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二重季節 -Alignment Minds  作者: 真代あと
十話目 昏底の界
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1 2-33 今世に生きたマリー・セレスト

 船内部は外で見たのと同じように、時の流れを感じさせないものだった。

 確かにメサは六十年前に滅んだ筈。メサに属するこの船も、当然六十年以上の時間は経過している筈だが。

「メサの船なのか、本当に」

 そんな疑問が口を付く。見たところ、年数による劣化が見える所がない。内部があまりにも綺麗過ぎる。何十年も潮風に晒されて来たにしては。

「今更だねエン君」

 律儀にもサキは、その疑問に答えた。

「僕達の情報から出た結論だよ。我が国も過去においてはメサとの交流はあったんだ。だから船の型についてはしっかり記録が残っている。特にこれは商船だからね、別に特別なものでもないよ」

 過去の記録と合わせた結果、船は当時のものと見て間違いないという。

 だがやはり問題はこの六十年の間、どこにどれだけこの船があったか、その点が解明されていない。そして船内を見て気になったのは、人の気配がないのは勿論、人の居た痕跡すらもなかったところだ。具体的には人骨なども全くない、何かが腐っているとか、その形跡もない。だが生活感は残っている、綺麗な中身だった。

「信じがたいだろうね。僕だって疑いたくなるよ。実物を見ていなければね。どこぞの術師がおかしな事を企んで、結果こいつが現れた――その方がまだ現実味がある。だけど上の見立ては言った通り。突然湧いた宝船だ」

 考えれば、単純な矛盾は出て来る。だが辻褄を合わせるには、知識も情報も足りていない。

「宝船、ねえ」

 確かにそうとでも言わない限りは、これがここにある理由は説明出来ない事だろうが。

「どうにも、現実味のない話ではあるがな」

 昏い昏い、海の上。六十年を過ぎた時が、動く事なく沈殿している。

 だがまあ、こんなおんぼろ船が今の今まで海に浮かんでいたとは、考えがたい事ではあるが、事実ここにこうしてあるんだから詮無いと言うべきか。

「現実と非現実なんて知った事じゃあないよ。僕は只ここに居る、それが明確な事実だよ」

 そう。事実として、私達はここに足を付けて動けている。現実として、ここにある。不気味な現実ではあったが、ここに居るのは一人ではない。

「そして君もここに居る。その真実一つで救われる者も居るという事さ」

 うわ、思考が被った。

 嫌な気持ちになりながら、二人で一緒に船室を色々と見て回っていた。内部はやはり生活感のみが存在していて、それがとても不気味に思えたのだが。

 やはり綺麗過ぎる。一番気味が悪かったのは調理場だ。大きな鍋に、白い色をした汁物が入っていた。鍋を触ってみると冷えてはいたが、かびが生えている様子でもなかった。流石に口に含む勇気はなかったが。

 船室なども覗いてみた。暗くはあったが、寝台にほこりなどが溜まっている様子もなく。当時の船員のものであろう、道具や本などが綺麗に仕舞われていた。

 ……本当気味が悪い。見立てではこうなって数日、長くとも一週間程度にしか時間が経っていないのではないかと。だがそれもあり得ない。船自体は確かに六十年前にあったものだと、サキは断言していた。

「……おいサキ?」

 本当にそうなのだろうか。サキの見解を聞いておきたかったところだったが、

「んあ?」

 気付けば、サキの姿が消えていた。

「おい、サキ。サキ?」

 呼べども、声が響くだけで誰も応えず。

 ……なぜに。はぐれた? まさか。幾ら船内が大きいとはいえ、あの任務最優先女がこんな阿呆らしい失敗を犯す筈がない。何より同じ場に居て、私が呼んで来ない事などない筈だから。

 やるのならわざと。神出鬼没なあいつの事――出て来る時と同様、気配を悟られる事なく居なくなる事も容易い事だ。

 こういう場合、傾向としては、阿呆な事を企んでいるか、馬鹿な事を目論んでいるか。どちらにしろ警戒するに越した事はない。

 ……どうして奴の存在に気を遣わないといけないのか。居ても居なくても迷惑な奴だ。

 で、どうしようか。私の仕事はあいつの付き添い。はぐれたとあっては任務に支障をきたすだろう。悪いのは勝手に居なくなったあいつの方なのにな。

 行くか。戻るか。

 どちらにしろ、あいつを見付けないといけないか。結局は目指す目標は同じ筈。

 五金剛の確認。

 ここは仮にも希鉱物の運搬手段。保管が手薄な筈がない。

 あるとすれば、船の深部。その結論に至るのは当然だ。目指す場所が同じなら、慌てる必要など全くなかろう。

 適当に動こう。結果はあとから付いて来る筈。如何に私がここでじたばたしようと、情報も何もない、この海の上の密室においては、サキの思惑に乗るしか道はないのだ。

 ……進む。暗い船の中を、下に向かって降りていく。

 そうして船底にまで。少し広く見える空間。光も殆ど入って来ない所だが、かすかに、奥の方で何かうごめくような形が。

「サキか?」

 小声で、その動くものに問う。一足先に来ていたのか。それがもぞもぞと動いたように見えて。

 ――衝撃が。

 後ろ、頭を殴られた。そう思った時には、もう意識が――。




 ……人の気配と、話し声。

 それが、意識を昏い底から現実に引き戻す。

 暗く、じめじめとした所に居る。なぜか。

 ……肩と、手首が痛い。それに気付いて動かそうとすると、そこは動かず、がちゃがちゃと音だけがした。

 ……両手が、鋼鉄の手錠に繋がれて、体の前に吊るされている。その結論にすぐに思い至った訳だが。

 なぜ。どうして。

 今の状況が理解出来ないというか、信じられないというか。

 地面――いや、床が揺れている感覚が。船の中に居るのは間違いなさそうだが。

 ……ここ、別の船だ。

 先程の船よりも、使い込まれている感じがした。だからなんとなくそう思った。

 それに、揺れがやや大きい。恐らくどこかに動いている予感が。

「×××、×××」

 何か、人の声のようなものが聞こえる。ここに居るのは私一人ではない。

 いや、ここには私以外に、三人は居る。

 ばしゃん!

 突然何か、水のようなものを顔に掛けられた。

「ごほっ、ごほっ」

 それはしょっぱく、塩の臭いがする。恐らくは海水だ。ならば船の中という考えに間違いなかろうが。

 なんなんだこれは。これではまるで拷問みたいな展開――。

「×××、×××」

 また人の声。だがその意味が解らない。

 ワヅチの言葉とは違う。ならばこれは、まさか。

「×××」

 また意味不明な声。そうして、私の前に一人が歩み出て来る。

 ――それは。

「……やっぱりか」

 予想していた人物。ツヅカ サキがそこに居た。

 そして、他に二人。その顔付きも、ワヅチの人間とは微妙に違う、違和感のある人間が。

 その端に居るサキの顔も、完全に無表情で私をねめつけていた。

 なんの真似か。サキは少しして、

「×××」

 全く意味の解らない言葉で、話し掛けて来る。

「×××」

 また言葉を発する。意味は不明。だが、それは先程と同じ言葉だった。多分。

 ……それが解ったところで、どうしようもない事に変わりはない。一体何をさせたいのか、どんな立場になっても意図の解らない奴。

 何もしないでいると、サキは何か、考え込むような仕草をして、

「×××」

 発する。先程と同じ発音の言葉。だが、今度は少し動きが混じっていた。

 口元に手をやり、そこから前に突き出すような、小さな動き。それを二、三度繰り返す。

 その仕草は、まるで――、

「……母国語を喋れ。馬鹿者」

 そう、何かを喋れ。と伝えているようだった。だから私は文句で返す。

 言葉を聞いて、サキは気を害したように後ろの二人に向き、何かを言い出した。

 ……相変わらず、私は置いてけぼり。

 サキを含めた三人の会話。聞いていると、その幾つかの部分に“ワヅチ”とか“エアウラ”という言葉が混じっていた。

 異国の言葉に加え、エアウラという単語――思っていた事が、確信に近付く。

 五金剛に関わりの深い者達。既に滅んだメサを除けば、それは共和国以外に考えられない。

 そして向こう側にあいつが居る。その意味する事は、一つ。

 ――裏切りだ。




 ――思い出すのも嫌になる。

 サキがどこかへと引っ込んでから、大層な可愛がりを受けさせられた。

 それもまあ理不尽な。鞭を手にした小男が現れてから嫌な予感はしていたが。

 ……鞭とはまあ物凄く痛いんだな。

 気絶も出来ない程に、全身ひりひりとする。皮膚の皮が剥けて、その幾つもの個所から血が滲んでいる。その上尋問を行う奴の理不尽さと言ったら。

 質問は全て共和国語。勿論意味など解らないのに、答えなければその都度塩水をぶっ掛けられる。それがまた鞭の傷跡と合わさって物凄く痛い。ならば何か答えればいいのかと思ったが、ワヅチの言葉で返しても意味が解らないらしく、また鞭で叩かれ、塩水を掛けられる。

 我が事ながらよく死ななかったものだ。今は休憩中。恐らくは尋問に疲れたとかそんなところではないかね。とはいえ鎖に繋がれた状態に変わりはなく。只のほったらかしだった。

 流石に腹立たしかったので、抵抗を試みようとも思った。これでも私も法術師、手が塞がれているだけでは法術の発現には支障はない。が、そうしたところでここを逃げ出せる保証がない。何よりも鎖を外すかぶっ壊せる程の法術を、現わせる事が私には出来ない。それでは無意味、どころかうかつに反撃したら確実に怒りを買って、殺されかねない。いや死ぬ程痛い目に遭わされるだろう。

 結局は甘んじて拷問を受け続けるしか、生き延びられる道が見えないのだ。

 ――そうして何刻経っただろう。その間に何回鞭で叩かれた事か。何度塩水をぶっ掛けられたか。両手で埋まる以上なのは確かだ。最早理不尽などどうでもいい。只ひたすら痛みに耐えるだけしか出来なかった。


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