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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十一話目 見染められた者
143/287

1 2-42 妖怪の領域

 その日の夜もまた、あの人形から渡された先生の符をいじっていた。解析はほぼ終わったんだけど、最後の最後、謎の部分の解析はまだ出来ていない。

“意外と頑固なとこあるよなお前も”

 マノクズコが、僕の中に居たままで言う。

 ここが解っていないと、同じものを作ったとは言えないだろう。多分あの妖怪は、この謎の部分を僕が再現出来るか、それを試しているんだろう。

 ……僕に出来るんだろうか。これ以上の事が。

「頑固も何も。僕は集中してやってるだけだよ」

“それが頑固だっつってんだよ。あの人形野郎が何考えてるのかも解らねえくせによ”

「……多分だけど」

“多分?”

「楽しんでるのかも。だってこんなの、絶対に平穏な事じゃないんだろうから」

“だろうな。平穏平和なんて、結構退屈なもんだからな”

「退屈はしないよ。少なくとも今は」

“そいつは良かったな、っと”

 さわさわと、風が木々の葉を鳴らす。……何かが居る。そんな予感がしている。それをまず察したのは、マノクズコの方だった。

“おいクオンよ”

「……解ってる」

 こんな夜中に、遮るものもない外で、こんな嫌な予感がしないでもないと解っていたけど。

「へえ? こんな所に人間か」

 森の奥から、声がした。真っ暗な所から、月明かりの下に誰かの姿が見えて来た。

「不用心、不用心だねえ」

「妖怪!?」

 こんな所に? いやこんな時間なんだから居てもおかしくない事なんだろうけど。だって夜は妖怪の領域なんだから。

「妙な話だよね。こんな時間に人間を――」

 ――食べられるなんて。

 確かに聞こえた。あの妖怪、僕を餌にするつもりなんだ。

「う……」

「あんたはご馳走。こんな時間に外に出ていた事を嘆くべきだわ」

 どうする。相手は僕を襲うつもりだ。僕が相手を撃退するすべは――。

「マノクズコ!」

 僕の領域から、マノクズコが飛び出して来る。

「まったく阿呆が! 俺様が居ねえとこんなんも倒せねえのかよ!」

 愚痴りながらも、妖怪に対してくれる。

「へえ、使い魔を呼べるか。だけど!」

 この辺りの妖怪と、僕は戦った事はない。今までマノクズコが戦ってくれているけど。

「うどらあっ!」

 マノクズコが、勢いに乗せて拳を突き出す。だけど、

「ふん!」

 向こうはそれを受け止めた。片手で。

「ぐ、こいつ――」

 力比べで、マノクズコが押されている。

 妖怪とは大抵夜の側に居る。だから基本、夜の方が強いという。加えてマノクズコは、同じ妖怪でありながら十全に力が出ていないように見える。多分、僕が徹夜を繰り返したから、体調不良が伝わっているのかも。

「あっはははは――そんなんでよくここに居られるね!」

 そして、押し切る。マノクズコが体勢を崩して、地面に膝を付く。

「――くそが。てめえ」

 息が荒い。そのさまが僕の方にも伝わって来るようで。

「さて、あんたを再起不能にしてやるのは簡単だけど――」

 妖怪が、僕の方を見やる。

「主人の方を倒した方が、早いかもねえ」

 妖怪の向きが変わる。攻める目標を、僕の方に変えたんだ。

「させるかよ!」

 マノクズコが、跳び上がって僕達の間に割り込んだ。

「マノクズコ!」

「へえ、主人の盾になるか。関心だねえ」

「……こいつが死んだら、俺まで巻き添えになるかもだからな」

 軽口を叩くけど、解る筈。今のままだと分が悪い。なのにどうして。

「それって、自分の為かな。それともその子の為か。まあ――」

 妖怪が、一拍置く。多分だけど、次の言葉が解る気がする。だって、こいつは妖怪だから。

「なんにせよ、どっちも食ってやる事に変わりないけどね」

 ぞっとするような笑みを浮かべて、僕らを見やる。

「……ちっ」

 舌打ちが聞こえた。妖怪同士だけど、マノクズコがこんなに劣勢になるなんて。

 このままだと駄目だ。両方ともやられたら、あとは――。

「……先生」

 先生なら、助けてくれるか。だけど今から、どうやって起こしに行って、眠気と戦いながら妖怪を倒してくれるのか。

 ……先生?

 と、思い付く。先生は居ずとも、ここに先生の力はあるという事に。

 ああ。身を守るものは、もうこれしかない。

 勿論まずい。これを使ってしまえば、この符の術式は発現して消えてなくなってしまうだろう。つまり只の紙になる。

 ……だけど。

「どいてマノクズコ!」

 マノクズコを、守らないと。

 その思いを以て、この符をぶん投げる。

「何!?」

 誰にとっても予想外の筈。だけど符は、まっすぐに妖怪に向かっていって。

 どおん!

「ぎゃぶっ!」

 爆音。そして妖怪が倒れ伏す。と共に、

「え?」

 一瞬だけど、見えた。符の仕掛けが。

 術式は全部発現した。謎の部分も、勿論しっかりと作用している。

「……解った」

 あれは只爆音を仕込んでいるだけじゃない。あの“謎の部分”は、先生だけが使えている“揺らぎ”の術式が仕込まれていたんだ。

 ……そう。只符を見ただけで解る訳がなかったんだ。だってあの“揺らぎ”も、先生独自の能力としてあるんだから。

「――はい。良く出来ました」

 その時、聞き覚えのある女の人の声が。

「察した通り、その術符は只調べていても駄目。ちゃんと発現させて、観測して、初めて正体が解るって事だよ」

 あの揺れる細長い部屋の中で。同じ声を僕は聞いている。つまり、あの時の人形妖怪がここに――。

「解析して観察して、その上であの正体が解ったなら上出来。これで駒はここに揃った」

 森の暗闇から、その姿は現れた。名も教えてくれなかった、あの時の何者かの妖怪の姿が。

「どういう事――」

「選ばれたんだよ、君。魔法使い? 妖怪持ち? 違う。

“先生”の弟子、元となる理由はそれだけだよ」

「先生の……」

 だから、先生の符を模倣させようとしたと。僕が答えに辿り着いたなら、それを量産だって出来るだろうと?

「君がその鬼を自分の使いとするように、

 クオン、君には、私の使いになって欲しい」

 この人の、使い。

「……貴方は、何者?」

 最大の疑問をぶつける。僕なんかの力を欲する、その者の正体を。

「私は“刻遣い”。全ての刻に偏在するもの」

 人形が微笑む。そして手を伸ばす。やっぱりこの妖怪は、僕を獲る為にここに来たんだ。

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