-2-11 動かない結果
「いい? あんたらの後ろの門、本来そこが出口で合ってるんだけどね」
「何か、あったのか?」
エンに問う。あのうんともすんとも言わない門が本来の出口で合っているなら、どうして動かせないのか。
「そう。ちょっとした問題事があってね。門は壊れて動かなくなってる訳よ」
「壊れた?」
だから動かなかったのか。私達は、ここで閉じ込められていたと?
「うん、それもまたあとで説明するからさ」
どうやら、相当面倒な事態が起こっているらしい。少なくとも、一から全部説明する時間がないという事は察せられた。
「という訳で緊急措置。みんな今から入口の所まで戻っていって、そこから出て行ってね」
「い、今から引き返すんですか?」
「そう。でもまあ大丈夫でしょう」
化物はもう居ない、筈。エンがみんな倒してくれたから。
「試験は?」
「うん。それも大丈夫。予定外はこれで終わりだからさ」
予定外。即ち試験以外の何かが起こった、という事か? でも終わりって言う事なら、その何かももう収まる筈だと。
「……つまり――」
「うん。みんな一応出口までは来れたんだからさ。どのみちあとは出るだけ、全員合格だ」
にかっと。エンが満面の笑みを浮かべる。その笑顔に、候補生のみんなの緊張が解けた感じがした。
「じゃあ、行きなさい。私はもう少しやる事があるんだわ」
「やる事って、エン?」
「ああ、大した事じゃないよ。こっちの門の応急処置をね」
「こちらからは、出られないんじゃあ?」
「こっちからしか出来ない事もあるんだよ。じゃあみんな、あとで会おうねえ」
……大丈夫だろうか。勿論、エンは試験官の一人だ。私達の心配なんて、意味のない事だと解っている。
だけど、なぜだか解らない。言い知れない不安がある事が――。
{
みんなを見送った、その上で最後の懸念があるんだと認識する。
「……さて、出て来な、そこの」
目線だけを、出口の門の方に向ける。死んでいる筈の門が、少しずつ開いていって、そしてそこから、全身を覆うぼろ布を被った人間が現れた。
「正体は見せない訳? まあ大体察しは付くけどさ」
……人間が、顔を覆っている布を剥ぐ。言葉は解ってくれるんだ。
っていうか。
「……やっぱりあんたか。門に直接干渉なんてして、まあ」
現れた姿。それは私がよく知っている――いや知っていた顔をしていた。
「こんな状況で出て来るんだね。キオセ レオイ」
昔の相棒だ。――あの時遺跡で死んだ筈の男。
そいつは私を見据えたまま。死んだ魚のような暗い目をしていて、何を考えているのかも察せられない。
「もう喋れないんだ。だけどくだらない浅知恵は出来るんだと」
だからって、情状酌量の余地はない。今はいいけど、エンを危機に陥れた事には変わりはないんだから。
「取り敢えずあんたは確保だ。目的はあとから聞く」
小刀を向け、戦闘の意思を示す。レオイの方も、その両手に術力を込めていた。
そして――。
「行くぜえ」
決着は、さっさとつける。あいつが本物なのか偽物なのかなんて今はどうでもいい。
エンを無事に行かせる為なら、なんだってする。それだけだ。
}
・
全員、急いで来た道を引き返す。入口の門まで行ければ、全員助かると。そのエンの言葉を信じて。
「急げみんな!」
化物は居ない、筈だけど、エンが倒したのが全てかどうかは解っていない。生き残りとか、あの場に集まっていなかった化物が、まだどこかに居るとしたら。
疲れ切っている私達に、その相手が出来るかどうか。
そもそも現在が異常事態なら、一刻も早くここを出ていくべきだと。だけどこの中には負傷者も居る。全員が全速で走る事なんて出来はしない。
だから、怪我の少ない、或いは疲れの少ない者が、負傷者を引っ張って行っている訳で。私も一人、肩に手を回させて負傷者を歩かせている。
でもおかしな話だ。異常事態の筈なのに、助けに来たのがエンだけだなんて。他の試験官は何をしているのかと。
「……ん?」
ちょっと、待て。
何かが、引っ掛かる。なぜ、エン以外の助けが来ないのか。なぜ私達は入口で、エンは出口の方へ?
他の試験官は? 今入口の門は開いている筈。私達の状況も把握出来ている筈だろう。今は明らかな異常事態だと解っている筈だ。でなければそもそもエンが来る事もないだろうに。
状況を解っている上で、誰も来ないという事があるなら――。
「……まさか」
立ち止まる。そして出口の門がある方を見やる。
エンは、強い。あの化物の集団でさえ、一人で立ち向かって倒し切れる程に。
だけど、もしこの予想が――。
「おい、どうしたユエン?」
イスクが私に向き、声を掛ける。そのイスクも、負傷者に肩を貸している状態だ。
「……私は」
確証がある訳じゃない。だけど、嫌な予感は拭えない。
これがもし、もしも本当に、“エンを孤立させる為の罠”だとしたら。
「戻る。エンを助けに行く」
「何!?」
エンは言っていた。これは“予定外”の事だと。それは即ち、エンにとっても予想外の事だったんだ。それが起こったのなら。
「おい本気か? お姉さんなら何があっても楽勝だって」
「いや、そうじゃない」
加えるなら、今ここから出る手段は一つしかない。入口の門だけだ。
そして、私達は知っている。入口の門は、外からは開けられるけど、中からは開けられない事を。それは実際に触ってみて、解っている。
私達が出たあと、エンを閉じ込めるという事も、出来ない事じゃない、のかも。
「杞憂でもなんでもいい。だけどエンを一人にしておけない」
考えれば考える程、疑惑が確証に変わっていく気がする。今、エンは入口から一番遠い所に居るんだと。私達が出られたあと、“何が起こるか解らない”としたら。
……これが誰の考え通りか、それも解らないけど。
「……あとは頼んだ」
肩を貸している負傷者を、他の奴に任せる。そして私は、入口とは反対に走っていく。
「おいユエン!」
後ろからのイスクの声。だけど構っていられない。
「……頼むぞエン」
走っていく。私が行って、助けになるのかどうかは解らないけれど。
思う。今一番危ない位置に居るのは、エンなんだと。
「おーい!」
後ろから、声が。
「え?」
見ると、イスクとシズホが揃って私を追い駆けて来ていた。
「な、なんで」
「あとでちゃんと説明しろよな」
「……私にも」
頼むって言ったのに……付いて来てくれるのか。私も完全には確証を持っている訳じゃないのに。
「ああもう詮無いな!」
今ここに居るのなら、それが現実。二人が私に付いて来てくれるなら、これはとても頼もしい。
「なら行くぞ。エンを助けに」
「応よ!」
……こくり。
……その言葉、その頷きに、どれ程救われたか。
試験への合格、その流れを蹴ってまで、私に――。
いや、ここでの感動はまだ早過ぎる。エンも一緒に、みんなが揃ってここから出られればそれが一番いい。
だけど、
「なに!?」
突然、地面が柔らかく思えた。ぬかるみにでも入ったように。
だけど違う。踏み込んだ地面が、足を飲み込むように――、
「っておいユエン!」
手を差し出すイスクとシズホ。だけどそれだと一緒に――。
{
「――ほう。気付いたのか」
その黒衣の女は、遠見の水晶を覗き見ながら、一人呟く。
アサカエ ユエンとあと二人。彼らが他の候補生から別行動を取っている。出口の門に向かっている姿が見える。
「予定通りだが、少し面倒だな」
人数が増えた。だがそれも修正の範疇にある。第一の目的に変更はない。他の連中も、全て泥の底に閉じ込めればいい。
「まあいい。アサカエ シエン、その力貰い受ける」
全ては順調。全くの順調に進んでいた。
}
・
{
傍で鈍い音が聞こえた。
そう認識した時には、既に違和感が自身の中を支配していた。
反射的にそちらを振り向く、ふと右肩に男の手が置かれているのが見えた。
そこからゆっくりと何かが伝い、床に落ちる。
赤い水が。流れるように。
その一瞬を見た時に、違和感は違和感でなくなった。
それは、
男の手が肩に置かれているのではなく、
男の手が肩から出ているのだと。
理解した男の顔が歪む。
冷たい道場内に、呻くような悲鳴が響いた。
}
・
{
貴方は未来に歩んでゆく。そしていつか過去を悔やむ。
貴方は過去に歩んでゆく。そしていつか未来を嘆く。
貴方達は通り過ぎる。そしてどちらも、全てに泣く。
或いは嗤う。
歪んで笑いながら、やはり泣く。
見届けられるのは、貴方だけ。
求めるのなら、私だけ。
}