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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
二話目 直情的彼女
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1 1-14 人助け

 ……とはいえ、私はこの町の地理などさっぱりだ。どの道を進めば病院、或いは診療所があるのか解らない。

 解らなければ、こいつを助ける事も――。

「ああ……道案内くらいなら出来るよ。その前に僕が死ななければ、という但し付きだけどね……」

 なんて息も絶え絶えに言われながら、この身には少し重いその体を引きずっていって、診療所へと歩みを進める。

 道中、「多少の痛みは我慢するよ」と女は言ったが、流石に連れて行く方法に困ってしまう。

 背負う。無理だ。脇腹の短刀が邪魔になる。だからといって今それを抜くなんて論外だ。出血が酷くなる。止血手段も今はない。最悪出血多量でここで死ぬ。

 前に抱え歩く。出来れば良かったが、それも無理だ。私の腕力的な問題で。

 結局、肩を貸して一緒に歩いていく事になった。右脇腹の短刀がどうしても気になったが、安易に抜く事も出来ない。詮無い事なので、せめて触れないように左側から支える以外になかった。

 雨というのもまずい。体温が下がってしまう。体力の消耗も鑑みて、出来うる限り早くに治療の出来る場所へと行きたい所だが……塩梅が難しい。速く歩くとこの少女の負荷を大きくさせてしまう。それに気を遣いゆっくり歩くとなれば、今度は少女の命が保てるかどうかという問題になってしまう。出血の方も問題だ。間に合うかどうかが怪しくなって来る。

 傷を気遣い、ゆっくりと道を進んでいく。どうやら案内は的確だったようで、どうにか意識のある間に診療所へと辿り着いた。西方文化の流入などお構いなし、とでも言いたげなぼろっちい木製の建物だった。そこまで来れた頃には少女は汗がびっしょりで、目も虚ろという、本当いつ死んでもおかしくない状態だった。

「っふふ、いよいよ最期の時が見えて来たかな……頭がぼやけて、今にも意識が消えそうだ……」

「そんな事を言うな。やっと着いたんだぞ。これでお前が死んだら無駄骨もいいところだ」

 その診療所の木の戸を叩き、現れた初老の医者――その爺さんは最初、私を見るなり露骨に嫌そうな顔をしたが、私が肩を貸す少女の方を見て物凄く驚いてくれた。

 繰り返すが、脇腹に短刀が突き刺さっているのだ。

「助けてやってくれるか」

 その後は何も言わずとも、その医者はしっかり動いてくれた。すぐさま手術の準備をと、少女は暗い奥の部屋へと運ばれていく。

 そうして私は取り残されていた。それはそう、あの少女を医者の所に連れて行く以上に、私に出来る事など何もない。

 あとは医者に任せて出て行こうとしたのだが、そうすると後ろから呼び止められた。

「保障がないんだから残れ」と。

 それはまあ。運んで来たのは私だし、あいつに金がなかったら医者だって商売にはならないだろう。どんな善意で医者などしていても、金が入らなければ生活出来ない。それは解る。

 だがこれは完全にとばっちりだ。私はいい事をした筈なのに、この世は善人も馬鹿を見る仕組みなのだろうかね。

 最悪。

 行き着く所まで行ってしまうのは嫌なので、不本意ながら留まる事にした。表向きにはあいつの付き添いとして。勿論裏では保証人だ。または人質。

 こんな最悪な時には茶でも飲んで呆けているのが一番いい。その時だけは嫌な事、ろくでもない事、何もかもを思考の脇に置いてすっきりしていられる。

 通り掛った看護婦一人を呼び止めて、私は茶を所望した。

 そうして、ぼけっと。外から聞こえる雨の音を聞いていながら茶をすする。

 暗い診療所の中、椅子に座って美味い茶を飲んで時間を忘れている。

 彼女は手術を終えても、しばらく目を覚ましそうになかった。




 うとうとと……いつの間にやら眠っていると、医者の爺さんに叩き起こされた。

 患者が目を覚ましたから、会ってやれ、と。

 無愛想な医者だった。だが治療は成功したらしい。有能な医者ではありそうだった。その辺りで言うならば、あの少女は幸運な部類に入っていたのかも知れない。生き延びた、そういう意味では。

 病室への途中、暗い廊下を歩いていく。外からはまだ雨の音がしていた。


 とんとんとん。

「具合はどうかね」

 三つ戸を叩いて、声を掛け彼女の病室に入る。少女は床の布団の上に寝かされていて、顔を見せた私に向いてにっこりと笑んでみせた。

「やあエン君。お陰で僕の体もいい塩梅に回復して来たよ。君に身を捧げる準備もあと少しで出来そうだ」

「はあ、実に元気そうで何より」

 ――と、待て。

 そこで一つの違和感に気付いた。

「エン君だ?」

 こいつの前で、その名を喋った事は一度もない筈。

「何かおかしな事でも?」

 いやこいつ自身よりおかしなものなど滅多にないだろうが。しかしおかしい事に変わりない。

「どうして、私の名を」

 診療所に拘留されている間も、責任追及されるのが嫌だから医者や看護婦などに名前を言ってはいない。誰かから聞けない上、私も言っていない。なのになぜこいつは知っている。

「っふふ。そうだね。僕だけが知っていて君が知らないというのは公平じゃあない。ふむ、では一つ自己紹介と行こうじゃあないか」

 寝ているままだというのに、この超強気的態度。先程まで死に掛けていたとは思えんな。

「僕の名はツヅカ サキ。性別は女。年齢は多分君と同じくらい。君に命を助けられて、今後君の所有物になる予定の人間だよ」

 欲しくない。怪我が治ったならばその時は是非とも堅気の生活に戻って貰いたい。変人の道からは足を洗うべきだ。

「元より君に会うつもりではいたんだ。幾つかの不幸の結果、大分違う形で姿を晒す事になってしまったけれど、結果的には問題のない事だよ」

 問題があり過ぎる。私に会う為だ? その結果死に掛けていたんだぞ。あまりにも釣り合わない。やはりおかしな事になっているのか。

「どうして私に関わる事になっているのかね。初対面の人間に? 命まで張って?」

 どう考えても意味が解らない。大体なぜに私なんだ? もっと強い奴とかいっぱい居るぞ? 記憶だってスカスカなんだから、何か秘密の情報を持っているとかもないぞ多分。

「それは君だからだよ。君に会って、こうして助力を乞う為に僕が居る。単純明快じゃあないかな?」

「素性の解らん人間に頼られるのもどうかと思うがな」

「っふふ。じゃあ僕の素性を知れば、考えも変わるのかな」

「多分、変わらんとは思うんだが」

「多分、か。なら多分変わる事もあるかもだね」

 妙な言葉遊びだ。確かに話次第で気が変わる事もない訳ではないのかもだが、可能性としては非常に低いものと考えて貰いたいな。

「僕は一応は外交官の身だけどね。実情は諜報員でもある。この国の裏側に属する人間だよ」

「ちょっと待て」

 あっさりと喋ってくれたが。大丈夫なのかこいつ。いろんな意味で。

「なぜにそんな大層な。そんな重要な事をべらべらと喋っていいのか」

「一応気は遣っているつもりだよ。本名がばれて個人が特定されたら大変な事になるからね。だから偽名があるんだ」

「ツヅカ サキも偽名だと?」

「そうさ」

 あっさりと認めた。

「そういうのは、機密情報とかにならないか?」

「禁止はされなかったからね。言ってはいけない、とは指示されなかった」

 いやそれは基本ではなくないか? わざわざ注意しておくまでもないとか、そういう類の事では。

「解った。機密情報云々はまだいい。だがそれを会いたいと言っていた当の本人の前で言うものか?」

「そうだよ。僕は君を信頼しているし、信用もしている。証が欲しいのなら僕の純潔をあげてもいいよ」

「いや欲しくはないんで別に」

「ふむ、女の子のえろちっくな誘いを無下に断るとは、もしや妙な気があるのかと心配になるよ」

「妙な気がないから断るんだ」

 女を買うにはまだ早い年齢だろうし。そもそも買う気などさらさらないのだし。そんな金もない訳だし。

「考え方の違いだなあ。まあその辺りも、今後の交流の課題にしようじゃあないか」

 まだ関わって来る気かね。確かに私は命の恩人で感謝されるに値する身ではあるが。行き過ぎたそれはありがた迷惑と言うのだ。

「何やら平穏な日常からどんどん遠ざかっていく気がする……」

「っふふ、まあ観念して今を受け入れ給え。人間の思考なんてそうそう変わりはしないよ。そう、ツヅカ サキは死ぬまで治らない」

「それ、多分良くない意味だからな」

 一応突っ込みを入れておく。

「でも、君ならツヅカ サキを殺せるかもね。心を揺らし、奪ってくれる。その時僕は生まれ変わるんだよ。君だけを思う肉奴隷にね」

「さようなら。短い付き合いだったな」

 後ろを向く。それで喜ぶ輩も居るんだろうが、少なくとも一般平凡であろう私として、そんな重たい愛は断固拒否させて貰う。

「っふふ、冗談だよ。まあ待ち給え、しばらくは気楽な友人関係で過ごしてみようじゃないか。僕はそこまで見境がない女でもないよ。君がそう望むまでは、いいお友達で居て欲しいなあ」

 望みはしないぞ。友達が要らないという意味ではないけれども。

「……まあいいがな。変な事さえして来なければ」

「君が嫌がる事までする気はないよ。僕は只単に一途なだけさ」

 人、それを突っ走りと言うんだ。

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