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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
173/287

-2-28 連鎖する虚しさ

 ――逃がさない。

 逃がすものか。あの人は、あいつは、先輩の目を――。

「お馬鹿……お待ちなさいコイコ」

 隣から、かすれるような先輩の声がした。

「せん、せんぱい」

 なんで。先輩は、右目を刺されて、もう、戦えない程に疲れている筈。取り返しのつかない事になってる。なのに。

「アサカエ シエンはもう引きますわ……深追いは、無用ですわ……」

「でも先輩、め、目が――」

「今日、二回もフレイアを撃った……貴方にもう、術力は」

「なくても――」

 もう一度、構える。こんな未熟な私でも、やらないといけない時がある事くらい、解る。

「なくても、こんな事、許しちゃ駄目なんです!」

 源素を、大地から吸い上げる。自分の術力がなくなって、それでこんなものを撃ったらどうなるか、解っている。貰った宝玉で術力を補っているとしても、まだ足りない。……それこそ、命に係わる事になるだろう。

 だけど今、この時には。

 引けない。先輩が、どうなっても止めようとした、あのアサカエ シエンを――。

「おやめなさい、コイコ」

 だけど先輩は、私を止める。怪我人とは思えない、強い口調で。

「貴方の未来を奪ってまで、やるべき事ではありませんわ」

「でもっ、先輩は――」

「わたくしは、すべき事をしたまでの事ですわ。コイコ、貴方は、わたくしに付いて来てくれるのでしょう?」

 ……何も言えない。先輩の言う事は、正しい。だけど、

「貴方は、わたくしを一人にさせるつもりですの?」

「う……」

「わたくしは、まだ生きていますわ。コイコ、貴方は」

 先輩が、右目に刺さったままの短刀に両手を添えて、

「く、ああああああ――!」

 引き抜いた。どうしてそんな、並みの痛みじゃない筈だろうに。

「せ、先輩っ!」

 術を中断して、先輩の傍に駆け寄る。どうして。今それを抜いても、痛みしか――。

「っふ、ふふふあはは――」

 なのに笑った。力はなくだけど、先輩は笑った。

「い、痛みはあろうと、死にはしませんわ。この程度では――」

 潰れた右目から、血が滴り落ちる。その右目があった場所を、先輩は手で押さえる。

「コイコ、わたくしを支えなさい。流石にこれは、つらいのですわ」

 ……先輩が言うのなら。

 私は、先輩の傍にしゃがみ込んで、その左手を肩に回す。そうしてゆっくりと、立ち上がる。

「……これは貰っておきますわ。勝ちの証ですから」

 先輩の右手、目を押さえるそこにはあの短刀があって。その刃は真っ赤に染まっていた。


「エンちゃんっ」

 やっと、追い付いた。飛んで行かれてたら、間に合わなかっただろうけど。

 だけど呼び掛けても、私の方を見もしない。只、ふらふらと足だけを、前に動かし続けるだけだった。

「落ち着こうよお。今回の事、こちら側で最大限手を貸すからさあ。ユエン君も心配してるよお?」

「――煩いよ」

 冷たい言い方、そして、

「どいて」

 その眼は、本気だった。

 今のエンちゃんは、私を障害物として見ている。

 場合によっては――。

「……そんなの」

 そんなもの、まるで、“自分”と同じじゃあないか。

「待ってよお……私のお願いも聞いてくれないのお……?」

 反吐が出る。自分でも解る。でも、それでも言えた。自分は、間違いなく、彼女と、

「――親友、でしょお?」

「煩い――!」

 叫ぶ。その敵意が、彼女に短刀まで抜かせた。

「邪魔してくれるな。あんたも」

「エンちゃあん……」

 声が震えた。

「――怖い? そう」

 その、あざけるような笑みを浮かべているエンちゃんは、私と同じように壊れているふうに見えて。

「怖がるんだ。あんた」でも――、

 ひっ――と、空気が引き込まれた。

 エンちゃんの顔が歪んでいく。怖がるように、私ではなく、それこそ自分が、

「あ――これ、ごめんなさい、怪我、ない?」

 放り捨てた。その刀を。そして、今までそれを突き付けていた胸元、その具合を確かめた。

 錯乱していた。先程とは違うが、それでも、この優しさも、エンちゃんとは違う――。

「あ――」

 動きが止まる。その眼が、私の視線を捉えて――そこでやっと理解した。

 今が、シエン。私の知っているエンちゃんだった。見た事のない姿だったけど。

「――ごめんなさい」

 呟く。泣きそうな声で。

 そして逃げた。


 茫然自失――。

 エンちゃんの走っていく後ろ姿を見ながら、私は只立っているだけだった。

 残った私は、ずっとその方向を見続けていながら、只その場に。

「……駄目だよお……謝っても」

 口元が、自然と少しつり上がった。

 駄目。そんな逃げは許せない。

 何一つ、彼女が謝るような事はしていないのに。


 訳が解らない。だけど、違う。

 今は、何もかもが、違っている。

 ここは一体どこなのだろう。

 自分がおかしくないのなら、

 おかしくなっているのは、自分以外だ。

 全部が全部。

 私は、何をしていたんだろう。

 いや、それより、これから一体、何をすれば――。

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