1 2-38 妖精&妖怪
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「うきゅう……」
結果は瞬殺。思い切り突っ込んで来た妖精を、先生は一蹴するだけで倒してしまった。結果、地面に倒れ伏す妖精と、それを見下ろす先生の図が。
「他愛のない。だがまあ、目覚めの運動程度にはなったな」
腰に両手を当て、大きく背を反らすと共に伸びをする先生。
そう、実際先生は強い。ここいらに居る妖怪や妖精など、襲って来るものを大抵簡単に倒してしまえるくらいには。もっとも先生曰く、ここいらの妖怪妖精なんてものはそう強くはない、住処を追われた故に行き付いた弱々しいもの、という程度らしいのだけど。
「どれ、とっとと起きないか。そんな所で倒れたままでは気になってしまうではないか」
先生が、妖精の所に歩み寄る。肩を揺さぶっていると、やがて妖精が目を覚ました。
「な、何よ。あたしをどうするつもり?」
警戒する妖精。体を起こして、先生から身を引かせる。
「そう構えるな。お前は腹を空かせている。そうだな?」
「……そうよ。あんたらだって食べられるくらいにはね」
「その時はあと腐れなく浄化させてやるが」
う……と妖精の表情に苦みが。力の差が解っているのなら、そりゃあ。
「まあ、折角来たのだからな。クオンよ」
「あ、はい」
突然、先生が僕に話を振った。……なんとなく妙な予感はしたけれど。
「朝餉の量は充分にあるかね」
やっぱり。そういう方向になるか。そういう人なんだ先生は。
「一応まあ、作り足す事も出来ますけど」
「宜しい。ならば妖精よ、半分の半分程度なら食っていくがいい」
「なにそれ、いいの?」
「悪ければ言うものか。で、どうするかね」
うーん、と妖精は考え込む。まあ食の細い先生の事、少し量が減ったとしても問題ないんだろうけれど。
「ふ、ふん。別にあんたの為に食べてあげる訳じゃないんだからね」
つっけんどんな態度。だけど否定をするでもなく、妖精は鍋の前に陣取る。
鍋の中。火の通った汁物は充分に暖かくなっていて、味も保障出来る筈だ。
だけど、まさか妖精を交えて食事するなんて、聞いた事がないんだけど……。
「どうだ。味の方は」
「ふ、ふん。人間の作ったものにしてはまあまあね」
と言いつつ、お椀を口に付け、ぐいぐいと汁物を口に運んでいく妖精。
「それはいい。クオンは料理が上手く出来る」
それって、料理以外は駄目駄目と言われているような。
「僕はそれくらいしか」
「料理だけではないぞクオンよ。お前は大抵の事はそつなくこなせるではないか」
……それは買い被り過ぎだ。僕には――。
「……僕は、何事も上手く出来る自信がないんです」
「解らんな。はたから見れば私よりも色々器用にこなしているように見えるが。――まあいい」
ずずっと、先生がお椀の中身を飲み込む。
「では折角だ。クオンよ、そこの妖精と戦ってみるがいい」
「えっ、そんな」「嫌よあたしは! 今日はもう食べられないわ!」
突然の危険察知に、汁物の入っていたお椀を放り投げ、妖精は脱兎飛んで逃げていった。
「っはは、どうやらふられてしまったようだな」
いいや、助かったんだ。だって僕が、誰かを倒すだなんて事出来る筈がないんだから。
“けっ、つまんねえな”
そういう台詞、表に出て言っちゃ駄目だからねマノクズコ。
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・
食い物を奪わんとする妖精が現れた、数日後。
今日も今日とて暇だ。茶をすすりながらまったりとしている。クオンには課題を与えているが、そのくらい簡単に片付けてしまえるだろう。
あいつは、ある意味才能特化型だ。得意分野と不得意なものの差が大き過ぎるのだ。故に出来る事となれば、特に強い才能を発揮する。
問題なのは、自分の能力に自信がないと思っている節がある事くらいで。
「……ふう」
茶をすすり、一息吐く。こうもやる事がないと、気の緩みもそうだが、体の方もなまってしまうようで、少し心配してしまう。
どんどんどん! とその時戸を何度も叩く音が。
「こらあ! ここに居る奴出て来なさい!」
……。
「ふう……」
どうやら暇は潰れそうな感じではあるな。
茶の残りを飲み干し、卓の上に湯呑を置く。
「せ、先生?」
クオンが心配そうな顔をして、未だどんどん鳴っている戸の方と私を交互に見やる。
「案ずるな。お前はいつも通りにしていていいぞ」
多分、あれの目的は私の方にありそうだからな。何者なのかは知らないが。
そして寝床に置いてある短刀を持ち、戸を開けようと、そこに手を掛けて――。
「どっせらー!」
顔面に、小さな拳が、
見えた時には、もう守りに入る猶予もなくて。
ごがん!
「ぐはっ」
綺麗に顔面に一撃が入った。おまけに馬鹿力のお陰で、卓まで巻き込んで吹っ飛ばされる。
「うわっ!」
卓の傍に居たクオンが悲鳴を。がしゃんと大きな音を立てて、その時には私は冷たい小屋の床に倒れ込む格好で。
「……ぐう」
不意打ちとは卑劣な。体の所々が痛む。起き上がろうと床に手を付くが、
「ぐふっ」
力が入らず倒れ伏す。
「あれ、勝っちゃった」
「先生!」
素っ頓狂な声と、クオンの叫び声が。
「あっははは――かたきは取ったわシウ!」
シウ……あの時の、妖精の名か。
「なら次は――」
妖怪の目が、クオンに向かう――。
「ひ――」
「あんたかなあ、食べて欲しそうな奴」
「させるか愚か者め」
倒れたままで符を投げ飛ばす。爆音の符。当たれば音と衝撃で、しばらくまともな感覚で動けなくなる筈。
なのに。
「ふっ」
左手をぴんと伸ばして、その腕で符に触れる――いや止めたのか。
爆音が腕の部分までで止まっている。これでは衝撃も、充分な効果を与えられない。意外に出来るぞこの妖怪。というか、なぜだか私の手の内を知っている?
「ふん、いいわ。あの巫女を倒す前に、あんたをまずぶち倒す!」
「……巫女?」
私の、知っている巫女とは山のふもとに居を構える――。
「……そうか」
それは、それは絶対に、
「ならお前は、浄化だ」
許してはいけない事なのだ。だから立ち上がり、短刀を持った腕を、まっすぐに妖怪に向ける。
「あっははは、そんなちっこい刀で私を倒せるつもり?」
「さてな。やってみなければ解らんだろう?」
ゆっくりと、歩み寄っていく。短刀をまっすぐ持って。
「そりゃあそうよ。だから――」
妖怪が身を引く。広い所で私を待つつもりか。
……それとも、この技の強さを警戒している?
「っふふ、様子見」
妖怪が、そう呟いた。
“虚御の型”。解っているから、近付かないというのなら――。
私も外に出る。あの妖怪も只なんの考えもなしにここに来た訳ではあるまい。なんらかの目的を持ってここに居る筈だ、と思う。例えば妖精は比較的短絡思考を持って行動する事が多いが、妖怪の方が鮮明に自我を持っている。
しかし。こんな頭の回る妖怪なんて、この辺りに居たのか?
「……一つ教えろ。お前はなぜにここに来た?」
私の質問に、きょとんとした顔を見せる妖怪。
「なぜに、か。なぜにねえ」
少し、考え込む仕草をする妖怪。
「まあ、ここはアレでしょう。“私に勝てたら教えてあげるわ”!」
……まあ短絡思考を持っている妖怪だって、居るのだろう。例えば今目の前に。