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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
162/287

-2-17 “揺らぎ”の左手

 ……その時は、突然目が覚めるような感覚があった。

 いや、それは少し違う。

 起こされたんだ。

 眠っていた。

 まだ寝ていたいのに。

 目の前の煩く鳴く獣どもは、それを認めてくれない――。

 ――怖い。

 こいつらは怖い。

 居なくなってくれないと、ずっと怖い――。

 掴まれている。

 掴まれている場所は、死んでいる。

 放して――放してくれないと、ずっとそこは死んだまま――。

 嫌嫌嫌、死にたくなんてない。

「……消えて」

 そんなものは消えて欲しい。今すぐ消えてくれないと、本当に全部死んでしまう。

“じり”

 雑音。

 私の深くに入り込んでいたそいつが、私の現す通りに、そこから消滅する。

 邪魔だったものがなくなった。良かった。これでやっと死んでいたものが生き返る。

 でもまだ。まだ目の前の死が消えただけ。周りにはまだたくさん××が居る。それが全部――。

 死ね。死ね。死ね。

 そんな声を掛けて来る。

 お前なんて死ねと。殺されろ。食われろ。肉は肉らしく食卓に並べと。俺達私達の餌になれと。

 眼が語っている。

 腕がなくなっている奴の眼が、一層私を強くねめつけている。

 ――怖い。

 殺される――。

 このままだと殺される――。

 こいつらが居たら、

 ――こいつらが居る限り、

 恐れに責められたまま――ずっと。身も心も、侵し尽くされる。

 ――こいつらが居る限り、

 こいつらが居る限り、

 ――こいつらが消えてなくならないと、いずれ私が殺される。

“――!”

 叫んだ。

 声にもならない声。

 どこかへ消えてくれないと。

 とにかく、離れてくれないと。

 だから私は、私の守り、

 この障壁を吹き飛ばした。

 仮にも化物に対して、僅かなりとも持ち堪えてくれた障壁。

 それを一気に膨らませれば、鉄板に激突するように吹き飛ばせるだろう。そう思って実行した。

 当たる、一つ二つ三つ四つ五つ、五つの形が、まるで津波にでも押されるように、次々に叩かれ飛んだ。

 ――成功した。

 逃げられた。離れられた。

 それでいい。取り敢えず、“今”は離れてくれただけでいい。

 それでもまだ怖い。

 守る物がなくなったんだ。時間が延びただけで、このままでは先は変わらない。

 消えてくれないと。

 逃げ延びる為には、こいつらが消えてなくなってくれないと――。

 ――でも、あちらが、あちらから消えてくれないなら、

 延びる為に、消さないと。

 ――そう。消えてなくなってくれないなら。消してなくさないと。でないと死ぬ。

 一つ。二つ。三つ四つ。五つ目は、腕がなくなっている奴。

 消えて欲しいと願って、消えてくれた奴――。

 それと、後ろに、あと二つ。

 全部――なくさないと、逃げられない――。

“じり”

 また雑音。

“じりじり”

 ――そいつらはあと回し。弱そうだし、ずっと――背中を見せてしまっていたのに、まだ襲って来ない。そんな弱いものはあとでいい。

 それよりも、前に居る奴らの方が怖い。

 怖いから、消す。

 駆けて、向かっていく。そして今まで掴まれていた――死に掛けていた左の手を、一つ目の怖い奴の胴に当てる。

“じりじり”

 雑音と共に、触れた部分が通り過ぎる。いや、正確には触れた。触れた部分が一瞬で消えたから、通り過ぎたように感じただけだ。

 肉が大きく削られていく。一つ目に続いて、二つ目三つ目にも、おなじように左手をぶち当てる。

 ――消えてくれるこつが解って来た。

“じじ”

 雑音。

 雑音は空白。

 本来ならなかったもの。調和にはないもの。認識の出来ないもの。

 それをぶつけるようにしてやれば、雑音に混ざるように、そこが空白になり、削れてくれる。

 あとは動くだけ。左手が通りさえすれば、何が相手だろうが、どんな形だろうが、その部分は消えてくれる。

 体を動かし、化物に次々触れていく。触っていくだけの事だ。とても簡単な事。

 ――そして、蠢く化物は全部消えた。動いていない二人が居るけど、それも――。

“じじ、じ、じ――”

 しばらくして、やっと、

“じ――――”

 この雑音が、物凄く怖い事に気付いた。

「ひ――あ――!!」

 悲鳴が上がった。

 消すだけでは足りない――。

 こいつが、消せる事が解ってしまったら、

 次に消されるのは私――。




「は――」

 突然の、目が覚めるような感覚。化物に襲われた、そしてそれをなぜだか殲滅した、何か、不可思議な力を扱えたような気がした、そして今、後ろには傷付いた二人が居る。

「シズホ! イスク! 大丈夫か!?」

 呼び掛ける。しばらくして二人はその意識を回復させた。

「あ……ああ……っ!」

 気が付いた途端、イスクがあとずさって身を固くする。

「おい、おいしっかりしろ。私だぞ」

「あ、ああ……」

 怯えたような様子だった。だけど、呼び掛けると少しずつ落ち着いて来る。

「化物は片付けた。取り敢えずもう危険はない。大丈夫か?」

「ああ、なんとかな……けどお前……?」

「なんだ?」

「いや、よくあいつらを倒せたな」

「ああ。でもまだ奴らは居る」

「ここも……安全じゃない」

 今まで黙っていたシズホが口を開く

 シズホもまた、落ち着きを取り戻していた。だけど、目の奥に僅かに怯えを見せている。変な話だ。もう脅威は見えないというのに。

「どうする……? こんなの聞いてないぞ。くそっ、こんな死に掛けるようなもんだった。のか……?」

「幾らなんでもそんな筈は……」

「あいつら何してるんだよ……危険があったら救助が来るんじゃなかったのかよ?」

 イスクの言うあいつらというのは、試験官である先生達の事だ。

 イスクは他人を敬うと言う事をあまり好まず、例え目上でも敬語を使う事は、形式を除いては殆どなかった。

 例外は、自分が本当に敬うに値すると認めた者――例えばエンくらいのものだった。

「ずっと監視はある筈だ。こんな事になって来ない筈が……」

 ここに来る前の説明の際、万一危険があれば、直ちにその候補生の試験を中断し、試験官が救助に来ると言っていた。

「ならこれが試験なんだろ。ふざけやがって」

 確かに、試験官が試験続行可能と判断すれば、納得も出来なくはないけど……。

 だけどやけに引っ掛かる。何かとんでもないものの動きがあるようで。

「……違う」

 突然シズホが呟くように言い、立ち上がって走り出した。

「おっ、おい! シズホ!」

 イスクが呼び止めるが、止まる事なく。

「……まだ化物は居る。追うぞイスク、一人にしたら駄目だ!」

「くそっ!」

 木々の奥に消えるシズホを、私達は追い掛けて走った。

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