-2-4 道中
寺院へ向かう、その途中。
「よう! ユエン!」
突然声を掛けられ、振り返ると男女が二人、こちらに向かって来る。
それは寺院での親友。イスク・エジナトとイクヤ シズホ。二人とは寺院で知り合い、今では最も仲の良い仲間だった。
「いやおはようおはよう。今日は宜しく頼むぜ」
親指を突き立てて、元気の良い、軽い感じで語り掛けるイスク。
「シエンさん……今回は宜しくお願いします」
その隣、表情を変えずに抑揚のない静かな声でエンに挨拶するシズホ。
「こちらこそ、弟をしっかりこき使ってやってね」
「私は物か……」
「ふてくされないの。いい意味で言ってんだから」
イスクとシズホは、今まで一緒に学び、腕を磨き合い、最も信頼出来る仲間だった。
「勿論です! 精一杯こき使ってやります!」
イスクがいつものような、調子のいい発言を。
「朝から煩い」
がすっと。
背後から、イスクの尻に強烈な蹴りが飛んだ。
「がふっ!」
痛みからか、イスクが崩れ落ちる。その後ろには、シズホの綺麗な蹴りの形が。
……試験前から自滅してどうするのかね。
「……いややっぱ、いつ見てもお前の姉さんいいよなあ」
私の隣を歩くイスクが、私にしか聞こえない小さな声で言った。
因みにその時、エンはシズホに何やら話し掛け、シズホは少し俯いて顔を僅かに赤くしていた。また何かからかわれているのだろう。
「いいって……何が?」
「何がって、美人、性格いい、その上強い、三つも揃った言う事なしの完璧じゃないかよ」
「それは……」
確かに、私が言うのもなんだが、その三つは当て嵌まると思う。
顔立ちは良いし体形も良い(私と同じで少々小柄だが)。
性格は……悪くはないだろう、いつも明るくお茶目に振る舞っている(少々過激な面もあるけど)。
そして確かに強い。もしかすると父さんよりも強いのではないかと常々思うし。
私とイスクとシズホ、今この場に居る三人で掛かったとしても勝てる気がしない。これで加減を覚えてくれれば確かに言う事はないだろうけど。
「完璧は言い過ぎだろう。欠点なんて幾らでも出て来る。お前が見ていないだけだよ」
「そうか? もし俺の姉ちゃんにそんな人が居たら、俺は全てを捨ててでも神様に感謝するぞ。なんで俺には居ないのか……まったく羨ましい、いや憎たらしいぞ畜生が」
微妙に声を低くして、背中に拳をぐりぐり突き立てて来る。
……痛い。やけに力が篭っている。
「痛いぞイスク」
「当たり前だ。痛いようにやってんだからな」
堂々と言うか。
「いいか、あの人は我らの姉様だ。それを独り占めたあお前、ほんとなら半殺しにしても足りんっ。一時の痛みなど安いと思え。それで俺はまだ収めてやれるんだからな。他の奴らが何しでかすか、俺は知らんが精々気を配っとけよ」
そこまで恨まれる事をした覚えはない。全く。
それにしても“我らの姉様”と来たか。知らないだけで私は一体どれだけの敵を作っていたんだろう。只、弟なだけなのに。
勿論こんな事で敵視されるなんて、筋違いもいいところだ。
「そんな事で恨まれる筋合いはないぞ。恨むなら姉を作らなかった親を恨んでくれ」
「馬鹿、ほんとの姉なんていいもんじゃないぞ。よその姉だからいいんじゃないか」
言っている事が無茶苦茶だ。そう言えばイスクの家は大家族だったか。姉がどう言うものか知り尽くしているのだろう。そうして他人の想像する姉が如何に現実と離れているかも。
「そう? それは嬉しい事だねえ」
「だろ? やっぱお前もそう思……ってシエンさんっ!」
気が付けば、真横で耳をそばだてて私達の話をエンが聞いていた。イスクが思い切り飛びずさる。
「き、聞いてたんですか」
「うんしっかり。でもいつの間に私はそんなに人気者になったんだろうね。まだまだいけるのか私も、うん」
何か納得したように、一人でうんうん頷く。
「……ああところでエン、一つ聞き捨てならないから聞いておくけど。私のどこが欠点だらけなのか、よーっく聞きたいんだけどねえ」
いつもより微妙に低い言葉が私に向けられた。
「っおい待て! 欠点だらけなんて言っていないだろう。私は世の中に完璧なものはないって事で言って」
「へえ……やっぱり私は完璧じゃないんだ。出来の良くない不満満載の?」
「いや、ちょっ……」
エンの目が、少し恐い。
「……自業自得」
小さく、シズホが呟いたのが聞こえた。
酷い目に遭いそうになりながら(流石に試練前と言う事で、お仕置きはあとにお預けとなった)町にまで来た時、
「ふふん」
突然、エンが含んだ様な笑みを浮かべた。
「……なんだよ」
「いやね、普段だらけてばっかりだったエンもこんなに慕われるなんて、我が弟ながら大したもんだわ。うん」
「って、そんな事ない……」
「照れるな照れるな胸張る事でしょう。信じられてるんだからちゃんと自信持って応えてやりなさい。
あんた達、試験突破の為に、我が弟を心行くまでこき使ってやってね。そうだ、駄目だったら次回の為に毎日死ぬまでしごいてやろう」
「は、はあ……」
「ちょっと待てエンっ!」
二人共若干引いているじゃないか。みんなの前で弟を遊び道具みたいに言うんじゃない。
「っはは! まあ、そうならないようにしっかりやりなさいね。若い内から過労死なんて嫌でしょう? なら今苦労する方がずっといいわ、うん」
何も考えていないような、しかし、元気付けてくれている……という事は解って来る。
これが、エンの性格。
試験官という立場であるエンなりの、精一杯のあと押しだった。
そうして四人で歩いて、そろそろ町の形が近付いて見えた頃、
「ああ、今日も塔がよく見えるねえ」
先頭を行くエンの言う通り、まるでそれが目印にでもなっているかのように、その塔はよく見えるものだった。
――町の外れには古い塔がある。
その町の歴史には似つかわしくない、石造りの、西方風の塔。上層部は殆ど崩れてしまって、塔という割にはそう高くはない。
そして、目立ってはいるのに、誰も入る事が許されていない場所。
だけどそれが、この町に法術師達が居る理由だと、先生は言っていた。
塔には厳重な封印がある。誰も入れず、誰も出られず。それが一体何を守っているのか、そんなもの私達が知るよしもなかった。