-2-9 出口の門
何やら化物の密度が濃くなっている気がする。
少し前までは二体編成だった。だが今では三、四体の化物が闊歩している。
いや、只歩き回っているのとは違う。
連中――三体の化物、狼と虎と熊は、その奥にあった如何にも何事かありそうな小さな祠、そこへ行き着く道を注視しているようなそぶりを見せていた。
「……行けるか、イスク」
「やらいでかよ」
二人見合って、頷く。シズホの方は魔法と法術の酷使で大分疲れが来ている。あの祠に何かあるとするなら、突破して道を作るのは私達しか居ないよなあ。
「シズホは無理しないで。あそこに行ければ勝ちが見えるかもだ」
「こんな事もあろうかと、だぜ。俺らが温存して来たのはよお」
二人同時に、草むらから跳び出して、それぞれ化物の方に駆ける。
目指すは祠への道の確保。三人共に祠に入り込めさえ出来れば、それがいい。
「振動、実行っ」
必殺、詠唱を短縮した、二言単位での法術発現。それを両手にそれぞれ現す。その右手を、まず巨体を持つ熊に向かって触れるようにぶち当てる。びくんと体が痙攣するように動いたけど、ふらふらながらまだ立っている。
だけど、今ならこちらに攻撃する余裕はない筈。今度はその場で跳び上がって、背の高い熊の頭に直接左手を触れさせる。
幾ら凶悪な化物だろうと、思考を司る脳を直接揺らされれば、ぶっ倒れる。当たり前の話だ。一応生き物であるならば。
という事で、熊は撃破。残るは狼と虎だけど。
「うどらあっ!」
イスクを見ると、その右腕に仕込まれた弓、そこから狼の喉元に何本も矢を突き刺していて、
「爆散じゃあ!」
その矢が連鎖爆発を起こす。狼は喉元が消えて頭と体に分かれて動かなくなった。
宜しい。狼を倒してくれれば、一番の脅威は消える。遠吠えなんぞされて仲間を呼ばれたりしたら最悪だからだ。あとは虎を仕留めれば、ひとまず安心。祠に向かって三人で駆けるのみ。
その虎がこちらに向かって走る。狙いをこちらに絞ったのか。あと一、二歩程度で私に爪を突き立てるつもりなんだろう。
「く――」
とっさに、腰の小刀を向ける。爪はそれで防げる――としても、虎にはまだ牙がある。
まずい。そこまで防ぐ手がない。なんとか退く手段を――。
「俺様を忘れんなっての」
イスクの放った矢が顔に突き刺さり、痛みにもがく虎。
そんな隙、見逃すものか。
「振動、実行!」「爆散!」
小刀に、術力を与える。そのまま刃の部分を虎にぶち当てる。そうして虎は、振動と爆発を同時に喰らって倒れ伏した。
……倒せた。なんとか。
「ありがとうイスク」
「へっ。貸し借りはなしだぜ」
「シズホも。今のうちに行こう」
草むらにひそんでいるシズホを呼ぶ。シズホは腰を上げて、小走りで私達の所に来る。
「……」
沈黙するシズホ。
「どうした?」
「……強い」
お褒めの言葉か? それ。
「いやいやおだてるなっての」
笑いながら、イスクが有頂天に。
「違う。こいつらが」
すぐさま否定。イスクがそのまま固まった。
「観察で解った。こいつらは連携が取れている。勝てたのは奇襲が成功したから」
「うーん……」
たまたま勝てたって言いたいのか。正面切ってだと不利なんだと。
「とにかく、今のうちにそこに」
そう、目的地はすぐそこにある。その如何にも出口です、と言っているような小さな祠に、私達三人は入っていく。
「ここが――」
出口。ここから戻れば、法術師としての試験は完了か。
「感は当たったかな、シズホ」
しかも一番乗り。周りには私達以外に誰も居ない。エンは一人で最速の記録を以て試験を終えたらしいけど、これで私も――。
ゆっくりと、門の方に向かっていく。門は黒く、閉ざされている感じだけど、ここを開けば終わる。
……筈。
「……出口の筈、だよなここ」
なのに、その出口の反応がない。門を押しても引いても動きやしない。
「何か、術力で動くとかか?」
その線も考えた、これは本来法術師としての力量を見る試験だ。ならば術力を与えれば動く鍵になるのかと思ったんだけど、門に直接術力を伝えたところで何も反応がない。
ある筈の術力の流れが、全くないんだ。
「……なんにも反応しない」
シズホが眼鏡も外して見てみても、同じ結果だ。
おかしい。これを作動させる何かが足りないのか。だけど只の法術師が見ても解らず、魔法使いであるシズホの眼で見ても何も解らない。
そんなおかしな事があるか。術力が流れていないという事は、これは只の置物に等しい。封印が掛かっている、と聞いてはいたけど、それでも術力を感知出来ないなんて事もおかしな話。術による封印が掛かっているなら、その封印に何かしらの術力があって然りなんだから。
「偽物の出口か?」
イスクの言う通り、そういう結論が出せればどれ程良かったかと思うんだけど。
「……そういう訳でもなさそうだけどな」
外を見てみると、他の候補生も幾人かここにやって来ている。となると、更に疑わしい。
正確な人数は忘れたけど、大体二十人くらいだった筈。それらがみんなこちらに向かっているという事は、それぞれが手に入れた情報は正しいという事だ。まさか正しい情報が一つしかなくて、たまたまそれを手に入れた奴だけが法術師になれる? そんな運任せの試験な訳がない。みんなそれぞれ困難な状況を乗り越えて来た筈なんだからな。
「じゃあどうして」
「解らん」
イスクの言葉に即答する。
門の隅々まで見ても、鍵穴のようなものがある訳でもなし、そもそも術力が通っていないブツだ。何か他の条件があるとすれば――。
「お、おいみんな、外っ」
他の候補生達が、一斉に祠に駆け込んで来る。気付けば見覚えのある顔が幾つか、この祠の中に居た。
「なんなんだよ一体」
イスクを含め、何人かが、外を見ようとそちらに向かう。
「……やべえ」
一人がそう呟いた。
どうやら只事でない事が起こっているらしい。見に行ってみると、祠の外をたくさんの化物が包囲していた。
こんな所にまで攻めて来るか、あの化物共は。
「ああもう! 空気の読めない連中だよな!」
イスクが悪態付いたところで状況は変わらない。幸いな事に、祠を壊してまで襲って来る化物は居ないようで。だけど逃げ道である出口の門は動いてくれない。なら、
「とにかく戦うしかないだろう。逃げ道はないし、ここを潰されたら終わりだ」
「あんな化物全部相手にするの!?」
女子の一人が悲鳴のように声を上げる。
「やらなきゃ死ぬだけだろうがよ!」
その誰かさんの意見には同意。どのみちあいつらがこの中にまで来るのは時間の問題だ。
「やるしかないだろう。試験だって事ならな」
小刀を持ち、外へと歩んでいく。そう、出口がないのなら、こうするしか――。
「イスク! シズホ!」
うん、と二人が頷く。言わずとも、意思は伝わっているようで。
「手の空いている奴も! あとは門を見ていて。動くか解らないけど、一応色々試してみて」
役割をはっきりさせる。戦える者は前に。戦えない者は後ろで。
「行くぞ」
ここを守れなければ、多分駄目なんだ。化物達の侵入を、出来る限り止めてやる。