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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
150/277

-2-5 本番

 寺院。管理棟にある門の間にて。

 暗く狭い部屋の中。ここに、今回選ばれた者、総員二十人の法術師候補者が集まっていた。それぞれ資格を持つ者だ。当然ながら皆、法術に関わる多くの知識と、強い術力を持っている。

 寺院長の微妙に長い挨拶も終わり、試験官である教師がこの試験に関する詳しい説明を行なっていた。


 今回の試験は、要約すると異界の場からの脱出。

 私達は“門”の中に存在する大規模な異界の場に送り出され、法術師である教師数人がその場に封印を施す。私達はあらゆる手段を以て封印を破り、出口である門より元の空間に戻る事で合格と見做され、法術師として充分な力量を持つと認められる。との事。

 期限は一日。明日の同じ時刻まで。

 異界の場にて他の候補者と協同する事は自由だが、それによって封印を破った場合、力を現した一人しか空間を出る事が認められない。判定は試験官が行う。

 一日を越えて脱出出来ない場合、或いは試験続行が不可能と見做された場合、強制的に元の空間に引き戻される。その際に試験続行の権利は剥奪される。

 また異界の場には、封印を守護する為に複数の罠、そして百の魔物が配置されており、その排除にはあらゆる制限を課さない。

 自身の身を守る事もまた試験の一つであり、国に仕える法術師としての――。


 私はそんな話を聞きながら、一人の試験官を視界の端でずっと見つめていた。それは微笑の形を顔に浮かべながら、試験官の代表の言葉をじっと聞いている。

“青千位”、アサカエ シエン。

 称号を貰う程に優秀な法術師でもある私の姉。

 私は エンに追い付く為に、この試験に挑もうとしていた。

 その為に。只その為だけに。

 それ以外の理由なんてなかった。

 もっともらしい理由なんて意味がない。あるべき真実は、私の中の只一つだけだった。

 ――。

 試験官達が法陣を囲んで呪文を詠唱し、異界の場への“門”が開く。

 他の組が“門”を通っていき、そして私達も“門”に向かって歩を進める。“門”を通る時、ちらりと横目にエンの姿を見る。

 エンは、私に向かって軽く笑みを返した。

 ――今から、最後の試験が始まる。




 ……広大な、薄暗い異界の中。

 そこは迷宮というよりは、どこか広い森の中を思わせるような空間。

 ……試験場とはこういうものか。ここからの脱出。それが最終目的だけど、どうすれば。

“門”は今は完全に閉ざされていて、そこから引き返す事も出来ないようだ。触ってみて解る。これは非常に強い術式によって塞がれている。

 異界の結界自体を破る――それも無理のようだ、結界の守りは強固だ。仮にも神社の息子、結界に触れ続けて来た身としては、その強さ、破り方も一応解っているつもりだ。

 ……つまり現状、あてとかはないんだと。

「さてどうするかね」

 イスクとシズホに声を掛ける。

「俺に解る訳ねえな」

 自信満々に言うなイスクよ。

「取り敢えず近辺の状況を確認する事。ここが安全という保障はない」

「的確だな」

 シズホの方は頼りになる。常に冷静でいる。罠や魔の物が配置されているという話、真面目に捉えるなら、まずはどこか安全な場所を確保する必要があるだろう。拠点を置いて、そこから周囲の情報を探ると。

 猶予は一日。次の朝まで。その間にこの場から抜け出る方法を探さないと。

「取り敢えず、警戒しながら進むか」

「賛成」

 何も考えていなさそうなイスクの声で、三人は歩みを開始した。

 ……すると、他のみんなまでぞろぞろと私達の後ろを付いて来る。

「……なぜにみんな付いて来るのかね」

「お前と居た方が確実だからじゃね?」

 買い被りだと思うけどなあ。私だって試験内容を知っている訳でもないのに。

 まあ、これだけ居れば何事かあったとしても充分対応出来るだろうし、試験の最中で集団行動が禁じられているという決まりも聞いていない。

 異界の場といえど、結界を維持出来ている以上、それは有限の場だ。無限に広がっている場でないのなら、どこかには出口の門とやらはある筈。

 探すしかない。何も情報がない訳でもないだろう。どこかに必ず手掛かりはある筈だ。


 少し歩いて、だけど特に変わった様子はない。

 出口の情報もまるでない訳だけど、取り敢えず現在は安全。のどかな森の中を、何も問題なく歩んでいく。

「試験にしちゃあ呑気な感じだよな」

 イスクの言う通り。今のままだと未開の地とは言え只の散歩のようなものと変わりない。

 ……嵐の前の静けさ。そうならないように願いたいものだけど。

「何もない訳がない。これも試験だから」

 そう、シズホの言う通り。私達は散歩をしに来た訳じゃない。何かある。絶対に。

 だから警戒は解く訳には――と、唐突に空気が変わった。何かの重圧が加わったような、嫌な感じが周囲から。

 全員、何かを感じている。後ろからざわざわとどよめく声も聞こえて来る。

 それが、異変の始まりだった。

「う……!」

「っ、何……これ……」

 シズホの言う通り、形容しがたい何かが起こっている。

 ……とてつもなく嫌な空気が辺りに満ちていった。

 それは、例えるなら、教会が語る魔の瘴気を連想させるような、そんな不快なもの。

 先程までとは、明らかに違う雰囲気。

 何かが起こっている。これは、絶対におかしい。

「おいっ、上!」

「っ、嘘だろう……」

 イスクの指差す上空を見上げ、愕然とした。

「これも……試験かよ?」

 見上げる空に、

 今までに見た事のないような、翼を持った異形の化物達が、

 一面を黒く覆い尽くしていた。




 最後の一人が“門”の中へ通っていき、それはゆっくりと閉じられた。

「……さてと」

 それを確認して、門に背を向けて歩き出す。

「アサカエさん? どちらへ?」

 一人の男が声を掛けて来た。男はまだ若い法術師で、私の後輩。彼は今回師の補助としてこの場に居た。

「しばらくは暇だからね。ちょいと散歩がてら見回りに行って来るわ」

 私が答えた途端、男の態度がぎこちなくなって来る。何やら言葉を漏らし掛け、慌てて呑み込むように口を噤んだ。

 つまりは、あれか。

 私はこの寺院において、一種偶像扱いされ、騒がれていた頃がある。西方ではそれはアイドルという。取り分けそれは男連中が多かった。いや、女も結構居た。確かに目立つ事はして来たし、実際先生の存在――偏屈だけど有能な人のお陰で目立っていた。私としては迷惑しながらも、利用しやすいその状況を潰す気にもなれず、結果私が居なくなった今となってもその一部が残っていた。こいつもその一部なんだろう。

 そう結論付けて見てみると、何やら凍ったように体が固まってしまっている。最初の態度はどこへ行ったのか。あれが勢いならそれこそ正直な奴だ。そう思うと少し笑えて来る。

「どうかした? 何か緊張してる?」

「い、いえ。そんな事は」

「してるよすっごく。無理をするのはいけない事だよ? 無理やり自分の限界を破っちゃう事だから。もっと力抜きなさい」

 こいつにとっては更に無理になるだろう注文だろうけど、結局のところ切っ掛けはこいつだ。しっかりしてくれないと私が困る。

「うんまあ仕方ないか。ここって雰囲気重いもんね。私も嫌だよ本当は、明日までずっとここで缶詰めなんてねえ」

「ええ、まあそうですよね」

「そう。でも危機感はずっと持ってないとねえ。だからいい? 少しでも違和感あるなら遠慮なく報告してくれていいからね」

「は、はい。でも大丈夫ですから」

「本当? なんにもない?」

「は、はい」

「そう、ならいいよ。何かあったら教えてね。じゃあねー」

 それだけ言って、私はその場をあとにする。去り際に何やら嬉しそうな顔をしていたけど……気付いていないのなら本当に幸せな奴だ。

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