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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十一話目 見染められた者
145/277

1 2-44 もう一つの欠片

「――さて、」

 煙草を吸い切って、吸殻を落とし、足でぐりぐりと踏みにじる。

「まだやるのかエン。無意味ないさかいになるだろうが、せめてもの詫びだ。もう少しは付き合ってやってもいいが」

 先生が、私に向き合いじっと見る。それはそう、私も心中穏やかとはなっていなかったが、

 ……ふう、と大きく息を吐く。

「……私も、無意味ないさかいはご免ですよ」

 そうして符と短刀を仕舞う。今更だ。ここで仮に先生に殴り掛かったとしても――殴れたとしても、二人が戻って来る訳ではない。

「代わりに質問に答えて下さい。詫びの気持ちがあるのなら」

「質問? ……質問か。そうだな」

 先生は、懐から何か――煙草をもう一つ取り出して、

「まあいい。話してみろ。可能な程度ならば答えてやる」

 それを口にくわえて、マッチを持って火を付ける。

「あの人形は、何者なんですか。クオン達を狙ったのも、私の事を知っているのも解りません」

「そうか。お前はあいつに見覚えがある筈と思っていたが――」

「見覚え?」

 あの人形……記憶を辿っても覚えがない。正体がなんであれ、やはり知らないものは知らないままだ。

「まあいい。お前の記憶もまだ不完全という事だ。

 答えよう。あいつは私の協力者。時の流れを好き勝手に動ける者。通称“刻遣い”という」

「刻遣い……」

「ああ。大体にして奴の存在は反則的だ。いつどの時にも干渉出来、止まった時さえ自由に動ける能力者。お前が仮に戦ったとして、万に一つの勝ち目もなかろうよ」

 ……なんなんだその反則的能力は。止まった時も動けるだ? 本当ならば、確かにどんな対処をしても勝てない、そんな相手だ。

「ではなぜクオンを? そんな能力を持っているのなら、使役の力を持っているだけのクオンが必要だとは」

「必要なんだよ奴にとっては。反則的だろうが、奴の能力にもある種の制限がある。クオンの使役と召喚には、それを解決する目当てがある」

 ……つまり、奴はクオンが居る事で弱点を補えると考えているのか。

「私の所に、クオンを送ったのも」

「勿論、お前の力も取り込む為だ。クオンと同じくお前も引き込んでも良かったんだろうが、どうも奴はそれを避けている節がある。恐らくは、お前はお前として動いて貰わないと都合が悪いんだろうよ。その代わりに、お前の符術を持って行ったんだ。その用途までは知らんがね」

「勝手な事を――」

 全部奴の都合でしかないではないか。その為に私達は振り回されたのだと。

「あいつも妖怪のたぐいだ。自分本位な考えになるのも当然だ」

「先生も、それに加担していたと」

「それなりの報酬もあったんでな。得があったから手を貸した、それだけだ」

 ……そうか。とことん自分本位だな、先生も。

「さて、質問は終わりか? ならば私も帰らせて貰うが」

 そうだな、先生はそういう人だ。話を聞き出すなら、今しかないと。

「……もう一つ、いいですか」

「なんだ? 訊く事があるなら今のうちだぞ」

 無表情で、無感情ながら先生はその場に留まっている。先生なりに、責任を感じているからか。

「先生は、私の過去を知っているんですか」

 先生は、顎に手をやって少し考え込む。話すべきかそうでないか、或いは過去を掘り出しているのか。

「肯定だな。流石に全てを知っている訳ではないが、ある程度の事なら“ユエン”の時から聞いてはいる」

 ……ユエン。かつての私の事か。私だって、その時の記憶全てを持ってはいない。

「序でだ。最後にもう一つ、教えてやる」

 先生が、煙草を吸い終えてもう一つ取り出す。マッチを以て煙草に火を付け、ふう、と一つ煙を吐き出した。

「お前の探していた“先生”とは、私ではない。私はその成り代わりだ」

 ……成り代わり。

 と言われても。

「どういう事です」

 そうとしか言葉が出て来ない。

「言葉の通りだよ。お前の世話を見てやった、その辺りに変わりはないんだがな」

「……先生以外に、私に所縁のある者が居ると?」

「知りたければ、お前自身で答えを探せ。お前が当初、私の名前だけで各地を歩き回っていたようにな」

 いや、それは必要ない。この先生を探すのは骨が折れたが、それに比べれば今は情報が充分に足りている。

「――もっとも、お前にはある程度目星は付いている筈だがね。全てを知りたければ、あの娘――“サヅキノ トオナ”に訊く事だ」

 ……、サヅキノ トオナ。そいつとは――その子とは、ここしばらく――というか、私が私であった頃から会ってはいない。

「なぜだろうな。この森に居を構えておきながら、お前はあの神社と距離を置いていた。

 ……いやまあそれも野暮な物言いだな。お前の記録にないものを探せとは、流石にそれは無理があったか」

 先生が、衣服の懐に手をやり、小さな何かを取り出した。そしてそれを、私の方に放り投げた。

「追加報酬だ。お前が更に己の過去を知りたいならば、そいつを持っていろ」

 ……これは、なんだ。小さく四角い形の、どこかで見たような――。

「……お守り?」

 そう。神社で渡されるような、私にとって見覚えのあるもの。

「記録というものは、物にも宿る。お前がそれに接続出来れば、更に深い過去、何があったかまで知る事が出来るだろう。只、覚悟は要るだろうがな」

 先生は吸い切った煙草を地に落として、足で踏み付けねじる。

「では、私はそろそろ帰るぞ。いつまでもお前の相手はしていられん」

 先生が、私に背を向け歩き出す。

「あ、先生!」

「私はもううんざりなんだ。そろそろバトンを渡すべきだとな」

 先生は、振り返りもせずに歩き去っていく。

 ……私は、どうするべきなのか。また一人で取り残されて、その次の指標が、

「……トオナ……」

 記憶にある名前を、一度だけ呼んだ。

 小屋に戻り眠ろうとしても、今後はしばらく色々と尾を引きそうだった。

 ……一人だけの小屋の中で、とりとめのない事、今までの知っている限りの事が頭の中でぐるぐると回り続けている。

 ……それにそう。明日から、朝餉を用意してくれる甲斐甲斐しい子も、もう居ないのだと――そう思うと、しばらくは眠れそうにはなかった。

「……接続、か」

 寝台に身を横たえる。手には先生から渡されたお守りを持って。

 これが、私の過去に近しいものならば。

「私の、過去――」

 今の暗い時には、それを覗き見るくらいしかする事が思い浮かばない。

 お守りを握り、目を閉じる。

 只の眠りとは違う。意識を持ったまま、夢の中へと落ちる感覚だけがあった。

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