-2-30 決着
奴の頭は、消した。
だけどまた、その開いた部分から薄黒い“何か”が這い出て来た。
蛇のような、触手のような。それが本体だ。これを消さない限り、私達は勝ったとは言えない。
だから、揺らぎを纏った手をその本体に向かって振りかざす。
ずん!
と、その時体が急に重くなった。――重力。自分を巻き添えにして、だけどまだ使えるのか。
“おまえをもらう”。
その野太い声は、誰の言葉か。
重さが掛かる。私の全体が。そしてその下にはウズハヤが居た。額から上を消して、だけどその口は残っていて、
――ウズハヤが、その口を私の口に触れさせた。
「ぬ――!」
“何か”が、口から入って来る。それは多分、駄目なものだ。
「うううううう――!」
揺らぎの手を、奴の顔に気付いた時には、蠢くものはなくて、あとには頭だけのない、黒衣を纏った体だけが横たわっていた。
「ごほっ。うえ――」
地面に手を付き、咳き込む。気持ちが悪い。……だけど、それ以上の変化は起きなかった。
少なくとも、私の感覚では。
解らない。
解らないけど。
感染ってはいない。
自分がちゃんとあって、人間とかを襲っている訳じゃない。
触られ。触れる。だったら。この手で。狂気病を――。
――。
・
……やっと。動かなくなった。
動かなくなったよ。
……。
私は、何をしたんだろう。
エン。
私は何をしたんだろう。
なんでこんな事をしたんだ。
どうしてこんな事をしないといけない。
どうして私、今生きているんだろう。
「ユエン、お前――」
「触らないで」
友が寄る。それを留めた、その事に、留まった事に、なぜか少し安心した、気がした。
「感染るぞ」
そちらを見やって、少し笑んで言った。
なぜか。知らない。一つの答えではないのだろうから。
でももうどうでもいい。
そう思いながら、空を仰ぐ。
――どうして。
――父さん。
――母さん。
――エン。
私はどうして。
――ほんに、お主は虚けよの――。
……トオナ。ごめん。
もう全部――。
――死んだと思っていた。
だけども居た。そこに居る。
エンが、こちらを見て。
「死んだの?」
「え……」
こちらへ来る。しっかり足があって、一歩ずつ踏み出して、
歩んで、手を上げ、
ぐっと、私を押し退けた、
「そいつは死んだの?」
死体に寄る。
手には短刀があった。
それを、倒れているそいつの胸に、心臓に、
ずぶっ、
ずぶ、ずぶ、ず、ぐちゅぐちゅぐちゅ、ぐ――。
……。
「これで死んだよ。多分」
……何度も何度も、刃を心臓に突き立てて、
その上かき回して、血溜まりがどんどん広がっていって、
それでやっと、多分死んだと言う。
……なんなんだこれ、やり過ぎだろう。
動かないものを相手に、
滅多刺しにしてまで。
だけどそう、そうまでしないと。
「狂気病は執念を生み出す。もし、こいつに生き続けたいとか思う執念があったとしたら、これくらいしないと安心出来ないんだよ」
……解らなくも、ない。だけどここまで念入りに殺し尽くさないといけないのか。
もう死んでる事は明らかだったのに。だけど――。
たっと、
突然エンが駆けて、離れていく。
「エンっ!」
追い駆けた。当然。
「待って! 待って!」
居ないと思っていた。居てくれた。それがどうして逃げていく?
居なくなったら、もう、
「なんで逃げるの、エン!」
やっとだ。やっとの事、元凶を倒す事が出来た。
復讐してやる。それが終わった。なのにエンが、それはまだだと言っているようで。
背中を見せる、エンを追う。手を伸ばすけど、まだ届かない。
――す、と。
唐突に姿が、薄れて消えた。
「待っ――」
目の前なのに、居なくなるのは、もう嫌――、
――すう。
「え……」
何かを通り過ぎた。
何かの区切りを越えた。
確かに、これは、結界。アサカエで使うものの。
なんだこれ、見えなくなったのは結界があったから、でもこれは事前に張っていないと、
――目の前にはエンが居た。
どうして。
隠れる必要がない。
隠れたいなら、なぜ追い駆けさせた。なぜ私をここに通した。
……連れて来たんだよ。
一つ結論が浮かぶ。
いや待てそんな事があるか。そうする理由が。
でもそうとしか。
だって、エンは立っている。逃げていたのに、ここから動いていない。
そこに居てくれた。
生きていてくれた――。
――っふふ。