトオナにも感染しやしないかと。

 だけど、トオナは既に私の体に触れていた。――ならいいのか。いいか。そう思って、頭を撫でてやった。

 トオナは泣いた。私の為にか。全部なくしたのかと思っていたけど、目の前のトオナは私に抱き付く。……なら、私の頑張りは全てが無駄じゃなかったんだと。

 そう思うと、少しは気が安らいで、また眠気がやって来た。

 眠ろう。

 眠りに落ちて、全部が夢だったなら。そうだったらどれだけいいか。そう思いながら、意識はまた闇に落ちていった。




 病人だと、聞かされた。


 そう。最初私は先生から病人だと聞かされたんだ。

 先生が、「お前はある種の病人だから、絶対安静にしていろ」と。

 そう言って、この部屋に押し込まれ、寝台に寝かされた。起きた時と同じ部屋。……幽閉、隔離、そんな言葉がぴったりなのかも知れない。見た事のない部屋だったもの。窓がある、だけどもそれはとても分厚く、しかも開かないように細工されているようだった。

「ここは……どこですか?」

 先生にそう訊いた。

「どこでもいいだろう。お前はここで、治るまで養生するんだからな」

 はっきりと答える気はないらしい。父さんや母さん、家の事が心配になったけど。

「それも案ずるな。今は自分と、……そうだな、サヅキノ トオナの事だけ考えていればいい」

 ……どうしてトオナの? と思ったけど。よく考えるとトオナはここで目を覚まして初めて会ったんだった。

「……どうしてトオナがここに」

 気にはなった。ここはトオナの家という訳でもないだろうに。

「何を言う。愛する友を思いやるのに理由など要るまい」

「……そんな事……」

 愛するって。そこまでの想いがあるという事はないと思うんだけど。

「なに、恥じる事もないだろう。トオナもトオナでお前の事を純粋に考えているようだからな」

 ……そうなのか?

 そうかも知れないけど。

 だけど……そんな事はない筈。

 だって私は病人だ。

 狂気病の種を抱えているんだ。

 心配なんてされても、詮無い事。

 いずれ、私は――。




 ……眠りの時間は、静かに居る。

 真昼なのに、眠気がある。静かである筈なのに、どこか、耳に障る音が聞こえる気がする。

“じりじり”

 そんな音が、ずっと耳に響いている。

 意識を、かき回す。

 多分、これは駄目なものだ。

 揺らぎ。強固に繋がっているものを、崩してしまうもの。凄く怖いもの。

 そんな爆弾を持ったまま、私は眠りを続けている。

「エンよ。起きて、おるのかの」

 そんな時に、トオナはよくここに来てくれる。私に食べ物を持って来てくれて、起きている時には話をしてくれる。

 だけど、その度に心が痛む。

 だって、私の中の病気が、治っている保障なんてないんだから。

「……何しに来たんだ」

 布団に入ったまま、つっけんどんに言う。寝返りを打って、トオナと反対の方を向く。

「う……」

 声が詰まる。そう、トオナは冷たくあしらわれる事を一番嫌がる。

 解っている。解っているから。怖いなら来なくても。

「む、無論お主の様子を見に来たに、決まっておるであろ」

 その言葉すらも、勇気の要る物言いだったに決まっているだろうに。

 この病気は、呪いに等しい。

 治るものかどうかも解らない。だから先生は、私をここに――。

「トオナ」

「な、何事かのエンよ」

 声を掛けられて、内心びっくりしたんだろう。

「無理して来なくてもいいんだぞ。自分の事くらい、自分で解っている」

「う……」

「治るかどうかも解らない。私は――」

「嫌だ!」

 突然の大声に、私の方がびっくりした。そんなにはっきりと、ものを言えるたちじゃなかったろうに。

 だけどそれでも、私は窓の方を向いて寝ていた。その顔を、直視する事はしなかった。

「儂は嫌だ。エンと離れるくらいなら」

 見えない。だけど私の肩に触ったものが、確かにあった。

「どうなろうが、儂はお主の――」

“じりじり”

 煩い。目障りだ。気安く触るな。

 こいつになんの価値がある。

 只後ろをうろうろして。勝手に世話を焼いて。

 そして今、私の体に抱き付いて包んでいる。

 ……邪魔だ。

 左手が動く。

 顔は見えない。私の横にある顔がどんなものであれ、関係ない。

 肩にある、トオナの手に触れる。

 思いは知らない。今何を考えているのか。どうして涙を流しているのか。そんなものは知らない。

 緩く震える手は、消え入りそうな暖かさだった。

 それはそう――だって、もうすぐ消えるんだから。

 今あるものは暖かい。そして消えれば、それは本当になくなる。

 何か、もうどうでもいい。

 邪魔なものは消せばいいんだから。

 こうやって。

 揺ら――、


 思考が揺らぐ。

 暖かく柔らかい感触。

 手が震えた。

 何を――しようとした。

 今、こいつの手に、手を重ねて、私は、そのあと、何をしようとした?

“じりじりじり”

 鈍い思考。

 ざらざらしたものが、やけに頭の動きを邪魔する。

 ……違う。考えたくないだけ。

 ――思い出せ。それは重要。知るべき事。

 思考がはっきりと現れて来る。まだ鈍い頭。だけど無理やり動かす。

 ――知らないままなら――。

 ――戒めなければ、繰り返す。今度は、

 ――止められるか。

 それを思い至った瞬間――、


 ゆっくりと、トオナの手を肩から引き離す。

「……トオナ。大丈夫だ」

 何が、大丈夫なものか。

「少し落ち着いたら、大丈夫だ」

 自分で驚く。どうして、こんなに優しく聞こえる声をしていたのか。

 なんだか怖い。

「だからごめん。少し、一人にさせてくれるか」

 違う。今すぐ私の傍から消えてくれ。でなければ。

「……うむ。解った……」

 体を離す。視界に窓から跳ね返ったトオナの顔が入ったが、それをしっかりと見はしない。

「元気……出すのだぞ。待っておるからな」

 そのままで、一歩だけあとずさる。

 僅かな間を置いて、振り返って歩き出した。

 部屋の扉が閉まるまで、柔らかく作った笑みを絶やさず。

 閉まると同時に――崩れ落ちた。

 動悸が治まらない。胸が潰れそうに痛かった。

 ――恐い。あいつがここに居た事が、恐い。

 はっきりと覚えている。私はあいつの手に手を重ねて、揺らそうとした。

 その結果――意味を解っていた。

 どうして?

 決まっている。

 消したかったから。

 恐い。

 大切な人を失う事。

 大切な人を消そうとした事。

 それを思い、実行しようとした時、私は――。

 ……それが。赦せなかった。


 あいつは、それでも変わる事はなかった。

 あの時どんな顔をしていたのか。眼では見ていたけど、その絵は記憶に入る事なく消えている。

 おぼろげに。いつも通りの笑顔で。頬に涙が伝っていた。

 この手があるから。この異質な力のせいで、私はおかしく揺らいでいる。

 なぜ私はこうなった?

 なぜ私はこんなになって、生きていられる。

 いつ変わってしまうかも知れないのに。

 なら、いっそ。

 こんなものは――要らない。




 ――夢の中は朱い。

 夕暮れではない。光はなかった。

 燃えている訳ではない。熱くはなかった。

 全体が赤いのに。なぜかそこは冷たい。

 広がってゆく朱。その一つに触れてみると、少しだけ暖かかった。

 触れた手には、まるで絵の具でそう塗りたくったように、それが絡み付いている。

 成程――これは、悪いものじゃないんだ。

 ……只少し、異世界の中のような一色の朱は。

 背筋を撫でるような恍惚を覚える程、綺麗だった。

 あまりにも綺麗だったので、もう少し朱くしようと××を××る。

 より広がる朱。小さく震える体。湧き上がる恍惚。

 私はそれを続ける。

 私の興味が消えるまで。

 或いは、快楽の中で、眠るまで。

 突き立てる。つきたてる。

 面白いように、朱は散っていった。

 やがて、そこからちらりと白っぽいものが覗く。

 なぜだか。

 無性に可笑しくなった――。

 だってそうだ。朱から白が出て来るなんて、とても可笑しい。

 可笑しい。おかしい。

 そんなものが××から出て来たら。

 それは、本当に。

 それがそれでなくなったという、どうしようもなく壊れた証――。

“じりじりじり”

 音が、ずっと止まない。

 止まない音は、一つの形。

 朱に混じる、一つの形。

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