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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
164/287

-2-19 遅かった“全て”

 ――朱に染まっていた。

 日も。空も。雲も。地も。草も。

 今までに見た事がない程の、朱だった。

 そして、あまりにも紅い空の下。

 町の外れの小さな丘、私はある一点を見つめて、只立ち尽くしていた。

 そこは、町より少し離れた場所。

 海が近く、小高い丘に囲まれ、近くには大きな森もある。

 ……私の家がある筈の場所。私達の祀る神社があった筈の場所。

 それがまるで影のように黒ずんでいた。

 朱に染まった空間の中、只呆然と立ち尽くすしかなかった。

 しばらく経って、私は家に向かってゆっくりと歩き出す。

 目の前の現実から考えられる最悪の思いを払拭する為に。

 もしかすると、今みんなはどこかに出かけているのかも知れない。

 何かあったとしても、みんなはどこかに避難しているのかも知れない。

 あれ程強いメイスケやカイさんに、もしもの事なんてある筈がない。

 そう思っていた、思おうとしていた。

 ゆっくりと、その場所に近付いてゆく。

 ……その場所の前には、布のような……いや、よく見てみると干し掛けられた幾つもの衣服があった。

 元の色が解らない……取り込まれてもいない衣類は、元の色に関係なく、朱かった。

 それらを通り過ぎた先に、あの子らが戻って来る筈の場所があった。

 そこは、あの時のような白ではない。

 どす黒く変わっていて、扉はなかった。


 その朱が、果たして夕焼けに染まった色だったのか。

 残り火が未だ燻る色だったのか。

 それとも××だったのか。


 理解出来なかった。

 憶えているのは、全てが終わってしまったあとに、

 只立っていた私を、誰かが見付けてくれた事。

 そして誰かが、それを処理している所。


 空が朱い。

 ここは朱い。

 濡れる事のない雨のように、纏わり付く。

 朱い雲。

 晴れる事はない。

 私には、晴らす事は出来ない。

 鮮やか過ぎる朱だった。




「――メイスケっ!」

 トオナに呼ばれた私はやっと、彼の居る道場の所にまで辿り着いた。

 事情は聞いていた。心の準備はしていたつもりだった。まさかと思い、冗談を願った。

 だけど、

「――ぐ、ぎ」

 私が呼んだ時、彼はもう、薄黒い土色の肌をして、まともな言葉さえ発する事はなく。

「……嘘、ですよね、メイスケ――」

 そう呼び掛けても、彼は只こちらを見据えて、歯を剥き出しにするだけで。

 ――ああ、そうだ。狂気病になってしまったら、もう――。

 やるしかない。

 やるしか。

 小刀は持って来ている。長い刃の得物もある。

 今だ。

 まだ大人しいうちにやらないと。

 やらないと、やらないとやらないとやるしかないやるしかやるしか殺るしか、

 でないと――。

 だけど、

 動けない。

 狂気病になったとしても、彼は、メイスケは、私の――。

 そう、ためらう。

 ためらうに決まっている。

 ――その時、彼が一歩前に歩み出た。

「ひ――」

 思わず声が漏れて、小刀を眼前に構える。

 そのまま、一歩あとずさる。

 彼の顔は、もう人の表情をしていなくて。

 そしてこちらに来るという事は、もう狂気病としての本能で動いているしかなくて。

 寄って来る。

 更に、あとずさる。

 怖い。

 彼はもう、優しいメイスケじゃない。

「ぎ、があぁ……」

 言葉ではない、声。

 冷や汗が流れる。

 一歩。一歩。彼が歩いて近付いて来る。

 その分、後ろに下がる。

 私の背中が、壁に触れた。

 逃げるなら、今が最後、だけど。

 ――小刀を持つ手に、力を入れる。

 彼の手が、前に出される。

 もうすぐ、それは私に触れるんだろう。

 それはいけない。そうすれば、私が感染するだけで終わってしまう。

 彼を救えない。

 覚悟を、しないと――。


 ――その時。

 彼の、体の前に突き出された右手が、

 ゆっくりと戻って、

 自分の胸を指すようにした。


「う、うあ……」

 なんて事――。

 彼は、喋らない。

 いや、もう喋れない。

 だけど、伝えている。

 自分の胸、心臓を刺せと。

 そして、私の目の前で、歩みを止めていた。

 多分、それは無理やりに。意思とは関係なく、彼の意志によって。

 ……やれと、

 やれと、彼は言っている。

 私に対する、最後の願いを。

「あ、う」

 彼は、

 狂気病になって、意識が消えてしまっても、まだ――。

 手に、力を込める。

 小刀を、前に突き出す。

 そして、

「うううう――!!」

 ――。

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