1 2-32 数分前の馬車の中――
「――要するに。君という不確定要素を言い訳に使いたいんだよ」
揺れる馬車の中で。私と並んで席に座るサキは、けろりとした顔を崩さないまま疑問に答えた。
「如何にメサが滅亡した国とはいえ、現在は共和国の支配下にあるんだ。事が公になれば真っ先に我々の関与が疑われる。なにせ船は今この国の中にあるんだからね。最悪五金剛を巡って大戦争――なんて結果は誰も望まないだろう? それはそれで面白そうだけど。ああ、君も関しはしないか」
今更だが、こんな奴が諜報員なんてやっていて大丈夫なのかね我が国は。
「結局、どうでもいいと思っている奴らが出て行く訳か」
「下手に実力を持ってしまうとね、出来もしない連中の変わり身に使われてしまう訳だよ。僕も、君もね」
お手上げ、と肩をすくめる動きをしながら。それでもこいつは仕事人だ。与えられた事に文句は漏らすが、任務であるなら確実にこなす。それだけの技量がこいつにはある訳で。
「我々が関与したという証拠があってはならない。我々が関わった時には、そこには何もなかった。あったとしても既になかった。そういう筋書きでないといけないんだよ。
間に合うのなら、あれの存在自体もなかったものにしたいんだけどね。爆破して沈めるとかさ。事実がなければ追求も出来ない。我々も戦力で共和国に劣っている訳ではないからね。国土や人口はともかくとしてもだ、こちらには法術師という力もある。幾ら強硬独裁的元首様と言えども我々に対するという危険性が理解出来ない程お馬鹿じゃあないよ。お陰でこちらから攻め込む口実も見付かりはしない」
仮にも一国の長に対して随分な言いようだな。確かに聞く限りでは、力に訴え掛けるしか能のない、有能且つ無能とも思える男という感想を持ったが。どうやって自国の民を縛り付けているのかね。
「お前が付いて来る理由は?」
「最低限度の介入。それと君のお目付け」
「見張りか?」
私がお宝を盗まない為の。
「違うよ」
私の言葉を、すぐさまサキは否定した。
「ああ、まあその意味もあると言えばあるけど」
「あるんじゃないか」
「それは君への信用という事でね。まあそこは外しておいてだ、君は五金剛がどういう物なのか知らないだろう? メサは五金剛を主として産出していたが、何もそれだけを輸出していた訳じゃあないんだ。それに、実際船の中に何がどれだけあるのかの把握も出来ていない。君に五金剛の完璧な知識があれば別だけど、どうなんだろうね?」
それはもっともだが。私だって五金剛を直接見た事はない。名前やら希鉱物だという事、そしてその重要性を除いて、知らないという事は確かだ。
「教えればいいだろう。それで一人で事足りる」
「時間があればね。事は緊急なんだ。今利用出来るものを最大限利用するしかないんだよ。それが僕と君という訳だ。理解したかい?」
歪んだ笑顔を作って、サキは私をじっと見据えた。
・
馬車を降りた近くの海上には、橙色の小船――三、四人程度が乗れそうな程の船があった。
私達が近付いていくと、その船に乗っていた男が立ち上がり背筋を伸ばして「お疲れ様です!」と私達に――というかサキに挨拶した。どうやらサキの手の者らしい。機密事項だからか、顔を黒い覆面で隠していた。
サキはその声に一つ頷いて、そして小さく波に揺れる小舟を見た。
「これで行くのか」
「目立たなくていいだろう?」
いや充分に目立つと思うが色合い的に。まあ、気持ち悪いのも大分良くなって来たし、先程の馬車よりはずっとましか。
私達が乗り込むと、早速その男――船頭は船を漕いでくれる。小船はすぐに陸から離れていった。
海の上を浮かび行く小船。海風がさらりと体を撫でていく。その風のお陰で、幾分か気分も良くなって来た気がする。新鮮な空気はとても大事。
船頭の腕がいいのか、小船の速度は速く、幽霊船にどんどん近付いていく。陸から見てもそんなに遠くにあるようには見えなかった船だが、近付いてみるとそこそこの大きさがあった。何十人も乗る事を想定していたのだろうか。そして何日も過ごす為の設備もありそうだ。こんな目立つ船が突然現れた経緯を是非とも知りたいところだったが、それは私の仕事ではない。
船にまで着いて、側面にあった梯子を使って甲板に乗り移った直後、
「ご苦労様」
そう言ったサキの声に振り返ると、乗って来た小船が私達から離れていくところだった。
「帰してもいいのか」
「船はまあ、一方だけだよ。帰りは別の足を使うつもりさ。君は気にしないだろうけれどね、それより僕の心配をして欲しいよ」
「お前の一体何を心配する必要がある?」
こいつの図太い神経は、幾ら切り刻んでも這い回ってくっ付きそうだが。ヒトデとかみたいにな。
「いや、解らないならいいんだよ。知るべき事実は少ない方がいい。余計な雑念が多ければ多い程、任務遂行においては不利になっていくからね。知識に罪はないんだが」
何やら不安要素が増していく。どうして私はこんな所まで来てしまったのだろう。
「さて、さっさと始めてしまおうか。墓荒しは性に合わないが、任務は完遂しないとね」
すたすたと船内に入り込んでいくサキ。不安は増すばかりだが――。
「任務は完遂、か」
本当に端的に言えば、私の役割はサキに付き合う事。
やるべき事は、全てこいつがやってくれる。私は形ばかりの盗人を演じておけばいい。楽な話だ。と思う多分。只、嫌な予感はするけどな。