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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十一話目 見染められた者
140/287

1 2-39 勝てたならば

「って訳で、喰らえーっ」

 両手のひらを前に向け、力を込める。するとそこに妖気の塊――妖塊ようかいが。

「てりゃー!」

 どんどん膨らんでいくその塊を、妖怪が思い切りぶん投げる。あれはまずい。人の頭程度の大きさではあるが、実際当たればどうなるか。

 どのみちろくな事にはならないのは解る。死ぬ事はないのだが、気絶する程の疲れが来るか。ならばかわすか受け流すかの二択を瞬時に迫られる訳で。

 思い切り真横に跳んでかわす。地面を転がり態勢を立て直す。

 ……あれを受け流した場合、とある問題が発生する。受け流した過程と結果を見られてしまう、と。

 それは良くない。この型は必殺だ。必ず殺すと読む以上その前に対処しうる情報を与えるべきではないと。でなければそれはもう必殺とは呼べまい。只の技に成り下がる。

「ふん、運のいい奴」

 そしてまた妖怪は両手を構える。やはりか、近付く事を嫌がっているのは察せられる。

 ……逆に、近付く事が出来れば勝てるか?

 あの妖塊を避け続けるのは無理だと思われ。連発されればいずれ当てられる。

 ――ならば。いずれは当てられるというのであれば。

 今が好機。妖塊を大きくする為に、あいつは力を溜め込んでいる。完全に、先程の大きさになる前に突撃すれば、まだ勝ち目が、

 という訳で妖怪に向かって駆け出す。

「まあ、来るよねえ」

 余裕の笑みを浮かべたままで、妖怪は不完全な妖塊をぶっ放して来た。

 妖怪は、そこまでを読んでいた。それはそうだ。わざわざ隙を見せておいて、それに対処するすべがないとは思えん。

 つまりあの攻撃は、通常の攻める手段であると同時に、隙を見せておいて相手を誘導する、二つの意味を持つ動きという事。

 ならば、

「ていっ!」

 まずは撃ち出された妖塊、それに対処せねばならん。目の前まで来たそれを、短刀を以てはじくようにぶち当てる。この短刀も特別製。刃こぼれが目立つ、ぼろぼろに見える短刀ではあるが、妖しの者に対しては強い力を発揮する。

 即ち、妖しの塊であるその妖塊さえも、対すれば強い力となってくれる訳で。

 キイン、と妖塊と短刀がぶつかり合う。妖塊は短刀の力により、あさっての方向にはじき飛ばされて、

「見切ったわ、あんたの技」

 だが妖怪の方からそんな物言いが。

 気付く。妖塊の向こう側に居る筈の、妖怪の姿がない。

 姿を消した? そういう能力を持っている? ならばそいつはどこに。

 後ろだ。人の身にとっての最大の死角。

「正解」

 妖怪の声。振り向きざまに短刀を振るう。

「だけど!」

 それは空を切った。妖怪が、後ろに居る事は気配で解っても、“後ろのどこから攻めて来るか”なんて解らない話で。

 そいつは空中に居た。見えた時には、そこから頭頂部に向かってかかと落としを仕掛けるさまが。

 ごがん!

「がふっ」

 何か見えた、途端頭頂部に強烈な蹴りが入る。それで崩れるように前のめりに地面に倒れ込んだ。

 ……回転を付けた上に、あの馬鹿力が加わったか。準備動作がある分、先程の拳よりも痛い。

 ……しかし二度もこいつに倒される事があるなんて。こんなに強かったかここいらの妖怪とは。

「先生!」

 クオンの、悲痛な声がまた。案ずるな、私はしばらく動けそうにない。

「あっははは――また勝ったわかたき討ちよ。じゃあ次は――」

「ひ――」

「あんたも負けてみる? そこのひ弱っちょろい奴」

 ……。

「逃げてもいいんだよ? どうせあたしは強いんだからさ」

「……だ、駄目です」

 ……。

「へえ?」

「先生は、僕の先生です。逃げる事だけは――」

 ――嘘。

「……おいそこの」

「ん?」

 こんな程度。妖怪に、私が負ける筈がないだろうに。

「勝手に私の弟子を巻き込むんじゃないぞ」

 弟子にここまで言わせておいて、師が負け続けるなどあっていい筈がないだろうに。

「ふん、まだ動けるってのあんた」

 対する妖怪は、まだ余裕だ。それもそう、こいつは私を二度も倒した。そして私はぼろぼろ、のように見えているだろう。

「私を、見切ったと言ったな。先程」

 両手を地に立てて、ゆっくりながら身を起こしていく。

「本当に、そうか?」

「は?」

 そして立ち上がる。それが気力の上での行動だろうが、或いは“この”特性から来る力なのか、そんなものはどうでもいい。

 只、近しい者を傷付ける事は、それを黙って見ている訳には。

「私はな、人の思考を裏切りたくなるんだ。ことごとくな」

 私の特性。死にそうになる程に死ななくなる、この頑丈さならば。

 だから立ち上がれる。クオンを守る為か、妖怪に倒されたならば沽券に関わるからか。

「っ、しつこいなあんた」

 まあその辺りはよそに置いておく。私は只、この妖怪の言動にむかついただけだ。

「そこはお互い様だろうに。まあ、世の中何が起こるかなんて解らん事だ。ならばさて、例えば今から十数えたあとに、一体何が起こるんだろうなあ」

 ……これは戯言だ。このあと何が起きるかなど、普通に解る筈がない。

「はあ? 何それ」

 ――只、そこに誘導する事くらいは出来よう。

「試しに数えてみるといい。ひょっとすると、窮地にある私が逆転して、お前が地に這いつくばっているかも知れんなあ。或いは、そのまま何事もなく、お前に打ち負かされている私が居るのかも知れん。まあそれはいい。数秒後に何が起きるかなど、誰にも解らん事だ」

 妖怪が、押し黙る。それはそう、警戒するに決まっている。倒した筈の相手が立ち上がっている、そんな異常を目の当たりにして、それを馬鹿にする程馬鹿ではないな。

「っはは、妖怪でも試すのは怖いか。――なら私が数えてあげよう」

 十。

 敗北の宣告。その始まり。私は十秒で、こいつを倒そうとしている。

「くっ」

 九。

 妖怪が、妖塊に力を込めたのが見えた。私を警戒しての、遠距離攻撃か。だがそれも。

 八。

 読み通り。当たっても死にはしない、代わりに異様に疲れさせるというものであるが、あれは脅威なんてものではない。只の――。

 七。

 ――先程も言った。人の思考は裏切りたくなる。

 それが活路だ。

 私は、

 ためらいなく短刀を、相手に向かって投げ付けた。

 六。

「――っ!?」

 虚を突かれた、声にならない声。それに合わせて、相手に駆けていく。

 ――実にいい。意外である程、愚かに見える程、それは相手に動揺を生み出す。

 そして敵と対する際には、その動揺がどれ程致命的な隙を与えるものかも、私はよく解っている。

 五。

 敵前で得物を捨てる馬鹿者と、思いたければ思えさせればいい。

 見せている得物は短刀だけ。だがそれで私の攻め手がなくなった訳ではない。懐にあるのは、私の切札、術符がある。

 短刀が、妖怪の頬をかすめて地面に落ちる。

 だがそのさまを見て、妖怪は一瞬動きを止めた。

 四。

「馬鹿者め。私と対した時点で、“負ける事”も考えられないか」

 ならばいい。

 では、負けるといい。

 術符を袖から抜き出し、指に構える。

 三。

 近距離から符を投げ付け、ぶち当てる。振動の術式を込めている符だ。当たれば勿論、振動が体中に響いて意識を失わせる。

 そして、

 二。

 妖怪は符に対応出来ず、直撃を喰らう。

 ずどん! という振動が発現した音がして、

「うう……」

 妖怪はふらふらとなって、尚も足を踏ん張って私を見据えるが、その目も視点が定まっていない。

 一。

 ならばとどめだ。直接手にした符を、今度は頭に直接ぶち当てる。

「お返し、だ!」

 ずどん!

「ぎゃぶっ」

 妖怪が声を上げる。ゆっくりと、妖怪の体が崩れ落ちるように。

 零。

 それが結果だ。ぴたり十を数え終わって、立ち位置はまるで逆転した。思ったよりも苦労をさせてくれたが――妖怪は目を回して倒れ伏している。

「先生……」

 クオンの心配そうな声が。

「案ずるな」

 結果は既に出来上がっている。引っ込んで様子を見ているマノクズコにとっては面白いとは言えん結果だろうが。なにせこの妖怪、まだ生きている訳だから。

「取り敢えず、こいつは捕縛だな」

 地面に落ちた短刀を回収する。そしてぶっ倒れた妖怪を尻目に、小屋の中に入って長縄を一本持って出る。

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