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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十話目 昏底の界
136/277

1 2-35 五金剛

「……さてと」

 エン君は五金剛を奪いに行った。これで少しばかりの猶予は出来た。僕としては、あと一つやるべき事を成せば、気分良くこの船から脱出出来る。

 そいつはすぐに現れるだろう。僕の読みが正しければ。

『てめえ……』

 来たね。エン君を余計に痛め付けた拷問者。

『見ていたぞ、お前があいつを逃がす所を』

『逃がす? 違うね。それは副次的なものさ。僕はお前と二人きりになりたかっただけだよ』

 声のする方に、顔を向ける。鞭を持つ小男が、怒りの形相でそこに居た。エン君を散々鞭打って来た男だ。そのままの通り、鞭を手に持っている。

「待っていたよ下劣な男」

 さて、ここからは共和国の工作員を演じる必要はない。皇国の諜報員――ツヅカ サキとして話を進めさせて貰う。

『何を言ってやがるてめえ』

 そう、こちらが母国語で喋った所で、奴にはそれが通じない。言葉を知る知能がないからだ。解った上で、それを通す。

「このまま黙ってとんずらをする事も出来たんだけどもね。僕の仕事はもうそれだけだから。只――僕個人の私用が一つ。片付けられないままというのはどうにも気持ちが良くない。うん、僕の記憶や記録の中に重大な穢れを残す事になるだろう。もう察しているだろうけれど、君の前に姿を見せた事、僕の目的はすぐそこにあるんだ。

 僕はとても怒っている。君を千回ずたずたに引き裂いても治まらない怒りだ。君はそれに応える義務がある。因果応報とでも言うか。ああ少し違うかな。彼はあまり怒ってはいなさそうだったからね、その事には。だけども僕は見ていて身を裂かれそうな心持ちだった。ああそうさ、思い出さない方がいい。細部まで思い出せば、僕はおしとやかな女の子を演じる事さえ出来なくなりそうだ」

 そうして僕は短刀と、もう一つ得物を持つ。その得物は、火薬の力を以て、離れていても相手を撃ち抜ける。だが弓矢のようにかさばるものでもない。

 西方由来の、新型の武器、銃というものだ。

「君がずたずたになるべき理由は一つ。

 君は、

 僕に、彼を侮辱させたんだ」

 手を持ち上げ、小さなその得物の狙いを奴に向けて、

 ――。




 サキの伝えた場所。暗い船の中の、階段を下りた先。通路の角の先にある、最も下にある牢のような部屋。

 そこにしっかりと五金剛はある、らしい。……四角い形の、厳重な鍵付きの物入れと、二人の監視付きで。だろうな五金剛の価値を解っている者ならそれくらいするわ。

 だが、監視が二人では弱いな。私なら三人以上は置いておくが。

 さてどう動いたものかと、通路の角に身を隠して考える。物入れの方はどうとでもなる。見張りの方は――どうしたものかな。

 と思って周囲を見回してみると、何かは解らんが、短い木の板があった。

 成程上等。その板を拾い上げて、術式を込める。

「……振動、実行」

 木の板に、術式を込める……宜しい準備は完了だ。その板を、角の所から見張りに向けて放り投げる。角の所で、耳を指で塞いで様子をうかがう。あの板自体に変化は見えないだろうが、突然やって来た板を不審に思い、触れでもしてくれたならば。

 どん! と音が鳴る。取り敢えず見張りその一は排除出来たか。

 その二の方はどうだろう。ちらりと顔を覗き出すと、そいつは倒れたその一に何やら話し掛け、そして私の放り投げた木の板を調べ、触れる所だった。

 どん!

 振動。それに触れた見張りその二も、音も声も上げる事なく崩れ落ちた。

 簡単なものだった。これで厳重な警備とはな。

 とはいえ事は迅速に。指向性を付けたとはいえ、でかい音を二度も鳴らしたものだから、いつ異変に気付いて大人数がやって来るか解りはしない。

 という訳で、気絶している見張り達を乗り越えて、牢を開けようとしたが、どうやら鍵が掛かっているらしい。まあ、そんなもの私には意味はないが。

“じりじり”

 そんな音が、頭の中に響いた気がした。

“揺らぎ”。これを以て、牢の鍵の部分だけを削り取る。触れれば強固な繋がりすら崩して、消してしまうものだ。

 そうして牢の中に入って物入れを手に入れる。物入れに仕舞われた五金剛――それは全体的に灰色がかった石のようにも見えた。只、持つだけでも解る。この鉱物からは、際限のない源素が出て来るようで。成程興味を持たれるのも充分に解る。

 ――と、あまり時間がないのだったと我に返る。五金剛を服の懐に仕舞い込んで、大き目な物入れの方は元の位置に戻す。これで逃げる際にかさばる事もない。物入れの方にも振動の法術を素込んでおく。これで少しは時間が稼げるだろう。

 状況終了。あとはサキを連れてここから逃げるだけだ。


 来た道を引き返す。只それだけの事なのだが、それは時間を掛ければ掛ける程難しくなる。特にこんな、船の中という密閉空間においては。

 一人で行くならば容易い。だが今回はサキが逃げる筋道を持っている訳で。

 つまりは二人で逃げ切る、それが真の任務である故に。その為にはあの拷問部屋に戻り、サキと共に甲板にまで出る必要が、多分あって。

 考えながらも、上に向かって階段を上る。その途中に、上の方からどかどかと煩い足音が幾つも。

 逃げ道は塞がれたか。拷問部屋はこの一つ上の階にあったが、多分今真っすぐ行けば見付かる。とっさにこの階の、階段の陰に入って足音をやり過ごそうとするが――五金剛がないと解ればすぐさま船内丸ごとの捜索が行われる事は目に見えている。

 これは、程なく見付かるだろうな。だが不意打ち奇襲ならばともかく、今回私は存分に注意を払える。あの船の時とは違う。向こうの利点は人数だけだが、それでもここは海の上、無限に敵が居る訳でもなかろう。なんなら全員返り討ちにしてもいいのだろうが、それもまた面倒だし、今回の一番の目的は、サキを皇国にまで帰す事にある。連中は絶対に五金剛のある所に向かうのだから、その空いた時間にてサキと合流しないとだ。

 足音が階段を下りて来る。……詮無い事か。上に向かって強硬突破するしかない。天井、そこに術力の塊をぶっ放す。真上に誰も居ない事を願って。特にサキなんて絶対居ないように。巻き込んでしまったらあとあと面倒だ。

 どごん! と天井をぶち破る。音が防げれば良かったが、そこまで気を回す余裕は今にはない。

「足から風を下に、実行っ」

 ぶち破った天井を飛び抜けて、一つ上の階へ。

「やあ。相も変わらず派手にやらかしてくれるねえ君は」

 着地と共に声を掛ける者が。そこになぜか、サキが突っ立って待っていた。

「は? どうしてここに」

 そこは私が捕まっていた牢屋でもない。別の部屋だというのに――いやこいつの行動を無駄に考えるのはやめよう。合流しに探し回る手間が省けた。それでいい。

「っふふ、君の居る所に僕は居るのさ。必ずね」

 胡散臭い。今更ながら、何故にこんな奴とつるんでいるのかね私は。

「まあ、疑問はもっともだけど、今は時間がないねえ。話はあとでという事で、取り敢えず脱出しようじゃないか」

 それはそうだ。今は一秒たりとも無駄に出来ない。追手はすぐにでもやって来る事だろうし。

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