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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
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-2-22 黒衣の女

 キオセ レオイを追って、町の外にまで出ていく。どこにまで行くのか、奴の術力、その痕跡を辿っていくと、町のすぐそば、あまり高くない――高い所は崩れていて、大体人三人分程度の高さしかない、とある曰く付きの塔に続いていくのが解った。

 近付いていく。ここには本来、厳重な結界による封印が施されていて、誰も立ち入れない筈。

 だけど、私の見立てではその封印に僅かながら綻びが見える。

「やっぱりエンちゃん、ここに来るって思ってたよ」

 神魔の塔。立ち入り禁止の筈のその真ん前で、白い長袖の西方服を着て、黒く長い洋袴を履いている女が。

「……リイか。やっぱりあんたの見立てが正しかったよ」

 試験前、リイが報告を受けたという、死んだ筈の男。今回の件、そいつが裏で動いていたという事は明白だ。

「そう言う――って事は、何かしらの接触でもあったかな?」

「うん。わざわざ向こうから来てくれたよ。自分でぶっ壊した出口の門を使ってね」

 まったく手の込んだ事だ。私を一人にする為に、試験を丸ごと利用してくれたなんて。

「キオセ レオイは只の傀儡だよ。自分の意思があって動いていた訳じゃない」

 そう、そこは引っ掛かっていた。動く死体が、自分の意思を持って動けるのかって。

「だろうね。そう思ったよ。死体を動かせる術師が居るってのは、昔聞いた事があるからさ」

「そうだよ。その犯人がマヤ・ウズハヤ。昔エンちゃん達が調査していた死霊使いさ」

 死霊使い。西の国ではネクロマンサーとも呼ばれる外法使いでもある。死体を操ったり死霊を使い魔のように動かしたり、とにかく死に関連する能力に特化した術師。

「裏に居たのが、そいつか。なら事前情報通り、教会絡み?」

 そいつも元はワヅチの人間だ。だけど国を裏切り、今はどこぞの教会に身を隠している筈。名前がウズハヤ マヤではないのは海向こうの国に亡命したが故の事だ。

「いいや、流石に狂気病関係の事を教会が許す訳はないでしょお。この件はその女がやらかした、完全な独断だねえ」

 独断、か。そんな言葉で不祥事を切り捨てる訳だ、教会ってのは。

「……奴らはどこに?」

「それは捜査中。でもやっぱり本能的に、神魔の塔に篭ってるんだと思うけどねえ」

「そう」

 言葉は短と。どのみち奴らは危険だ。どこかで被害を増やす前に、片付けておく必要がある。

 故に、足を踏み出す。

「行くのかな?」

「当然でしょう。落とし前ってものを教えてやらないと、世の中規律は成り立たないんだからさ」

「無断でここに入るにも、罰則があるんだよ?」

「面倒になりそうなら、事後処理は頼むわ」

「まぁた簡単に言ってくれるねえ」

 リイを通り過ぎたあと、後ろから呆れたような声が聞こえた。

「あんただから信用してるんだよ」

 そう、その為に私はリイとの付き合いを続けているようなものなんだから。


 エンちゃんが塔の中に入っていく。そのさまを見送って。

「……やっぱり、本当の事は言えないよねえ」

 一人呟く。

 そう、言える訳がない。

 その死霊使い――マヤ・ウズハヤが、エンちゃんの神社を襲撃していたなんて。

 そして、もう全部が手遅れになっちゃってるなんて事も――。

 勿論、そんな事はすぐに解る話。それこそ今日のうちにも解る事なんだろうけど。

 ……まだだ。もう少しは、何も知らないままで動けるようにいて貰わないと。でなくばこの件、収める事は出来ないだろう。

「――さてと」

 用事の片方は済んだ。恐らくエンちゃんならば、“この件に関する解決”はしてくれる事だろう。

 あとはもう一人――いや、あの三人組にどう接するか。もうすぐここに来るんだろうけど、その前に対応の仕方を考えておかないと。

「……本当、損な役割を引き受けちゃったねえ」

 果たして、ユエン君はエンちゃんよりも強くあれるんだろうか。

 戦いという意味でなく、心の側の意味として。

「――あら、貴方――」

 そこに、思いもしなかった女性の声が聞こえた。

 背後に誰かが居るのは解っていたけど、そうか。彼女もエンちゃんに因縁のある相手だったっけなあ。

「貴方確か、アサカエ シエンの付き人のような人でなくって?」

「その認識はちょいと違うねえ。リリムラ クグルミさん」

 付き人じゃない、愛人だよ。と言い掛けてそれは留めておく。この国では、そうした概念、文化がまだ浸透していないから。

 声の方に振り返ると、衣の上から長い外套を羽織っている、そして腰まで届く赤髪の女の姿がそこにあった。

「……久しぶりに、ちゃんと名前を呼ばれた気が致しますわ」

 そうだよねえ。みんな憶えづらい名前だって。特にエンちゃんなんかはからかい交じりに自然に間違えていたからさ。

「エンちゃんを追って来たの? あいにくあの子は取り込み中なんだけどさ」

「解っておりますわ。アサカエ シエンはこの中に居るのでしょう」

 リリムラ クグルミが塔を見上げる。と言っても、上に伸びている側は本来の半分程が崩れ落ちてしまっていて、そう高いものではなくなっている。問題は、地下に伸びている方にあるんだ。

「今乱入されても、困る事にしかならないと思うんだけどねえ。エンちゃんにとっては迷惑にしかならないですよお」

「わたくしがそんな空気を読まずに動く筈がないでしょうに」

「はあ。ユエン君は迷惑そうだったけどねえ」

「敢えて、ですわ。どのみちアサカエ シエンとは戦えなかったものですから」

「成程ねえ。愚者を演じてユエン君に付き合っていた訳だ」

「っふふ、意外と見られるかもですが、奢り騙る事はそう苦手ではありませんの」

 いたずらっ子のように、微笑みながら、リリムラ クグルミは言った。それは今までの態度は茶番であったのだと。何も知らないふりをして、ユエン君に構っていただけだと。

「アサカエ ユエンも法術師となりました。もう加減をする必要もありませんわ。立場は対等ですもの」

「空気は読めない筈がない、じゃあなかったですか?」

 今、報告ではユエン君もこちらに向かっている。あとの二人も、一緒に行動しているみたいだけど。

「勿論。全ては事が終わったあとに、ですわ」

 すらりと背の高い彼女は、崩れてしまった塔、その入口に陣取るようにして、塔のてっぺんを見上げていた。時間は夕暮れ時。赤くなって来た光が辺りを照らしていた。


「……流石に、塔の奥まで入った事はなかったな」

 一人呟きながら、暗い塔の下部を目指して螺旋状の階段を下りていく。中心の方は、ぽっかり開いた空洞になっていた。足場も良くはない。光を現す法術を右手に付かせ、左手は石壁を支えにする格好で、終点へと向かう。

 調査の為、塔を登った事はあるけど、反対の地下部分はその構造さえ知らない。というか、何やら危険なものが封じられている、私の認識もその程度だ。どれだけの深さがあるのかさえ、解らない。

 ……もしかしたら、キオセ レオイはその地下、最下層を覗き見ていたのかも知れないな。死んでしまう前に。

「鬼が出るかー? 蛇が出るかー?」

 或いはその両方共か、それ以上の化物でも出るのか。狂気病が絡むとなれば、嫌な予感しかしないというのもあるけど。

 ゆっくり、ゆっくりと階段を下りていく。足音も立てないように。静寂が崩れると、そこで何か嫌な事が起こりそうな、異様な雰囲気だった。

 ……嵐の前の静けさ、なんて言葉があるように。もしかしたら――。

 その時、風が。

 いや、空気の流れが。それが下から上に吹き上がって来たように感じた。

「……まさか」

 階段から身を乗り出して、下の方を窺う。

 暗い暗い穴の底。そこから何か、妙なものがせり上がって来る感じが。

「なに?」

 ごう、という音と共に、黒い何かが沸き上がって来た。

 それは、羽のある人型の化物達。それらが突然、一斉に空洞から地上に向かって上がって来た。それらは私を認識していないのか、私の居る場を通り過ぎて、更に上へ。

「くっ、待てお前ら!」

 符によるフレイアの術。それを構えようとしたけど。

 ……焼け石に水、か。

「く……」

 構えを解く。今一匹二匹、或いは十匹程度を倒せたとしても、それじゃあ全滅させるまで程遠い。

 それに、この螺旋階段は足場が悪い。もし宙に浮くあいつらに気付かれて一斉に襲われたら、流石に分が悪過ぎる。触れられて感染してしまう危険性も、充分にある。

 勿論、上に居る連中にとって、数は少なくなるに越した事はない。だけど、その為に自分の戦力を削る事、それこそ無駄と言える行為じゃないのか。

 この下に、どれだけの戦力が待っているかも解らないのに。

 ……だけど。

 奴らは空に上がっていったけど、逆に考えれば、それだけの戦力を外に向かって放った――即ち、今この地下はかなりの手薄になっている、筈。

「頼むからな。妙な化物は置いといてくれるなよ?」

 いや妙な伏線を待っているとか、そんなでなくて本気で。

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