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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
160/277

-2-15 死んだ形

 人が知り得る自身の死の形。

 それを想像してみた時、現れるのは只一色。黒しかない。

 なぜなら黒は闇の色。闇というものは、人にとっては知覚出来ない、想像の出来ない恐怖の対象。

 暗闇の中を見通せないように、人は想像出来ないものを見通せない。

 単純なものだ。死というものは一つの黒。只そんなものに私達は、生物として最も優先される感情の一つである“恐れ”を現す事になる。

 まったく――なんて単純。

 腹を空かせたから物を食うより。異なる性を見て欲情するより。深い眠気に耐えられないより。

 もっと単純な一つの意思が、理解出来ない一つの形と同等なんて。


 でもね。死の形が黒というのは、それこそ単純な発想。

 死ぬという事は、命がなくなり零になるという事。或いは死という一の形になる事と同義。

 そこには一つしかないのだから、黒か白なんて相対的な色がある筈がないじゃないの。

 一つの色に染まった世界に、二つがないと示せない色なんて、ありはしない。

 あるとすれば――そう、もっと盲目的な、安らぎ……と言ったところか。

 いや、そもそも人に死を理解させようと言うのが間違いだ。

 知りたいのなら、せめて一度は死なないと。




 ――何が起こったか。だけど確実に、事態は悪い方向に向かっている。その時になって、私は全てを悟っていた。

 己の知り得る者達の結末。

 家族の結末。

 自分の結末。

 そして、エンの結末も。

 全ては考えていた最悪な方向に進んでいた。

 既に起こってしまった事……そしてこれから起こる事は、最早自分にはどうする事も出来ない。

 それは自身の脳内に直接刻み込まれるような直感。

 絶対。

 ――結局、こうなってしまう。

 例え自分が手を下していなくても。

 もしかすると、リイの忠告を無視していたとしても、結果が避けられるとは思えなかった。

 これは、確定事項じゃなかった。只奴らが確定させるだけの行動を示しただけだ。

 だからこそ、これは自分の負け。いや寧ろ――ある意味では勝ちかも知れない。自分の手で決着出来なかった、それが残念ではあるけど。

 だけど、

(あいつなら――)

 ――それだけなら、或いは、まだ直す余地があるかも知れない。まがりなりにも血を分けた弟だ。

 そう思い立った時、私は己がするべき事を実行に移すしかなかった。今、私のする事が出来る、唯一の事。

(エン――)

 切っ掛けさえ与えれば――先生の言った事を全て信用する訳ではないけど、それでも私達がアサカエ “エン”ならば、やってみる価値はある。

(あいつに――)

 やらないよりは、遥かにましだ。少なくとも、こんな形で終わるくらいなら。

(どうか、)

 それが、今私がしてあげられる事。只一つ、願える事だった。

(エンは、生きて)

 生きて貰わなければならない。

 少なくとも……私が××までは。

 もし、その前に私が死んだら、その時はエンに認めて貰おう。

 ――ああ。可哀想に――。




 死に包まれたものは、全てに等しく死を与える。

 不公平でも不平等でもない。

 万物に等しく与えられる只一つの絶対。

 死は、全てにおいて死を与える。


 だが、無は全てにおいて無を与えない。

 万物の全てにおいて必ず無が与えられるならば、“有る”という認識など、この世にある筈もない。

 人は死を知っていても、人は無を知らない。だから人は、無である事を理解出来ない。

 もし、それを理解出来ると思っているなら、それは精々が大切な玩具がなくなった程度の認識ではないか?

 或いは、確かに見たと思った筈の幻覚かも知れない。


 つまりはそれは――考えるだけ無駄という事。

 凡俗なんかには到底及びも付かない。

 天才とも呼ばれる、一握りの異常者だけが、理屈じみた想像を巡らせていればいい。

 どうせ彼らも知りはしないのだから。

 偉い人が考えてくれれば、凡人である人は無駄に考える必要もなくなる。

 凡人の方が、その分だけずっと有意義に時間を使えるではないか。


 それでも考えてしまう人は、

 単に、暇を持て余しているだけだ。




 いざ死ぬ時になってみると、大した恐怖も覚えないものだった。

 頭がぼやけて実感がない。これから死ぬ事になってもなんの不思議も抱きもしない。寧ろ眠る事と全く差がないように思える。ぼうっとして来てどうでもいい。

 それどころか、私は今生きているのか死んでいるのか。そんな事を考えてみて、なんだ考えられるのなら生きているんじゃないかと、なんともなく実感出来る。その程度だ。

 意思があるから生きている、なんて単純な理屈だろう。ああ、それならば幽霊も生きている事になる。

 とどのつまり、体がある事を実感出来なければ、人と幽霊にはなんの差もない。

 なら私は。

 果たしてどちらになるんだろうか。


 気が付いた時。といっても目は開けられないままで、多分どこかに身を横たえていたんだろう、ぐらいしか解らなかったんだけど。

 何も動かない。

 動かす意思はある。動かしてみようと何度も試みている。だけどそれだけで、幾ら思っても体自体が動かす事を嫌がっているように、僅かも動く様子がない。

 ……もしかすると、これは本当に死んでいるのかも知れない。それなら動かない事も納得出来る。或いは動くべき肉体がないのか。

 ……それなら。私はどこに存在している?

 ここが一体どこなのか、確かめようにも目が開かない。手と同様に、開こうとする意思はあるのに、目は嫌がっているように開いてくれない。

 或いは嫌がっているのは私なのか。本当は開きたくないから、意地になって開こうとしないのか。

 矛盾している。

 生きている実感と、死んだような体。

 動こうとする意思と、動くまいとする意志。

 ……納得がいかない。段々腹が立って来た。

 いいだろう、なら意地でも動いてやる。逆らってやる。

 ……まずは手。動こうと力を入れる。

 だけど動かない。

 感覚としては動くような感じはする。だけど実際に動いた実感がない。そんなものは動いていないと同じ。観測者が実感を確認出来なければ、それは事実たり得ない――。

 やり方を変えよう。

 思い切り握り拳を作って、次に開く。

 ……思っただけで、同じだ。変わらず動かない。

 だけどそれでも感覚は動いている。それが本物か偽物かは解らないけど、動いているように感じている。

 何度も繰り返す。

 もしかすると、その内に何かの弾みで動くかも知れない。何度もやっていれば、一度くらいは間違ってくれるものだ。

 握る……開く……。

 握る……開く……。

 握る……開く……。

 ……何度繰り返しただろう。

 元より数えてはいなかったけど、何時間も、もしかすると何日も同じ事を繰り返したように思う。或いは、これは数分程度も経っていないのかも知れない。

 よく解らない。

 どちらでも同じ。

 時間が経過した実感がないからか、単調な作業なのに苦に感じない。

 それでも何やら慣れて来たような気がする。……何に慣れたんだろうか。動こうとする想像にか。それだけでは意味がない。実際に動くべきなのはこの体だ。

 握る……開く……。

 握る……開く……。

 握る……開く……。

 昏睡状態や植物状態の人は、もしかすると今の私と同じように、体が動かないだけで考える事や動く意思があったりするんじゃないか。周りが気付かないだけで、本人は動きたがり、話したがり、そして見放されて、そして、生きたまま、仕方のない事と決め付けられて、

 ――怖気が走った。

 絶対にご免だ。私はこんなにも努力している。意志を持って動こうとしている。単調な作業を何十何百何千と繰り返している。

 でもそれは、決して掴めない虚像を掴もうとするようで。

 すぐそこにある感覚が、もしかすると偽物である事にも気付いていない行為なのかも知れない。

 真剣に取り組んでいる私が、考えても馬鹿みたいに思える。

 触れないものを触れると思い込んで、動かないものを動けると思い込んで。

 それは鏡に映った自分の姿に、威嚇したり追い払おうとする猫のようで。それを見て微笑ましいとか笑った私は何も知らない馬鹿だったのだと、今考えるとそう思う。やっている事は同じじゃないか。他人が私を見ると恐らく笑う。私なら恐らく笑っている。それは単なる幻想のようなものだから。

 ……なら。笑われるような行為に、果たして意味があるんだろうか。私がしているのは、例えば夢の中で走ろうとしているような事じゃないか。只眠ってしまえば、夢は覚めるんじゃ――。

 ――それでは駄目。今止まれば私には何もなくなる。

 折角感覚を掴んで来たんだ。例え虚像でも、そこに何もない訳じゃない。目に映るなら物はなくても何かがある。

 勝手な理屈だが、誰が見ても確実な事でも、百万回くらい触り続ければ一回くらいは違う結果になる。私は明確に期待しないまでも、そんな持論を持っている。

 だから繰り返す。全く同じ事を。全く同じ感覚を。飽きる事さえ感じない単調な作業を。

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