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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
147/287

-2-2 いたわり

 今の手合わせは、明日に控える試験の為の最後の調整といったところ。

 故に、今回の手合わせにおいてはお互いに手加減なしでと事前にきつく言っておいた。あまり張り切り過ぎるのは良くないとカイは言っていたけど、その程度で支障が出るくらいなら、試験の突破など考えられないと私は思っていた。

 ……まして、それより上の、本当の目標に届く事など。

「まあ、あとはユエン次第ですよ。明日の試験、頑張って下さい」

「解っている。そのつもりだよ」

「お、今終わったのかの?」

 そこに、後ろから女の声が現れた。

 聞き慣れた声。しかし、それはこの家の者のじゃない。

「ああ、終わったよ」

「ほれ水だ、疲れたであろ」

「ああ、ありがとう」

 水の入った湯呑。それを受け取って、一気に飲み干す。

 疲れた体、その奥底まで、冷たさが気持ち良く染み渡っていった。

「……はあ」

「落ち着いたかの?」

「まだ少しつらいけど、なんとか」

 一度高まった気分を押え込むのは、かなり難しい。

 只でさえ、普段あまりない快挙を成し遂げたあとだったんだから。

「あまり無理してはいかんぞ。お主は最近気を張り過ぎておるからの。幾ら試験前とはいえ、少しは休んでおかねば明日の体が保たぬぞ」

「……説教なら聞かないぞ。疲れているんだ、少しは労われ」

 彼女――サヅキノ トオナは私の一つ上の歳――いわゆる幼馴染という奴だ。親同士が昔からの知り合いという事もあって、幼い頃から付き合いがあった。

 私が六歳の頃、どこか遠くの町から女の子が来るから、仲良くしてやってと母さんが言って。当時、それをとても楽しみにしていたのは、今でもよく憶えている。

 出会ってから色々とあったけど、それから十一年間、毎日のように私達は遊び回って。気が付いたら、今も全く変わらずに付き合い続けている。

 昔から仲の良かったトオナは、私を最も理解してくれる人の一人だ。

「それで、どうなったのだ?」

 問う彼女に私は、

「……勝利」

 左手の親指を突き立てて答える。

「カイ……手加減したのかの?」

 カイの方に顔を向けて酷い事を言い出す。

「おい待てそれはないだろう」

「試験前だからと言っても、甘やかすのは教育上良くはないぞ」

「教育上ってなんだ……だから本当だっ。カイ!」

 ……全く信用していない。まるで出来の悪い子の保護者のような口調で戒めるトオナに、私はカイに助けを求める。

「っはは、本当ですよ。いやまんまとしてやられました」

 道場の剣を片付けながら、目を細め、にこやかに笑顔を表して言ってくれる。

 普段は殆ど崩さないカイの笑顔。

 その、戦いの時とは全く違う表情を見ると、冷静に考えれば本当に手加減されたんじゃあないかとも思えるけど、それでも勝利は勝利だ。

 それに、カイは決して私達に嘘は吐かない。

「だろう?」

「本当だったのか……凄いの」

「よくもまあぬけぬけと……思っているように聞こえないぞ」

「そんな事はない。うむ、凄いぞ」

「信じてなかっただろう思い切り。試験前の繊細な時期にだな、あの言葉はかなり傷付いたぞ」

「あれは……一応の確認だ。本当、本当に凄いと思ったのだぞ」

「……本当か?」

真言まことの事だ。だから機嫌を直してだな……」

 微妙に泣き顔をして、宥め続けるトオナ。

 ……実に苛め甲斐がある。

「っはは。そろそろ許してあげたらどうです、ユエン」

 トオナにとっての助け船が、カイから出された。こんな状況でもその表情は変わらない。微笑んだままだ。

「そう、許してあげよ、の?」

 それに続くトオナ、まあ、そろそろ頃合だろうか。とどめ一つを付けて。

「解ったよ。膝枕の一回などで許してやろう」

「な、何を言っておるのだ。そうやって甘やかすのは良くない……」

「そうだろうな。どうせ私は信用出来ない奴だ……修練の賜物を一言で切り捨てられるなんて、私の剣はなんなんだ……」

「解った、解ったぞ。まったく……いつもこうなるのだからの……」

「いや、解ってくれて嬉しいぞ。うん」

 ようやく理解してくれたトオナの誠意に免じて、素直にここは許してやる。こうしたトオナいじりは、言わば日常の一面、いつもの事だ。向こうが一歳年上ではあるけど、関係なく。

「明日の試験、気を抜かぬようにな」

「そうだな。膝枕の為にも絶対に通る」

「まだ言うか……まあ良い。儂もずっとここのアサカエ様に祈っておるからな」

「……祈られる程信用ないのか」

「結果を出す事だ。お主が普段から気を入れておれば、儂も要らぬ心配をせずとも良いと言うものぞ」

 みんなが私を勇気付けてくれていた。

 みんなの為に、そして自分の為にも、この試験をしくじる訳にはいかなかった。

 ……なぜなら。

 それはまだ、私が目指すものの過程の一つでしかなかったから。

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