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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
170/277

-2-25 絶望の形

 神魔の塔。多分最下層。

 ここまで踏み込んで来る人間は、記録上では居ない筈。

 そこそこに広めの空間。そしてそこには、何か黒い、大きな丸い塊が一つあって。

 その前には、

「やっぱり居やがったか」

 一人。全身を覆うぼろ布を被った人間? いや元人間が黒い大玉に手を添えていて。

 私の声に、振り返る。

 キオセ レオイ。あの時からの、因縁の相手。

「変な話だよね。あの時、私が好きだって言って付いて来た奴が、今は完全な敵になってるって」

 だけどそれも終わった事。あの遺跡で死んでしまって、ならその意思を尊重する必要もないんだ。

「さよなら。まあまあな思い出だわ」

 短刀を構え、法術の詠唱を始める。とっとと燃やそう。死体には火葬がお似合いだ。

「現るるは――」

「――ア」

 何?

 こいつ、まだ喋れたりするのか?

「アサカエ シエン――」

 ……私の、名。

 こいつはまだ、私を――。

「やめろ、助けて」

 惑わす気か。

「やめろ」

 短刀を突き出す。今更何か喋ったところで、こいつが敵になっている事に変わりない。

「迷わず消えろ。死体如きが」

 加えて手をかざす。躊躇する事はない。これは只の死体の呻きだ。

「現るるは業火」

 大きな炎の柱が、そいつの足元から膨れ上がる。

 こんなの、只、死んでる筈だった奴が死ぬだけだ。そんなの大した事でもない。

 燃え尽きて、煤だけになれ。

 あいつの呻き声が、まだ聞こえる。

 炎の中で、まだ逃れようともがいているのが見える。

 だけど残念。この業火に包まれて、逃げおおせられるものか。仮に脱出出来たとしても、その時には私の短刀がある。備えは万全。異常なく、確実にあいつは死ぬ。

 そうして、炎の中の黒い影は、動きを止めて崩れ落ちる。所詮その程度だ。このまま灰も残らず燃やし尽くしてしまおう。


 やがて業火も収まる。その時には、もうあいつの姿形はここになくて。

「エンちゃん」

 リイの声。それがこの場に響いて来た。それは、階段をゆっくりと下りて来て、私の前にまで来る。

「なんで、ここまで来たの?」

「そりゃあ、あっしは神出鬼没が売りだからさあ」

 あっははは、とリイは少し笑って。

「ユエン君は、まだ来られないと思うよ。まあ今ここに来ても、エンちゃんの助力が出来るかは微妙なところだろうからねえ。もう疲れ切ってる筈だからさあ」

 その笑顔のまま、リイは真面目な声色になった。

「……そうか。法術師に、なれたんだな」

 いつか私に追い付くと、語っていたエン。その言葉通り、叶ったんだな。

「幸か不幸か、解らないけどねえ」

 私に追い付いた、という目的は達成出来たんだ。そりゃあ幸以外に何があるか。

「ま、お祝いはあとで存分にするとして」

 そう、そちらの心配事はなくなった。それより今は、このデカブツをどう処理したものかと。

 見上げる。それだけの大きさがある、円形の石の塊だ。封印は充分らしいけど、こいつのせいで今回の面倒事は生まれた訳だから、放っておく訳にも。

「さてこれをどうするかってところかな。流石にあっしも、こんなものがあるなんて事は聞いた事ないしさあ」

「ここに来たって事は、手伝ってくれるんでしょう?」

「まあねえ。死なば諸共って事かなあ」

 またもあっはははと、リイは笑って言った。

「とは言っても……」

 この石、どうやって処理したものか。下手に近付かない方がいいっていうのは解るけど。符でフレイアとかをぶっ放す――ってのも考えたけど。

「……崩れるよなあ。ここ」

「大体、何しようとしてたか想像出来るけど、流石に生き埋めは勘弁だねえ」

 どうやらリイには言わずとも伝わったらしい。流石は相棒だな。だけど本当どうするか。私の手の内で、こいつを潰す手段は――。

「そうだね。やっぱり生き埋めかな」

 こいつをこんな上等な所で封印させ続けておく必要はない。なら本当、取り敢えずこの塔をぶっ潰して、全部埋め尽くす。そして私はリイを連れて、塔のど真ん中、空洞を飛んで逃げると。

 うん完璧。全部丸く収まるじゃないか。

 符を、懐から抜き出す。私の持ち得る最高出力の、それを仕込んでいる符。

 フレイアの上位術、エクスフレイア。フレイアが術力の発射なら、これは術力の照射だ。勿論、威力は元の数倍はある。これをぶち込んで、ふざけたものを全部ぶっ壊す。

「ちょ、ちょっと、エンちゃん本気かい?」

「本気。まあ逃げおおせる算段はあるから、心配しなさんな」

 右手を差し出す。リイはおずおずと、その手を掴む。

「――行っくぜえ!」

 符に術力を込める。あとは起動させて、とことんまでぶっ壊して――。


「――そうはさせない」

 突然の、女の声が。

 それは私の側面、右の方から現れた。声と共に、何かが迫って来る感じが。

 敵か? 敵だ。だったら。

「はあっ!」

 突然現れた敵意に、ほぼ詠唱のない術弾を撃ち込む。意味付けは充分でなくとも、人間一人は軽く倒せるだろう。

「無駄」

 だけどその、黒い着物の女の前に薄黒い何かが現れる。

 ぎゃああああ――。

 何か、術弾がそいつに当たって、悲鳴のようなものを上げて、相殺される形になった。

「何――!」

 ……知っている。

 私はそいつを知っている。

 死霊使い。マヤ・ウズハヤ。かつて私達が調査をしていた事もある、敵。

 だからさっき盾にしたのも、こいつが操る死霊って事なんだろう。

 でも、

「こいつ、いつの間にここに?」

 私はこの場の全てに気を配っていた。リイだって、階段を下り切る頃には存在を確認出来た。

 だけどこいつには、その気配すらなかった。最初からここに居たのか、突然に湧いて出たのか。

「考えたくはないけど、そこの中身が危険を感じて呼び出したって事かねえ」

 リイがそう見解を述べる。リイが見ている巨大な石、その中には何があるのか。見た事なんてないけど、それが反則的な手を持ってるって事か?

「……空間転移っての? そんな上等な真似――」

 出来る訳がない。とは思うけど、それくらいしか何もない所から現れる手段なんて――こんな地の奥底まで来るなんて、ないんだよなあ。

「あいつが敵だって事、その石を守ってるって事、それを考えれば」

「成程。このご主人様を守りに来たって事か?」

「そうだねえ。正確にはご主人様が、“守らせに来させた”って事かなあ」

 成程ね。つまりは単なる邪魔者って事か。命令したはいいけど、たった一人しか味方が居ないなんて、寂しいなあ。――ああそう言えば、もう一人居たっけな。とっくに消し炭になってるけどさ。

 ウズハヤが、小さくぶつぶつと呟く。これはまずい、詠唱だ。何かをやらかすつもり満々なんだ。

「リイ、ちょっと離れてて」

 悪いけど、お荷物を持ったまま戦える相手じゃなさそうだ。リイも弱くはないんだけど、一人の方がまだ手間が掛からないだけいい。

「エンちゃん」

「階段の所で見てて。こいつは逃がさない」

 詠唱が終わって、あいつの前に現れたのは先程燃やしたキオセ レオイの姿をしていた。ここで死んだ奴を、早速拾ったのか。

「ふん」

 だけど無駄。半透明のそれを、出て来た直後に術弾を飛ばして潰す。

 そいつの声で、悲鳴が上がる。そして姿がかき消えた。

 そうだ死霊なんてそんなもの。生前の力を、十全には発揮出来る訳がない。

「取り敢えずお前、潰すかな。申し開きはあとで聞く」

 潰したあと、満足に喋る事が出来たら、だけど。

「出来ないよ」

 こちらの攻撃、術弾を喰らわせるも、あいつが死霊を出す方が早い。

 なんでだ。こっちの術は殆ど詠唱を省いているのに。次第に死霊が二体、三体と、数を並べていく。

「貴方には」

 また死霊が出る。これはまずい。埒が明かない。接近戦でまとめて潰すか。

 短刀を真正面に。そいつを潰そうと前に出て――。

「え……」

 手が、出ない。いや出せない。

 だってそいつ、半透明の影みたいなその顔は――。

「……父、さん」

 飛び掛かる勢いを無理やりに殺し、真横に跳ぼうとしてつんのめり転がる。

「エンちゃんっ!」

 リイの悲痛な声が、ここに響いた。

「い、っつ……」

 足を痛めたか。だけど、痛いだけだ。それよりも目の前に居る“これ”の正体を。

 そうして見やると、その間にもう一つ影があった。

 ……カイの姿をした影が。

「……シ」

 そいつらが、何事か喋る。

「シ、エン――」

 ……私の、名前。

 只喋っている訳じゃない。それらは短刀を持って、ゆっくりと私に歩んで来る。……私の知ってる声を口にして

「う……」

 直視出来ない。顔が下を向いた。あの苦しみに歪んだ顔。その声はもう、間近に迫っていた。

 耳も塞ぎたい。だけど、戦場で両手を使えない、なんて事は愚か者のする事だ。

 ……私は、そこまで愚かしくはない、つもりだ。

「……リイ」

「あ、何かなエンちゃん」

「逃げて。とっとと行って。私がまだ――」

 理性が、埋もれてしまう前に。リイまで巻き添えにしないように。

「え、エンちゃん」

「とっとと行けって!」

 私はもう、どうなってでもこいつらを潰す。その為には、半端な戦力は邪魔でしかない。それが、リイであってもだ。巻き込む事も、本意じゃない。だけどこのままだと――。

 躊躇するように、リイが動く。見なくても、空気の流れでそれくらい解る。

「……帰って、来てよねえ」

 それだけ言って、リイは階段を駆け上がっていった。

 そうだそれでいい。

 こいつだ。

 こいつがくたばれば、全部が消える。

 父さんの姿も、カイの姿も、全部。全部。

「……潰れろ」

 エクスフレイアの符をかざす。目の前の何もかもを、消し去る為に。

 それだけだ。あとの事は――。

「纏めて消えろ」

 ぶっ放す。

 ……少しして、塔の崩落が始まった。

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