1 1-12 後に
しばらく話をするという用事を済ませて、玄関にまで戻ると、
「おっそいよー」
と、椅子に座って足をぱたぱたとさせているキセクラを発見。
「済まないな。待たせたようで」
「待った待ったー。暇だったってーの」
椅子から立ち上がって、うーんと伸びをする。
「ずーっとそいつに見張られてるし。話し掛けても殆ど返事返って来ないし。動けないわ喋れないわで本当しんどいわ」
「煩い。外につまみ出されないだけありがたく思え」
キセクラの眼前で、腕組みしながら突っ立っていた見張り君(今名付けた)が、つっけんどんに言う。
「こんなんなんだもん。見てくれは結構いいのに最悪ー。法術師って偏屈なのばっかりなのかな」
ここぞとばかりに、キセクラは文句を言いまくる。だがこの言い分、まるで私まで偏屈だと言っているみたいではないか。
「済まないなあ。念には念を、厳重に厳重を重ねよが法術師の心構えでね」
私の後ろから来たルアさんがキセクラに話し掛けた。
「うおっ! びっくりしたっ」
それにキセクラは妙な反応をする。話し掛けられて驚くとは、ちょっと失礼な事ではないかね。一応ここの長という立場だぞ。
「おっと、君は私達の正体を察せられるのかな」
ルアさんの方も、キセクラに対して妙な問答をする。
「えっと、じゃあ貴方は機械――」
「待って。それは一応ここでの機密事項なんだ。どうか他言無用で頼むよ」
……キセクラが言い掛けた事。まさか、察するならこの長は、機械人形というやつ――。
いや。法術を使える人形なんて聞いた事が。いやでも――。
「君が退屈だったというのも仕方のない事なんだよ。お詫びをするつもりじゃないけれど、本来受け取る筈だった賞金については交渉をしてあげようとね」
「出るの!? 賞金っ」
意外、というようにキセクラは喜びの声を上げる。
「満額とまではいかないだろうけれどさ。いい働きにはそれに見合った報酬でもないと」
「やったー!」
飛び跳ねて、全身で喜びを表現するキセクラ。
「こら! 長の前で控えないか馬鹿者が!」
それに注意を与える見張り君。しかし、本当に言葉に棘しかないな。
「まあいい事さ。誰だって期待を持てれば、そりゃあこうもなるってな」
寛大な人だなあこの長も。見張り君も多少はこの姿勢を見習ってだな。
・
「で、賞金は結局全部渡してやったって訳かい」
事が終わって。以前に行った茶屋の中で、私とサキが卓を挟んで向かい合い、茶を飲んでいる。
「まあな」
変な関わりとかするつもりもなかったし。金の件であと腐れがなくなればもう会う事もあるまい。
「元々あいつが一人で貰っていた筈のものだ。半分だろうと一割だろうと、横からかっさらうつもりはない」
こちらも生活に困る程に金がないという訳でもないしな。それはまあ、目の前のサキのお陰であるとも言える。これでも少しは感謝の念は持っているんだ。少しはな。
「はあ。相変わらず物欲に乏しいねえ君は」
「喧しい。それが悪い事か」
いいや? とサキは私を見据えて首を横に振る。
「まあ、事件も終わって万々歳って所かな。君にも怪我がないようで嬉しいよ」
言って、サキはずずっと葡萄茶を飲んだ。こいつも常識やらなんやらが色々欠如している奴だが、皇国や私を思う心持ちは本物と言えるらしい。
まあそれはともかく。
「ここ最近になって、狂気病が出て来る頻度が多い気がするが」
それは、あの長とも話していた事。本当、何やら妙なものが動いている気がしないでもないのだが。
「そちらで何か掴んでいないのか」
「いいや全然?」
サキははっきりとそう言った。ならば、そこに嘘はないんだろう。
「まあ、気になる事案ではあるからね。上には注意案件として話を通してはおくけれど」
「本当、頼むぞ。あんなものを何度も相手にするのはごめんだからな」
幾ら妙な特性を持っているとはいえ、人の形をしたものを殺していくなんて、気持ちのいいものではないのだからな。
「本当、君は飽きさせないね。どうやってそう面倒を背負い込んでいくのか、心行くまで研究させて欲しいよ」
「これ以上迷惑を増やされて堪るか」
四六時中こいつに付き纏われ、じっくりと見られ続けるなど、迷惑以外の何物でもない。
――と言いつつ茶飲み仲間として一緒に居るという事。やはり私は一人で居る事が寂しいらしい。
「大丈夫だよ。君は放っておいても向こうから面倒がやって来るたちらしいからさ」
「本当、それは普通に迷惑なんだがな」
面倒を背負い込むたち。只でさえこの目の前に居るツヅカ サキという迷惑者が居るというのに。
「おっと、ではそろそろ僕はおいとまさせて貰うかな。君との話し合いは楽しいひと時ではあるけれど、僕も一応忙しい身でね」
「そうか。止めはせんから頑張ってくれ」
「っふふ、応援と受け取っておくよ」
言って、サキはぐいっとお茶を飲み切り、卓の上に銭を置く。そうして立ち上がり、茶屋の出口の方に。
「ではねエン君。また明日」
小さく手を振り、サキは背を向けていく。
「……ああ、また明日な」
……たったの一言。その言葉を聞く度に、なぜやら胸がちくりとするような気持ちがするのは、なぜだろうか。
いやあいつにときめいているとか、そんな気持ちでは微塵もないだろうが。
一人取り残された形になった私は、ちびちびと、茶をすすって楽しむ事にした。