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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
153/287

-2-8 一方その刻に

 ――試験開始から、およそ二刻経った頃。

 草むらの中を、三人でゆっくり身を隠しながら進んでいた。

 突然に現れた化物共、出来うる限り、それらから見付からないように、襲われないように移動している。

「なあ、ユエンよ」

 最後尾のイスクが、空気を読まずに普通に声を掛けて来た。

(なんだよ。文句なら受け付けないぞ。あともっと静かに喋ってくれ)

(あの化物、俺らだったら倒して行けるんじゃね? なんでわざわざこう隠れて――)

 静かには喋ってくれたけど、ちょいと観察力が足りていない人がここに。

(あれが単なる化物だったならな)

 最初に見えた空を飛ぶ化物だけじゃない。地上にもどこからか化物が沸いて出て来ていた。確認出来ただけでも、狼や虎、熊のような、如何にも強いです、とか体現している奴らがそこらを歩き回っているんだ。

 ……しかもご丁寧に二体編成で。あいつらが一匹で居る所を見た事がない。つまり数の不利を防ぐように動ける知恵を持っている。こちらは今三人居るんだから、対応は出来るかと思ったけど、無理。奴らは強い。戦力を分散させてまで戦う、かつ速攻で倒すという条件を、確実にこなす必要がある。

 一匹だけならなんとかなる。奇襲を掛けて、仲間を呼ばれる前に倒していけば済む話。――それが通じないとなると。

 流石に、あれらを二匹或いはそれ以上の数、奇襲を掛けても倒し切れるものじゃない。

 それに、私達の目的はあいつらを倒す事じゃない。

 ここからの脱出。あいつらはそれを阻害する障害物でしかないんだ。

 だからわざわざ、姿を薄れさせる法術を全員に掛けている。薄れさせるだけだ。よく見られれば見付かってしまう。故に草むらを進んでいるんだと。

 それに幸運なのかどうか、人間の匂いを嗅ぎ取れるような化物は居ないらしい。狼辺りは怖いところだけど、未だ見付かっていないという事は、そういう事なんだろう。

(シズホ、状況は?)

 三人組の真ん中を歩くシズホ。私とイスクは、そのシズホを守るような形で動いていた。

 それもそう。シズホの能力は攻撃だけでなく、索敵としても有利に動いてくれる。例えばそう、草むらの途切れた先にある石ころ、シズホはそれを通じて更に先を見る事だって出来たりする。

 それに気付ける者は居ない。石ころからの視界の中に化物が居たとしても、そいつから見えるのは只の石ころだけだ。シズホの存在に気付ける化物は、ここには居ない。

(十時の方向、少し離れた所に敵が居る)

 だけど、その間シズホは無防備になるらしい。石ころからの視界に集中しているからだそうだ。つまり自分からの視界が弱まる、或いは消える。だから守る者が居るんだと。

(どんな敵?)

(獅子っぽい)

 まじかい。どこからそんな化物を連れて来たんだろうか。

(只、その右の方に草むらがある。上手くやれば隠れて進める)

 ……戦わずに進めるなら、それに越した事はない。化物がそこに居る一匹だけとは限らないし、変に時間を取られるのもいい気はしないし。

(それと)

(……まだ何か?)

(もうすぐ出られるかも)

(本当に?)

 それが本当なら、希望の持てる話ではあるけど。

(出口が見えたのか?)

(ううん。感)

 ……本当、希望が持てるのかねこれは。




 管理棟に急ぎ向かって、関係者以外立ち入り禁止の区域に入る。管理棟は今回の試験、全てを把握出来る場所だ。

「何が起こってるの!」

 勿論、試験に関わっている法術師、その殆どが管理棟には居る訳で。

「アサカエさん!」

 その中の一人、試験の始まりの時、私に話し掛けて来た男子が私の声に反応する。だけど今はそんな事に構っている暇はない。

「さっきの爆発は?」

「貴方こそ、今までどこに――」

「煩い! 今どうなってる?」

 問題にしているのは、エンの安否だけだ。試験がどうこうなんて、今この時はどうでもいい。

「出口の門が――壊されました」

「……は?」

 壊された。と試験官の一人が言った。

 そんな馬鹿な。これだけ法術師が居て、どうしてそんな重要なものが守れない?

「それにおかしいです。明らかに寺院以外から現れた化物が異界に確認されています」

「って、何それどういう事なの」

 異界には結界が張られている。それを破って化物を放り込むとか、そんな手の込んだ事をした奴が居るって事か?

「試験の想定能力を超えている。候補生の一段や二段は上の怪物だ」

「そんなもの、どうやって異界の中に?」

「調査中だ。どこから来たかも含めてな」

 ……試験官達の、不毛な言い合いが続いている。しかも何一つ状況改善に動こうとする話が見えて来ない。

「……ふざけ過ぎ――!」

 どちら共だ。攻めて来る方も、守るべき者も、どちらに対しても憤りを感じる。この場に配置された試験官は飾りかと。

「じゃあどうするの。出口が動かないなら、入口の方を開けるしか」

 そう。入口だって門ではあるんだ。今はこちらから封じているだけであって、一方通行っていう訳じゃない。というものの、

「でも、開けたところでどうやって全員を戻せば――」

「候補生は、みんな出口の方に向かってる筈ですよ」

 みんながざわつき、何か対策を言っては不毛な結論に至る。

 そう。開始から結構な時間が経っている。そして異界に居る候補生は、何も知らずにみんな出口の方へと向かっている筈なんだ。

 襲撃相手も異界に干渉出来ると考えられるなら――更なる攻撃が予想される中、全員が今から来た道を引き返すなんて、それはそれで危険度が高過ぎる。その上内部には様々な化物も多数放たれている。一匹程度ならそう強くなくとも、群れている奴らを相手にするのは荷が重いだろう。

 そんな状況で、どうしろって――。

「いや、ならばそのまま行かせろ」

 ――先生、の声が、後ろから響いた。

「先生……」

 見ると、先生が部屋の入口の所で壁に背を預けていた。

「どう行こうが、最終到達点は一つだ。なら纏まってくれていた方が生存率は高かろう。如何に敵が多かろうがな」

 ……一理ある、か。本来先生は試験に関わる人じゃない。だけど先生の判断の方が、冷静で的を射ていると、そう思える。

「リーレイア・クアウル? 試験官でもないお前が何を」

「言ってる場合かっての!」

 いちゃもんを付ける試験官を黙らせる。面目の為に要らない事を言って、助けられる可能性を潰す馬鹿に構っていられない。

「私が信用ならんならそれでもいいがな、事はますます厄介になっていくぞ。お前が全ての責任を負えるという自信があるのなら口は挟まんが」

 先生の言葉に、ぐ……と、いちゃもん屋が口を紡ぐ。そう、今はメンツやら気に入らないやらで揉めている場合じゃない。

「でもどうするんですか。出口の所に居たとして、彼らを救うのは――」

「手段ならばあろう。ここにこの試験を歴代最速で突破出来た者が居る。なあ?」

 ……先生が、私の方を見ながら笑みを浮かべる。

「お前が出口にまで行って、候補生を引率すればいい。異界で今一番安全な場は、出口の場だ」

 そして、全員の目が私に。

 ……私が行けばいいと。今の状況、全員が助かる可能性があるとするなら、使えるものは全て使ってでも――。ああそう。

「じゃあ行くわ」

「アサカエさん!?」

 戸惑いの声を上げるさっきの男子。

「先生の言う通り、私が行くのが一番手っ取り早いからね」

 少なくとも、他の誰に任せるよりかは一番信頼がおける。私が行って、じかに守る。これ以上の安心があるか。逆に考えると、他の奴が行っても信用ならない。

「しかし――」

「門を開けて。今すぐ行く」

 誰一人、逆らえないようにする。今私の邪魔をするものは、この試験を妨害して来た連中と同じだ。

「わ、解りました」

 ――そして門がゆっくりと開かれる。

「アサカエさん、充分に気を付けて」

 要らないお世話だ。だけど、

「うん、ありがと」

 心配して貰える事自体は、悪い事じゃないしな。

「ああそれと」

 一人の、老齢の試験官が、私を呼び止める。

「出来るならば、異界の方の状況も知りたい。向こうにある出口の調査も頼む」

 ……どこどこまでも空気の読めない爺さんだな。

「あんまり面倒は背負えませんよ? 私は候補生を助けに行くだけで」

 呆れた声をわざと作って、老齢さんに答えた。調査も何も、こちら側で門が壊れたんだから、向こうの門も壊れて動かない事に変わりないのに。

「それでも頼む。君しか最速での調査は出来んのだからな」

 ……ならあんたが行けよ。とも思ったんだけど、

「解りましたよ。お仕事代増やして下さいね」

 面倒事だ。だけど一応試験官という立場。先輩法術師の意向も汲み取るべきか。

 そうして、やっと私は門に向かう。開かれた門は、今はどちらからも出入りが出来る。

 この事を、中に居る候補生はまだ知らない。これを、まさに飛んで行ってみんなに教えて、導くのが役目。

「……任せなさい。このおねーさんがちゃんと助けてあげるからね」

 開かれた門に向かって、私は飛び込む勢いで入っていった。

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