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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十話目 昏底の界
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1 2-36 脱出手、その幾つか

 という訳で、未だ手薄な通路を辿って、もう一つ上の階に――そこはもう甲板になっていた。そして薄暗い、夕焼けが沈もうとする時間帯となっていた。それに思ったよりも船がでかい。戦艦と言ってもいいくらいの大きさだ。本気で五金剛一つの為に戦争でもするつもりだったのかね。或いは国威を見せ付けたかったか。

「外には出られたが……このあとは?」

「そうだねえ……」

 サキは少し考え込む。ほんの少し経って、うん、と一つ頷いた。

「君さ、さっき一階分の高さを跳び上がって出たじゃあないか。あれを連続で実行する事は可能かい?」

「数回程度ならな。流石に風の法術だけで本土に戻るなんて出来ないぞ」

「大丈夫だよ。船の最後尾に行ってみるといい。そこに答えはあるからさ」

 答え?

 釈然としないが、とにかくここで身を隠しているよりはましか。サキと共に、船の最後尾にまで行ってみる。

「で? ここからは?」

「まあ、少し待ち給え。じきにやって来る筈さ」

 じきに、と言われても、見渡す限り海しかない。こんな所で、日が沈む様子をじっくり見ている暇は――と思っていると、

「見えたよ。そこだ」

 サキが指差す、そこには海しかない――と思っていた所に、一隻の橙色の小舟が現れていた。

 確かに先程まで見えなかった。だが、それは実際に海に浮かんでいる。姿隠しの法術でも使っていたか。夕方だから橙色……擬態のつもりなのかね。

 小舟が近付いて来る。その船には一人の人間が乗っていて、私達の方に手を大きく振った。それは最初、メサの船に乗り込む際に私達を運んだ、船頭だった。

「帰りは別の足を使うんじゃなかったのか」

「勿論、だけど逃げ失せる手段は一つじゃないよ。保険は幾つも掛けてある。でないとこんな仕事、生き残れはしないからね」

 それはまあ。こんな危険な任務をさせておいて、応用が全く出来ないとなれば命が幾つあっても足りんわ。

「さて、では行こうか。君にしがみ付かせて貰うが、今回は勘弁しておくれよ」

 確かに、この間合いならば風の連続使用で飛び乗る事も出来よう。

 ぎゅう、とサキが後ろから、私の腹の辺りに掴まる。

「さあ、飛び給え!」

「ああ、振り落とされるなよ」

 木製の船壁を乗り越えて、海に向かって飛び降りる。勿論このままずぶ濡れになるつもりはない。海水に着く前に、足元で風を爆発させる。

「く――」

 重い、というか跳ぶ勢いが弱い。人を抱えているのだから当然と言えるが、それをどうこう言っていられる状況でもない。行かないとだ。

 風の爆発、それを踏み台にする要領で、二度、三度と飛んで、なんとか小舟の上に到着する事が出来た。

「はあ……いいぞ。サキ」

 私の腹に手を回し、背中に顔をうずめるサキの頭を、ぽんぽんと叩いて安全を告げる。

「いやまだだよ」

「は?」

 何がまだなのか。あとは船で帰るだけだ。先程の姿隠しの法術で船ごと見えなくすれば、奴らも追っては来られないだろうに。

 それとも怖かったとかか? 空中移動なんて、少なくともこいつには経験のない事だとすれば、一応こいつも女な訳だし――。

「まだ。もうちょっと! 君の香りを味わわせてくれ給え!」

 己の欲の為か! サキは私の背に密着して、すーはーと荒い息を繰り返していた。

「ええい引っ付くな、離さんか。海に叩き落とすぞ」

「嫌だ! 脳髄まで堪能しなければ、僕の理性は――!」

 ……結局、船頭がなだめ落ち着かせるまで、サキはぴったりと私から離れようとしなかった。


 ――共和国の船が見えなくなる頃。そして私達の国の陸地が見えて来た頃。

「いやいや、君には人の理性を奪う特性があるようだ。僕とした事がついむらむらと来てしまって」

 頭のてっぺんをさすりながら、サキは妙な笑みを浮かべて一つ言い訳を繰り出した。頭をさすっているのは、私が脳天にげんこつを一撃振り下ろしたからだ。

「まったく。無事に帰れそうだからいいものの」

 船頭は、日が沈んだ暗い時刻になるまで船を漕ぎ続けてくれて。

 本当、共和国の船が離れて、陸地が見えた事でやっと緊張が解けたのだから――。

「……んあ?」

 何か、一つ引っ掛かりがあるような。何やら微妙な違和感が。

「どうしたんだいエン君。忘れ物でもあったかな」

「――いや気になるのは、なぜに私が逃げた事を知って、追手が来ないのかとな」

 一応、私は五金剛を奪い取った――というより奪い返した張本人だぞ。拷問までして私を責め続けた奴らが、五金剛を取り返しに動いて来ない筈がない。勿論、この小舟には姿隠しの法術が掛かっているのは解る。だが外から見えないにしろ、ワヅチの関係者だという事は解っている筈だ。ならばこちらの方向に、捜索船の一つ二つ見えてもおかしくないとは思うんだが。

「それは今すぐ行う必要がないからだろうね。僕が奴らに紛れ込む際、君の情報は殆ど渡したからさ」

「何い!」

 私の情報を渡したとなれば。それだといずれ共和国に狙われる身となるではないか。だから今すぐ追手を出す必要もないと。ふざけるな。

「まあ安心し給え。向こうに渡った君の情報は、三一歳で惨殺された一般市民のお父さんになっている筈だから」

 言い回しが気になるが、こう言う仕事こそこいつらの得意分野だ。要は捏造の情報を渡したのだと。

「信用出来――というのも野暮だな」

 その筋の専門家に、“お前にはこれが出来るのか”なんて訊くのも失礼に値する。こいつに至っては、“それくらいは出来るだろう”と思っておく程度で充分だ。

「――実を言うとね、裏切る算段はあったんだよ」

「……どこを」

「勿論この皇国をさ。君が牢屋で僕の誘いを受けていれば、あのまま居座るつもりだったんだ。もしくは逃避行だね」

 本気かどうかも解らない事をぬかして、あっはははと馬鹿笑いをする。いつも通りのツヅカ サキだ。

 ……一応船頭という、証人が居る前で危ない台詞を吐くんじゃない。

「お前に付き添う余地はない。報酬はこれで充分だ」

 懐に入れたままの五金剛。それを右手でいじり回しながら。こんな希鉱物が手に入ったならば、今回の苦労もまあ、釣り合いは取れると思っていいだろうかな。傷はまだ痛むが、手に入れた物を考えれば充分だ。

「へえ、ならその五金剛、売り払うつもりとかは全くない訳かい?」

「冗談。折角手に入れた希鉱物だぞ」

 今を逃すといつ手に入るか解らない物なんだぞ。金などに換えても損を見るだけだ。

「法術の媒体としては最高級の逸品だ。いずれ役立つ時もあるだろうな」

「いや流石は寺院出身。図太さは師匠譲りなのかな。ああ師匠で思い出したけど、リーレイア・クアウルはどこに行ってしまったのかな。また連絡が取れなくなって困っているんだ」

「知るものか。お前達で解らない事を」

 先生は行動力だけなら、ここに居るサキすら及ばない奇怪な人だ。大きな屋敷を購入しておいて、二週間で売り払い、諸国漫遊したという逸話がある。加えて敵も多いから、居なくなったとすれば恨みを買った誰かから逃げ回っているか、気紛れでどこかの国を回っているかのどちらかだ。


 ああ、寺院で思い出した。

 確か音の法術には、言葉を介して意思を読み取るという術があった筈だ。言霊を読み取って、異なる世界の言葉でさえ意味が通じるという。

 今回はサキのせいで散々な目に遭ったし、いい機会だ。今後、ちゃんとした情報と対策を得られる為に、近く本気でそれを習得しておこう。勿論こいつには黙っておくが。

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