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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
マイナス二話目 季節周期 -Dark of Memory
146/277

-2-1 見えないもの

 過去編、第二章となります。

 前話で“先生”から貰ったもう一つのピース。それを預かったエンが、どのような過去をたどって来たのか、それが明かされるお話になる予定です。

 是非ともお付き合い頂ければ幸いに思います。どうか“彼ら”の事を知ってやって下さい。

 一つの未来だけを見続ける者は、この先にある数多な未来さえ見通せない。

 それさえ知っていれば、こんな事にはならなかったかも知れないね。

 私はまだ見た事がないから解らないけど。



・ ?


 ――約束はしていた。

 それは確かに些細な約束だ。あまりにも日常的過ぎて、自分でもそれが深い意味を持っていたとは気付かなかった。

 そんなものを今更蒸し返すとは、こいつはここまで執念深い奴だったか。

 或いは私が、そんな事さえ、

「そんなもの今更だろう。馬鹿じゃないのか、価値なんてないものを」

 つっけんどんに、突き放すように言った。くだらない事にいつまでも拘り続ける、本当に馬鹿な奴。

 そうだ、昔からそうだった。いつも私の後ろからてこてこと付いて来るような奴なのに、変に頑固な所がある。年上ぶっているくせに、私にいつも言い負かされて、一人怒り出しているような奴なのに。

「……当然であろう」

 振り返りもしなかった私の後ろから。

 何気ない事のように、当たり前としてこいつは言った。

「お主との、約束なのだからの――」




 ワヅチ皇国の東の外れにある町、ツクミヨ。

 その町より少し離れた場所。

 海が近く、小高い丘と大きな山に囲まれ、近くには木々の茂る森もある。

 そんな自然に覆われた場所に、一軒の古い神社があった。この辺りに他の家は、森を抜けた先の一軒しかなく、神社もまた、人の為だけにあるものではない所だった。


 今、家の道場にて、一人の相手と刀を交えている。

 共に使っている小刀は、練習ではあまり使う事のない模擬刀。相手の小刀を受ける度に、重い感覚が圧し掛かる。

 木刀とは違う、木刀はあくまで訓練用、人を斬ったりしないように出来てはいるが、模擬刀には真剣と同じような重みがある。刃の重みとでも言うのだろうか。恐らく今はそれのあるなしが重さの違いとなっている。

 一瞬も気が抜けない。気を抜く、つまり隙を見せれば、如何な状況であれその瞬間に自分の敗北が確定する。それは、刀という道具、武器を扱う者にとって死と同義であると言ってもいい。

 相手の小刀を受けて、それを弾いて後ろに下がり、相手との距離を取る。

 ……私は相手の剣筋を知り尽くしている。しかし、それは相手も同じ事だった。

 だけどもそれだけで闘いの条件が同じという訳じゃない。

 はっきり言うと、剣の技術は向こうの方が上だ。経験も費やした時間もまるで違う。このままでは、それらで劣る私の方が、劣勢のままで終わってしまう事になるだろう。

 間合いも違う。自分で言うのもなんだけど……この歳にしては私は小柄であり、向こうは長身で細身だが、私以上の体格ではある。

 当然、腕や足の長さも向こうが上。踏み込みも早く、中距離では一方的に攻撃を受ける事になる。圧倒的な体格差がここにある。

 一撃が届かない。相手がこちらを知り尽くしているのだから、当然迂闊に仕掛ける事は出来ない。

 しかし、素直に負けてやる気など、私には全くない。

 一瞬の隙さえあれば、即座に致命的と言える一撃を入れるつもりだ。

 百万に一つ程で、間違って本当に死ぬかも知れないけど、その時はその時だ。止められなかった向こうが悪い。その為の模擬刀なんだから。


 問題は、その手段。

 一番いいのは懐へと入り込む事なんだけど、当然簡単に行く筈はない。

 相手が隙を見せないのなら、こちらは相手の虚を衝く動きをしなければならない。相手が予想の出来ない状況で、予想の出来ない動き。或いはそう、ある場所にわざと隙を作り、そこに攻撃を誘導させれば。

 ……なら、最近“こんな事もあろうかと”研究していたあれを実践してみようか。唯一相手に勝てるであろう、この技を用いて。

「はっ!」

 気合と共に、間合いを詰めるように駆けた。

「はあっ!」

 その勢いのままに、相手の腹の辺りに横からの斬撃を放つ。

 この時、経験上、相手は高い確率でそれを受け、弾いてから反撃する、という行動を取る。

 そして思った通り、相手は私の小刀を受けるように、自分の小刀を動かし、

 そして、ぶつかり合う。

 今!

 小刀を真っ直ぐ前に突き出し、そしてその剣先で斬撃をずらす。

 これこそ、エンの必殺、の真似事。“虚御うつみの型、偽”。

「なっ!」

 攻撃は誘導出来た。相手の押え込まれている小刀では対応し切れない。

 相手の小刀を強引に外側に押しやり、相手の隙をより大きなものにする。

 足を踏み切った時、私はもう攻撃動作に入っている。相手が小刀を向けるよりこちらの方が速い。

 結果、相手の小刀がこちらを捕らえる直前に、自分の小刀を相手の胴直前に突き付ける形に。

「……、やられましたね……」

 沈黙のあと、相手は驚きを現しながら、しかし顔に僅かな笑みを浮かべて言った。

「降参する?」

 私も、それ以上の笑みを浮かべて言う。

 実際は、笑みを浮かべる余裕などなかった。

 無理やりに、私が優位に立っていると表したんだ。

「ええ、降参します。終わりにしましょうか」

 言って、相手は小刀を収めた。

 瞬間、その場に張り詰めていた空気がふっと和らぐ。

「ありがとう。カイ」

 私も小刀を収めて言う。

 その時に、本当の意味で顔が綻び、足元が緩む。

「はあ……久しぶりに連勝出来た……」

 鞘を支えにするが、それでも足はゆっくりへたり込んだ。

 それ程の相手だった。勝てる事さえ滅多にある事じゃなかった。

 この前闘った時は、殆ど偶然と言えるような勝ち方だった。運も実力の内と言うけど、今回は違う。真に実力を以て勝つ事が出来た。と思う。多分。

「ええ、それはいい事です。でもユエン、見様見真似であんな技を使うものじゃないですよ。実戦でやるには危険が大き過ぎます、相手の虚を衝くという事は、それだけ相手も予測不能の動きをする可能性が大きいという事でもありますからね。諸刃の剣とはよく言ったものです」

「解っている、あれはまだまともに扱える技じゃないよ。たまたま上手くいった、それだけだ」

「……それを理解しているのなら、まあいいでしょう。しかし技術の一つとしてはなかなか素晴らしかったですよ。そろそろ僕より上なんじゃないですか?」

「そんな事ない。まだまだこれからだろう。まだ充分に勝てる訳じゃないんだから」

「うん、そうですか。驕りを見せないのはいい事です」

「そうそう、五連勝程出来たなら驕りを見せてもいいだろうけどな」

 ソノデラ カイ。私達姉弟が幼い頃から、この道場に居る門下生。

 私達にとって、まるで兄のような存在であり、昔から色々と面倒を見てくれていた。

 幼い頃から、剣の相手と言えば、父さんとエン、そしてカイ、

 今のように真剣で相手をしてくれる人は、この三人が殆どだった。

 言い換えれば、それだけの実力を持つ人物が、その三人しか居ないという事。

 序でに言うなら、この神社にある道場の門下生は、カイを加えて三人しか居ない。

 もっとも、父さんとカイはそれなりに私の力量に合わせて相手をしてくれているのだけれど、エンだけは全くそれを考えず、手加減なしでの手合わせになる。

 だからかどうか。今までエンにだけは、私は一度も勝てた事がない。

 これは私にとって大きな意味を持っていた。

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