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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
一話目 一色世界
14/287

1 1-11 無の彼女ら

 少しして、あの男が玄関に戻って来た。

「どうぞ。長がお会いになられるようで」

 不機嫌そうに言ってくれる。だが、展開としては万々歳な事だ。

 そうして、奥の方へ通された。流石に法術師でないキセクラは、玄関の所で待機中であるが。詮無い事。機密情報だらけの法術師の集まる場に、部外者一般人をなあなあで入れる訳にはいかないだろう。

 奥に進む、その一つの扉の前で、案内人は止まって、

「どうぞ」

 と扉の方に手を差し向けた。……扉は自分で開けろという事か。まあ別にどうでもいい事であるが。

 ぎい、と扉を開ける。――最初は人の気配がない、という印象を受けた部屋だったが、じっくり見ると、装飾品のある小洒落た部屋。その真ん中で、女が一人立っているのが見えた。

「へえ、あんたがあのリーレイア・クアウルの弟子か」

 そう言って出迎えたのは、今や珍しいものでもなくなって来た西方服を着ている女が一人――ともう一人、壁に寄り掛かるように同じ服を着ていた別の女が居た。

 まるで双子のようにそっくりな二人……実際そうなのかも知れないが。

「貴方がここの長か」

「いかにも。じゃ、早速自己紹介。私はルア・カンパーズ。で、あっちの」

 指を刺す。彼女とまるで同じ姿をした女性。……但し佇まいはまるで違っていた。

「むっつりしてるのがリア・カンパーズ。見て解るだろうけど双子だよ」

 ……解るような解らないような。双子――見た目はまさに姿見を合わせたように同じだが、性格がまるで違う。何より、彼女――ルアがお喋りなのに、後ろに居るリアは一言も喋らない。目線が合っても挨拶も頭も下げない。まるで人形のようにじっと立ったまま。

 ……息とかしているのか?

 じっと見てみる。

 ……視線だけが宙でぶつかり合った。

 無表情。

 怖い。

「リア、挨拶してあげて」

 促されて。リアと呼ばれた女は小さくぺこりと頭を下げた。

 やっと人間らしい動きが見れた。が、それきりその女はまた壁に寄り掛かるままで動かなかった。

 ……まあいいが。話を通すのは、このルアさんだけでも充分だろうし。

「まあ、要件に入る前にな、一つゆっくりとお茶でもしようじゃないか」

「ああ、それは是非頼みたい」

 何かを出される時、私は極力断らない事にしている。食い物だろうとなんだろうと。それが茶であるのなら尚の事。

 ルアさんが部屋の奥へと引っ込んでいく。するとここには、私とリアさんしか居ないように思えた。

 ……。

 ……。

 会話がない。

 リアさんは私でない、どこか正面を見据えたままで、壁から微動もしないまま。

 一応はルアさんの双子――相棒なんだろうけれど、その見た感じの様子としては、私の存在などどうでもいい、とでも言いたそうな雰囲気を醸し出していた。

 ……気まずい感じだ。人が居るというのに話が出来ないなんて。

「お待たせだ。茶を淹れて来たよ」

 退屈し始めた頃、ルアさんが湯気立つ湯呑を持って来て、卓の所へ二つ、置く。

「まあどうぞだ。座って座って」

 言われたので、私も卓の椅子に座る。ルアさんと一緒に座ったが、リアさんは全然動かなかった。

 目の前を見る。出されたのは、見た感じ普通の煎茶のようだった。

 飲む。

 ……特に美味いも不味いもない、普通のあったかい茶だった。

「口に合わんかったか? 済まんな、客に出せる茶はそれくらいしかなかったんだ」

「構わずともいいですよ。私は茶が飲めればそれで」

「ふうん。ま、変わった奴だね」

 こいつが言えた事かね。姿が見えているままでないと気配の解らない、そこに居るのかどうかも解らない奴が。

「しかし驚いた。リーレイアの弟子はみんな死んだと聞いていたからな」

「……勝手に殺されるのは非常に心外なんだが」

「そうだろうな。ま、主人に似て害虫並みの生命力だったって訳か」

 ……更に心外だ。

 しかしみんな死んだとはどういう事か。一応、私は死んだっぽいから、あと何人か先生には弟子が居た事になる。

 そして、そいつらも死んだ。

 ……或いは私のように、死んだと思わせて生きていた、という事もあり得るが。その辺りを知る事はどうにもなるまい。それこそ先生に会いでもしない限り。

「そういう事なら、リーレイア・クアウルの弟子――詠唱短縮の秀才。君がそうなんだな」

 確かに、それに関しては出来が良かった。だがその程度だ。寺院にはこの程度の使い手は数えるくらいは居ると先生は言っていたし、私は速度の代償に力が弱い。術の詠唱とされるものには、最大で十二までの区切りがあり、基本的に長い程多くの意味がある、強い法術が発現出来る。

 少し踏み込むなら――詠唱と呼べるものは七言単位までであり、八言単位を超えると儀式、十言単位を超えると祭儀と呼ばれる域になる。先生曰くだが、祭儀にもなると発現までに一晩以上の時間が掛かったり、大規模な仕掛けが必要になったりするらしい。

 ともかく私には無縁の事だ。私が出来るのは“詠唱”の短縮。それを最大で二言単位分引き抜く事が出来る。例えば四の単位を三に、七の単位を五にと言ったふうに。だが一以下にする事は、当然ながら出来ないし、儀式の域である八以上を短縮する事は出来ない。

 加えて私は術力が弱い。如何に短縮が出来ようと、私がまともに扱える法術は精々三言単位止まり。まあ、逆に言うなら私の使える殆どを一言で現せるとも言えるが。詠唱短縮がなければ法術師としての格は下の上と言った所か。先生曰く生まれ付いての素質らしいので、かなり強引な矯正でもしない限りは、今以上強い法術は使えないとの事だ。

 要は、一部を除いて出来が悪い。

 まあそんな事はいい。別に強さを求める訳でもないし、詠唱短縮――これはこれで充分役に立つし。

 足りない力は、小刀で補える。事戦闘においては下手に高位の法術師よりも戦えると思う。

「そう呼ばれた事もあったな」

 そう、全ては過去の事。如何な二つ名があろうとなかろうと、私が今ここに居る事に変わりはないのだし。

「ま、君の力量の事もあるし、感謝はしてるよ。狂気病一匹に馬鹿共数匹。困り事が一気に解決したし」

「その馬鹿共はどんな塩梅か?」

「手遅れ」

 だろうな。私が見た時からそうだったのだから。

「まあさ、事実片が付いたのは君らのお陰だ。いい事をした者には見返りがあって然るべきだよ」

「いい事、ねえ。あまりそうは思いたくないんだが」

 結果的にはあまり良くない事だ。倒したとはいえ、狂気病の被害を増やしてしまったのだから。

「なんだ、素直に喜べばいいのにさ」

 そうもいかんなあ。相手が人型だったのが余計に。

「だが解らん。狂気病なんて滅多に出ないだろうと思っているのに、ここ最近で二度も目にしたんだぞ」

「へえ? 二度も?」

「奴らの巣でもあるのか、この辺りには」

「さてねえ。少なくともこの寺院では、そんな面倒な事案は長く確認されていなかったけどさ」

 ならなぜだ。私だけ“あれ”と鉢合わせる頻度が高い気がするのは。巣があるというならばまだしも、ここらで確認されていないのに今回出て来た理由とは。

「まあ、報酬はあげるように言っとくよ。掛けられてた賞金程って訳にはいかないだろうけど、只働きってのもなんだろうしな」

 それはありがたい。あのキセクラも喜ぶだろうて。

「だけど、一つ聞かせてくれるか?」

 ずいっと、目の前のルアさんが顔を寄せて来る。気味の悪い笑みも付けて。

「君があのリーレイアの弟子って言うんなら、あいつが今居る場所とかも教えてくれると助かるんだけどさあ」

「知らんな」

 即答する。

「私も先生を探している最中だ。結構探し回っていたんだが、手掛かりの欠片もない」

 ふーん。とルアさんの顔が真顔になり、じっと目を見据える。

「本当の事だぞ。国家権力の一部まで使っても全然解らん」

「そうだね。まああいつらしいっちゃらしい事か」

 顔を離すルアさん。どうやら信じて貰えたらしい。

 先生が行方を眩ませるなんて、そう珍しい事でもなかったと聞くし。敵も多い人だったから、結構な隠れ家を幾つも持っていたりな。

 だからだろうかね。私が先生を見付けられない要因は。常に動き回っているのならば、そりゃあ。

「先生に、用事が?」

「大したことじゃないんだけどな。あいつの特異性に目を付けている奴はいっぱい居るって事さ」

 特異性か。そういうのが面倒で身を隠しているのではないかね。

「それは、貴方達も?」

「まあね。性格に難ありな奴だとは思うけどさ」

 はっきりと言うなあ。まあ、ある種同意出来る話ではあるんだが。

「良ければ、私が先生に口添えしておいてもいいが? 首尾良く会えればの話だがな」

 それにあの先生、人の頼みを聞くような人とは思えんし。

「遠慮しとく。リーレイアには貸しや借りなんて概念が欠落してるからな。損か得か、面白いかつまらないか、それしか頭にないような奴なんだよ。下手に手を出したら、それこそ異界にまで飛ばされる」

 ……先生の二つ名通りにか。

「あいつ危機感知が物凄いからねえ。逃げに回ったら千里眼でもないと捕まらないな。かくれんぼとか絶対に参加出来ないタイプだ。鬼が泣いて降参するまで隠れてて、それでも出ずにみんなが帰ってから一人けらけら笑ってる感じだな」

 ああ、それはなんとなく納得出来る。だが一つ訂正してやりたい。

「けらけらではない。にやにやだ」

 仮にも弟子だ。先生への誤解は解くのが務め。

「……は?」

 ルアさんは、少し呆けた顔をしていた。序でにリアさんも無表情のままじっと私を見ていた。

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