-2-10 救われ
候補生とはいえ、ここには法術師が十人程も居る。その中で、門を見ているのが三人程。
なら今居る七人、それぞれが遠距離から法術をぶっ放せばいい。その間に向こうも消耗する筈。
「一番いいのは、全部倒せばいい」
そう言って、シズホが眼鏡を外す。魔法使いとしてのシズホの能力、それはまさに、離れた所から直接法術を発現出来るというもの。近付く必要も、狙う必要もない。視た所に何かがあれば、そこから法術を現す事が出来る。
……全部倒す、それが最善だと解るけど。
相手が一斉に襲って来たら、どうすればいいか。法術の迎撃も間に合わなくなったら、その時は――。
ええい考えるな。今は取り敢えず防ぐ事、そして数を減らす事、これに全力で当たればいい。
「おらおら失せやがれえっ!」
イスクが右腕の側に仕込んでいる矢を放つ。化物がぎゅうぎゅうに詰めて来ているものだから、適当に撃ったとしてもまず当たってくれる。だけど相手は頑丈だ。小型の矢が刺さった程度じゃあ少し怯む程度にしかならない。
普通には倒せない。なら普通でないものがその矢に仕込まれていたなら。
「おら爆発しろ!」
と、イスクが命令を下す。すると矢に仕込まれていた日光の術力が爆ぜる。体内からの攻撃となれば、流石にその衝撃は大きい筈。
「……任せて」
シズホの方も、術の詠唱が終わり、そして地面の方をじっと見る。シズホの操る魔法、その力は、
「そこ」
雷の法術。その青白い光が全く離れた所から、草木が生えるようにいきなり湧いて出た。
シズホはその眼で視たものに、術の発動権を与える。簡単な話、シズホが視た石ころや木々、葉っぱなど、周りにある“何か”から法術を発現させられる。
――そして、湧き出た雷が、周囲の化物を襲い食らう。化物自身を中心とした、範囲攻撃。これもまた化物が密集している故に有効な攻撃となっていた。
離れている敵なら、二人でも充分。問題は、
「う、うわあっ」
悲鳴が上がる。二人で倒し切れなく、迫って来る化物に関しては、
「振動っ!」
詠唱を短縮して、即座に迎撃する。手のひらを相手の体に押し当てて、その体全体を衝撃で揺るがす。
一瞬呻いて、化物はぶっ倒れる。私の場合は、寧ろ相手が近くに居た時の方が優位に動ける。
「あ、ありがとう」
そいつが礼を言う。だけど、
「そんな暇ない!」
更に来る。二人が倒し損ねた相手を、振動で迎撃していく。
だけど、次第に数に押されて来ている。確か、試験の前に言っていたよな。化物の数は百匹は居るって。
「くそ……」
悪態付いても、現状に変化が起きるとは思わないけど。
みんなで協力して、化物を何匹も倒したのに、全然数が減っているように思えない。今倒したのが何匹目か、そんな事を数える余裕もない。
もしかして、この異界の全部の化物がここに集まっている?
そんな馬鹿な。もう術力も底を付いて、得物の小刀も限界だ。傷みが激しくて、大分切れ味も悪くなっている。イスクの矢も尽きて来ていて、シズホの術力ももう少ししかないだろう。
なのに化物は休む間もなくやって来る。負傷した者も多く、もう正面切って戦うのもきついのに――。
「――まだまだ!」
足を踏ん張る。もう後ろには下がれない。戦えない連中が何人も居るんだから。
「はあっ!」
小刀を突き出す。最早突き刺す事も難しいその刀は、エンのように相手の攻撃をいなす事くらいにしか使えなくて。
虎が跳び掛かって来る。それに合わせた虚御の型、偽。本家の技の五分程度の動き、見様見真似で使うそれが、目の前の虎の化物の前足を弾く。
隙は出来た。そこから追撃を、
「ユエン横っ!」
突然の誰かの声。しまった、目の前の奴に構い過ぎた。
「ひ――」
駄目だ。真横から熊の化物が迫っている。小刀で対応しようとするけど、遅い。
化物の爪が、私の直前に――。
「どっせーい!!」
ごう! という轟音と共に、化物は突然に消えた。
――訳が解らなかった。だけど現実、化物や、それが振るった爪とかも消えていて、
「待たせた! ごめんね!」
エンの、声。夢かと思った。
だけど、目の前には見覚えのある背中があって、私達と化物の間を遮っている。先程の熊の化物は吹っ飛ばされていて、砂煙を上げながら転がったあと、仰向けに倒れて動かなくなっていた。
「エ――エン……?」
どうやら、エンが空から飛んで来て、熊に体当たりを仕掛けたらしい。単純な考え、だけどそう考えるしか、今の状況は理解出来ない。
「そうよ。何? たった半日辺りでぼけちゃった?」
こんな状況で、そんな軽い物言い、本物じゃないならなんなんだと。
「頑張ったねあんたら。しっかり生きてるじゃない。百点二重丸あげちゃうわ」
化物を前にして、首だけを私達に向けて言う。
どういう事。試験はまだ終わってない筈、なのに。
「どうして、ここに」
「んあ? こんな状況で、来ない方が良かった?」
そんな訳がない。エンが居るとなったら、それこそ百人力だ。
「詳しくはあとっ。こいつら全員ぶっ倒してから!」
「出来るんですか、お姉さん」
疲れ切ったイスクが口を挟むけど、それこそ無用な心配だ。だって――、
「大丈夫! このおねーさんがしっかりと守ってあげるわ!」
だって、エンは約束を破った事がないんだもの。
見た感じ、化物はまだ半分程度残っている。
だけど、エンの力はそれよりもずっと強い。
「現るるは、暴風!」
エンの法術、まさしく暴風が、化物達の更に半分程度を吹っ飛ばしていく。
多数相手が不利なら、少数にしてしまえばいいという事か。
そして、残った化物――狼や虎、熊などが一気に襲い掛かって来るけど、
「邪魔っ!」
小刀を真正面に突き出し、虚御の型の姿勢を取る。
飛び掛かって来る化物、それらの動きを小刀の先で軽くいなして、
「うどらあっ!」
蹴り飛ばす。殴り倒す。貫き倒す。
化物は次々襲って来るけど、その分エンはことごとく返り討ちにしていった。
だけど、先程吹き飛ばした化物が戻って来る。数が減った気がしない。
「エンっ!」
思わず叫ぶ。化物に囲まれてしまった。だけどそれさえも、
「現るるは、炎の壁!」
自分の周囲に、火の壁を現して襲撃を防ぐ。
だけど一体、火の壁の中に入り込んで来た化物が。
「ふ――」
そいつをエンが見やる。熊のような化物がエンの間近に。
だけどエンはそいつの首元、そこに右手を差し込んで、握り込む。熊は、やみくもに爪を振るおうとするけど、
「燃え――尽きろ!」
そう言うと、握る熊の首から炎が立ち上がった。そしてそれは、すぐに熊の体全体を覆って、
「ふんっ!」
真横へと、思い切り放り捨てる。その時には、熊はもう火を消そうと暴れる事さえ出来ずにいた。
……あれだけ苦戦した化物を、エンは一人で、次々倒していく。やがて、動かなくなった化物達の山が所々に出来ていて、
「これで、最後っ!」
跳び上がって、体を捻りながらの、狼の顔面への横蹴り。それに怯んだ化物の前で一旦着地。そしてまた跳び掛かって、化物の顔面を左手で握り込んで押し倒す。
「現るるは、振動!」
その化物は、思い切り脳を揺らされて、一瞬震えて動かなくなった。
「ふう……」
エンが一息吐く。単純な一仕事を終えたかのように、前髪をかき上げて、そしてあとには静寂が。
……こんなの、ものが違う。二年の差があるだけで、こうまで圧倒的に強くなれるのか。
「さて、じゃあ今の状況を説明するね」
本当、簡単な仕事を片付けたという感じで、エンは私達に向かう。