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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十一話目 見染められた者
141/277

1 2-40 テスト

「えーいふざけんなちくしょー!」

 ふん縛って寝かせておいた妖怪が、目を覚ました途端にじたばたと暴れ騒いだ。

「暴れるな馬鹿者。敗者は敗者として責務を負うがいい」

 妖怪の首元に、退魔の短刀を近付ける。負ける切っ掛けとなった武器だ。それを見て、妖怪はびびって大人しくなってくれる。

「ちょ、一方的な暴力は反対よ」

 どの口が言うか。不意打ちのような事を仕掛けておいて。

「まあいい。何故にお前はここに来た。妖怪にしてはけちな事をしてくれて」

「教えられたんだよー。ここに来れば、美味しい物が食べられるって」

「食べられると……」

 ……私の小屋は駆け込み寺か。いやそれよりも、

「教えられた?」

 考え込む。覚えがあるとするならば、数日前に――。

「誰にだ」

「知らない。私より小さい、人形の妖怪っぽかったわ」

 なんだいそりゃあ。あの時の妖精ならばともかく、そんな妖怪に覚えも何も――。

「っ……!」

“じりじり”

 突然、頭の中で雑音のようなものが響く。

 この感覚……“揺らぎ”の力を使った時と同じ? いやどうして。私はここで使おうなんて考えてもいなかったのに。

 ――こいつよりも小さい、人形の妖怪――。

“じりじり”

 まただ。頭に雑音が響いて来る。なぜだ。私はそれを知っている?

「く……」

 立ち眩みのような、体の異変が。ふらつく体を、足を踏ん張って留める。

「先生? 先生!」

 私を呼ぶ、声がする。これはクオンの声だ。何度も聞いた声。

「ああ……案ずるな」

 ふらつく体を、小屋の壁に寄らせて、手を付いてこらえる。クオンが私に駆け寄って来るのが見えて、

「先生――!」

 案ずるなと言ったのに、何を大袈裟な――。

 ……いや違う。クオンは近くに居た筈なのに、私の元に来ない。これは、

「……クオン?」

 振り返る。そこには誰も、クオンの姿も、マノクズコの姿さえもなかった。

「クオン!」

 呼んでみるが、近くには居ないらしい。

「まさか」

 これが本当の目的か? クオンをさらって引き離す事が。

 妙な事をしてくれる。これを仕掛けた者は。

 とはいえ黙って突っ立っている訳にもいくまい。クオンをさらうのが目的ならば、まだ遠くには居ない筈。

「……うかつな」

 私らしくもない事。ともかくクオン達はさらわれたのだ。師としては、追い掛けるべき責務がある。



 ――何かに引きずり込まれた。

 先生が居ない。どこだか解らない所に立っている。それだけだった、解ったのは。

「ここは……」

 辺りを見回す。天井の明かりが薄明るい、がたがたと揺れる細長い部屋。その両脇には、幾つもの座席のようなものがあった。

 窓もある。大きな硝子を隔てたその外側は、暗い夜のように幾つもの星の光が煌めいていた。

 ……解らない。ここがどういう場所で、どうしてこんな所に閉じ込められてしまったのか。

「……マノクズコ?」

 呼び掛ける。だけども、

「ちょっと、どうしたの」

 呼べど応えず。僕の中から出て、引き離された? いやそんな時間はなかった筈だ。だけど現状、それしか疑問の答えが出て来ない。

 ……もう一度、部屋を見やる。細長い、前と後ろ。奥には扉のようなものはあったけど、それらが開くかどうか。まあやってみないと解らないけど。

 外の景色は変わらず。この部屋も、がたがたと揺れているのなら、何かの形で動いているのかもだけど――。


 ――くすくすくす。

「え――」

 外の様子を見ていると、どこかから、幼い子供のような笑い声が聞こえて来た。

「こんにちは。ヒイラギ クオン」

 誰も居ないと思っていた、謎の場所。そこから謎の声が僕の名前を呼ぶ。

「誰? どこですか」

 周囲を見回す。やっぱりというか、声の主はどこにも居なかった訳で。

「後ろ。後ろだよ」

 声のする方。振り返ると本当僕の後ろに、いつの間にやらそれが立っていて僕の方を見ていた。

 ――人形だった。女の子ものに思える、洒落た服を着た瞳の青い童部人形。幼い子供程度の大きさだ。それは例えば、抱いて腕の中に納まる程度だろうか。

 人形が動く。おまけに喋る。普通に考えればおかしな事と捉えられるとは思うけど、僕もおかしなものを見過ぎていたのかも知れない。だから“こんなもの”が動いたり喋ったりしても、ああそんな事もあるだろうなと妙に納得してしまえる自分に驚きが来る。

「っふふ。随分と余裕があるねヒイラギ クオン」

 くすくすと笑いながら、人形が語る。

「それもそう。それくらい怪異に耐性がないとお話にならない。仮にもあの子の弟子となればね」

 あの子。弟子。

 先生の事か。

「僕をさらって、どうするつもりなんですか」

 人形が、口元を手の甲で覆ってくすくすと笑う。

「嫌な事を言うね。さらったのは確かだけど、拘束する気はないよ。用事が済んだらすぐに帰してあげる」

 ……こんな謎空間に閉じ込めておいて、用事がある? 僕に? 先生でなくて?

 人形が、一番近い座席の一つに座る。そうして手を正面に差し出して、

「まあ、お座りなさいな」

 促される。……どのみち、ここに居る間は逃げられなさそうだ。危害を加えるつもりがないのなら、従っておいた方がいい。

 促されるままに、僕は人形の向かいに座る。

「まずは最初に言っておこうか。今回の襲撃、妖怪を仕向けたのは私の仕業。君にちょっとしたお話を持ち掛ける為の、時間稼ぎをする為にね」

「そんな手の込んだ事を……」

 なんの為の時間稼ぎだ。なんで僕なんだ。同じ事をするなら、先生の方がずっと――。

「君には、君自身も気付いていない可能性がある。それを知るべきか、生かすべきか、それを一つ確認したいと思ってね」

 ……何者なんだろう、この人形――いや、気配を察するに妖怪なんだろうな。多分。

「確認も何も。僕は只の」

「使役の魔法使い」

 ――くすくすくす。

「だよね?」

 ……やっぱり、この妖怪は僕の素性まで知っている?

「それだけで、君は充分に異質な存在なんだよ。あのリーレイア・クアウルが目を付けた程の逸材。君には充分な価値がある」

 ……僕に。僕なんかに価値がある? なんにも出来そうにない、たった一回の失敗の為に?

「その失敗が、君の価値をはっきりとさせたんだよ」

 使役。確かにそれは、法術を学んでいたから見付かった、異質だと。たまたま簡単な妖精召喚の儀をしていたら、遥かに上位の妖怪と繋がって、しかもそれを力技でなく、能力によって使役してしまったと。

 本来、僕はあそこで殺されていても不思議じゃなかった筈。だけど今、二人揃って生きている。

「だからリーレイアは君を遠ざけたんだ。あいつの近くに居ては君は非常に目立ってしまう。世捨て人のように生きるアサカエ エンの方が、君を隠すのに適任だとね」

「エン、先生……」

「そう。あれもまた特異な者。私の読みすら狂わせる、“シ”に近付いた故の異常とも言える異能者」

 ……先生が。

 確かに只者じゃない感じはするんだけど、こんな変な人が異常なんて言う程の人なのか、先生は。

「まあ、君と違って世に認知されていない能力持ちな訳だけど」

 人形が何か言っている間に考え込む。その時に、人形は懐に手をやって、一枚の紙切れを抜き出した。

「じゃあ、本題」

 紙切れを、指で挟んでひらひらとさせる。

「この符と、同じ物を作ってみなさい」

 指から離す。ひらりと、それが目の前を漂った。思わずして、それを手に取る。

「……これは?」

「“先生”から教授はされたでしょう? それが試験と思いなさいな」

 その紙切れは、見覚えがある。先生の使っていた、退魔の――。

「え……どこから? どうして?」

 これは先生が作ったもの。誰かに渡した事は、僕くらいしかないと、先生自身が言っていた。なのに、この人形が持っているのはどういう事か。

「あら、質問?」

 くすり、と。

「駄目。私との用事を済ませなさい。答え合わせはそのあとでね」

 ――その時には答えなんて要らないでしょうけれど。と、呟くような声が続いた。

「……それって、どういう――」

「っふふ、聞くだけ野暮っていうものよそれは」

 そう人形は答える。野暮も何も、先生は符を他人には渡したがらない。だったら、まともでない手段でこれを手に入れたって事になる。

「じゃあね。それが出来たらまた会いましょう? ――ああ。あと、先生には気付かれないようにね」

「……どうして?」

「会えなくなるから」

 ……先生に、気付かれたら会えない? どうもこの人形の能力、色々と制限のようなものがあるのかも。

「感がいい。確かに、君一人だけをこの場に招待するには、それに見合う条件が必要になるんだけど」

 褒められた? 僕一人というのなら、マノクズコはどこに――。

「クオン――!」

「先生?」

 先生の、声だけがここに響いた。だけど、

「あや、もう見付かったみたいだね」

 人形ののんきな声が。そして、

 ぴしり。

 そんな音を立てて、周囲の壁、背景にひびが入っていって、

「潮時、か。予測よりも三十秒程早かったけれど」

 そこから光が漏れている。先生が、何かしたからだと思うけど――。

「本当、あの子の動きは読みづらい。ゆっくりお茶も出来なかった」

 それでも人形は慌てる様子もなく、座席から立ち上がる。

「じゃあ、“またね”」

 手を振りながらそれだけ言って、突然に人形の形が薄れ消えた。そして、周囲の背景が、卵の殻が割れていくようにはげ落ちていって。

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